August 17, 2020

小噺

とある日本の研究会で話題提供を依頼されたので、その原稿がてら。

話題提供(依頼内容)

アメリカで日本社会を対象とする不平等研究を行いながら、理論や方法論も含めて海外の研究と日本の研究との相違や、今後の日本やアメリカの不平等研究の進むべき方向性

経験のあるファカルティでもない私が話せること:日本で博士課程の途中まで在籍し、そこからアメリカの社会学・人口学プログラムに「移民」した自分から見た、日本とアメリカの研究像

自己紹介・略歴

専門:家族人口学、社会階層論

2015 - 2017 東京大学 大学院人文社会系研究科 社会学専門分野 修士課程 

2017 - 2019 東京大学 大学院人文社会系研究科 社会学専門分野 博士後期課程 

2018 - 2019 ウィスコンシン大学マディソン校 社会学部 博士課程 

  • 社会階層論・人口学が伝統的な強み
  • 中西部の州立大学、社会学PhDの数は全米でも最多(Warren 2019

2019 - 現在 プリンストン大学 社会学部 博士課程 

  • 伝統的には経済社会学、文化社会学、移民研究が盛ん
  • 小規模だが最近拡大傾向、貧困・階層研究にも力
  • 全米最古の人口学研究所(OPR)、かつては出生力研究、近年は移民、健康

ウィスコンシン・プリンストンともアメリカの社会学博士課程ランキングではトップ校だが、最近プリンストンは上昇傾向(Ranking of Sociology Programs

人口学の強みは若干異なり、ウィスコンシンはミシガンと並び中西部の大学に多い人口の異質性に着目した社会人口学研究(=私の進学理由)、プリンストンはペンシルバニアと並びヨーロッパまで含めた出生力研究の強み(しかし現在は両方ともゲノム研究を強みともしつつあり、この区分は曖昧になっている)。

最近の階層研究では何が話題なのか

「日本」の階層研究

  • SSMを中心とする、質の高い調査、密な研究者ネットワーク
  • 社会移動、OEDの国際比較(constant flux, inequality in higher education)RC28との関連
  • 日本独自のトピック
    • 昔:一億総中流、地位の非一貫性、日本的雇用慣行と内部労働市場の強さ、学校と会社の実績関係、学校経由の「間断なき移行」、学歴社会論
    • 今:非正規雇用の増加、人口学的要因による経済格差の拡大、労働市場のジェンダー格差
  • (階層研究に限らないが)日本発の理論の不在(Sato 2012; 多喜 2020)
  • 理論よりも日本の現状理解・先行研究のテストが優先?

日本以上に特殊なアメリカ階層研究

  • アメリカを一口に語ることの難しさ→国際比較の難しさ
    • 人種、ジェンダー、セクシュアリティ、移民的背景による人口の異質性
    • 階層研究と貧困研究の並立(アメリカ社会学会IPM)
    • 人口学・社会政策との距離の近さ(PAA/APPAM)
      • 人口学的社会階層研究
      • 政策的なインプリケーションの意識
    • 手法:因果推論は増えているが、データ・方法のイノベーションにより、記述的・人口学アプローチもまだ盛ん(むしろ、より盛ん?)
      • センサスデータのリンケージによるアメリカの社会移動の長期的趨勢(Song et al 2020
      • 行政データを使用した所得移動(Chetty et al 2016
      • 大規模ゲノムデータ(GWAS)を使用したgene-environment interaction(Rimfeld et al. 2018), genetic nurture(Kong et al 2018
      • 機械学習を用いてSESアウトカムを予測→調査データはどんなに頑張っても予測力が低い(Salganik et al 2020
  • それでもアメリカ発の理論はある
    • FJH, college as a great equalizer, MMI, EMI, stalled gender revolution, diverging destinies, segmented assimilation, neighborhood effect, cumulative advantage, linked lives
    • BTW, 理論の定義
      • 検証可能性
      • 一般化可能性
      • 複数のメカニズム
      • フレームワークといったものに近いかもしれない
アメリカで日本研究をするということ
  • 背景
    • アメリカにおけるトップジャーナル信仰→日本事例を載せることのハードルは低くない(後述)
    • アメリカにおける日本への注目の低下
      • 90年代をピークとした日本脅威論は中国に替わられる
      • 授業で日本に言及がある機会:日本の平均余命の長さ
    • アメリカに留学する日本出身学生の減少(NIRA
  • アメリカにおけるWho cares Japan?問題
    • 実は日本に限られない(アメリカ、中国以外は「地域研究」というジョーク)
    • ヨーロッパ事例はEUによる国際比較が多い印象、(東)アジア比較は相対的に少ない(データの問題?)
    • それでも研究者が少ないため競合リスクは低く、興味を持ってもらえる人には懇意にしてもらえる(留学生の多い韓国や中国と比較して)。
  • メリット
    • Who cares Japan?問題
      • 常に事例選択の妥当性について考える癖がつく
      • アメリカを検討する際に、Why USを比較的簡単に考えられる(アメリカのコンテクストを相対的に考えることができる)
      • 注目度は低くなっているが、それでも一定の需要はある。
    • 比較の視点で考える機会が増える(例:readi)
    • 新しい研究成果に触れながら問いを考えられる知的刺激
  • 過去10年のトップジャーナルに掲載された日本事例とトピック
    • 社会学(AJS/ASR)
      • Brinton and Oh 2019 AJS:日韓ではなぜ出産後就業継続が実現できないのか
      • Tsutsui 2017 AJS:グローバルな人権とローカルな社会運動の理論枠組み→日本事例を用いた検証
      • Mun and Jung 2018 ASR:welfare state paradoxにおける雇用者側のメカニズムの検証
      • Cohen 2015 ASR:資本主義への移転に関する新しいフレームワーク→徳川日本を事例とした検証
      • Shibayama et al 2015 ASR:大学における起業が研究者における知識の共有方法に与える影響
    • 人口学(Demography)
      • Hauer et al. 2020 津波と人口移動、Raymo and Shibata 2017 雇用環境、不況と出生力、Yu and Kuo 2016 親同居と結婚の遅れのメカニズム、Dong et al. 2015 東アジア歴史人口学、Drixler 2015 江戸時代における棄児、Takagi & Silberstein 2011 結婚後親同居のメカニズム、Raymo et al. 2009 日本における同棲
    • 社会学と比較した時の人口学ジャーナルの事例の特徴
      • 人口学は相対的に他の国の事例は多い(Jacobs and Mizrachi 2020
      • 「理論」よりもユニークな文脈を活かした示唆に富む事例研究が多い印象(噛めば噛むほど味が出るタイプ)
      • 社会学:事前にフレームワークを作り、日本事例でテストが多い(切れ味は鋭い)
  • トップジャーナルに掲載される日本事例のフレーミング
    • 逸脱例(既存理論では日本を説明できない→帰納的に新しいメカニズムを発見)
    • 典型例(新たな仮説をテストするのにベストなケースであることを演繹的に導く)
    • 事例研究(欧米の理論を日本にテスト)
      • 理論的なインプリケーションを出すのが難しい
      • トップジャーナルには掲載されにくい
  • 自分の日本事例を用いた研究紹介とそれぞれの課題
    • 高学歴化に着目した学歴同類婚の減少トレンドの説明(当初逸脱例→典型例)
      • アメリカ:高学歴層の同類婚が増加している(背景:男性稼ぎ主の揺らぎ、共働きの経済的メリット)
      • 日本:高学歴同類婚は減少傾向→逸脱例として検討
      • パンチライン:高学歴化によって大学の異質性が拡大(低階層私大の増加)
        • メカニズム1:低階層大学卒業者の方が同類婚しにくい
        • メカニズム2:低階層大学卒業者が近年ほど増える→同類婚オッズは減少(compositionalな説明)
        • メカニズム3:異質性の拡大によって低階層私大の結婚市場での価値も減少している→同類婚オッズは減少(diverging association)
      • 理論的なレバレッジを高めるため、異質性の拡大が高所得国で広く見られる→日本の大学階層性はこの命題を検証するために適切な事例、としてフレーミング
      • 裏を返すと、逸脱例アプローチだと最初にwho cares Japan?問題をクリアしにくい(これに対して、アメリカのオーディエンス向けにアメリカがなぜ逸脱なのかをアピールすることは相対的に容易かも)
    • 日本における男女の専攻分離のトレンドと要因分解(事例研究)
      • Why Japan?:日本はジェンダー格差の大きな国の一つ+高学歴化によって大卒者の中でのジェンダー格差が相対的に重要
        • ただしそれは日本に限らない
      • 査読コメント:日本を検討したことでstalled revolution theoryに対して示唆はあるのか?
        • 日本じゃなきゃいけない理由は理論的な含意と関連する
    • きょうだい地位による同類婚(事例研究、しかし示唆は一般的)
      • 低出生の経済的なインパクトは議論されているが、社会的なインパクトは希少
      • 低出生の人口学的帰結→きょうだい数の減少、長子、一人っ子の増加
      • きょうだい地位によって家族的な義務への期待が異なる場合(e.g.長男継承規範)、結婚市場における特定のきょうだい地位の増加はミスマッチを生じさせるかもしれない(「長男の嫁」の拒否)
      • きょうだい数や地位が結婚市場での個人の行動を規定する限りにおいて、この論文の主張(低出生により長男や一人っ子が増えることでさらに低出生が加速するかもしれない)は一般的
      • 事例研究からスタートして全く新しい理論的含意を生み出す作業はかなり大変だと感じている
  • 今後の方向性
    • 階層研究一般
      • データや方法の刷新は続く(行政・歴史・遺伝データ、機械学習・計算社会科学・因果推論)、キャッチアップは必要
      • アメリカ発の理論の検証も続く
        • e.g. college is not a great equalizer in Japan
      • 両者は手を取り合って発展するはず
        • GWASデータの整備→社会学的な見地からGxEやnature of nurtureなどがさらに検証されるかも
        • センサスデータのリンケージの整備→世代間移動とライフコース理論(e.g. linked lives)の統合
    • 日本の階層研究が進むべき道?→語れる立場にはまだない
    • 日本の(階層)研究者は英語で論文を書くべきなのか?→分からない
      • アメリカのトップスクールではトップジャーナルに掲載することに強く価値が置かれている
      • 指導教員からの教え:3本論文あるよりも、1本ASRにある方が評価は高い
      • もちろん、トップジャーナルしか読まれないわけではない
        • 日本研究者であれば非トップジャーナルでも日本事例は読むはず
        • 階層研究者であればRSSMは読むはず
      • 日本の社会学アカデミア:英語/日本語の区分が前提、英語内の違いはあまり共有されていない?
      • 結局のところ、どのオーディエンスにアプローチしたいのか?
        • 階層研究→RSSM、SSR
        • 家族研究→JMF
        • 人口研究→DR, PRPR
      • ただし、個人的には「本当に理論的に面白い研究」は英語で、かつトップジャーナルにトライすべきだと思う。
        • なぜ?→自分が論文の着想を得た研究の多くは英語で、かつトップジャーナルに掲載されているものだから(信仰といっても実は伴っている)
        • 日本を対象にしていない研究者でも自分の研究にフィードバックがあるような論文が多数の人が読めない言語で書かれていたら、少し残念

No comments:

Post a Comment