June 22, 2023

プリンストン大学サマースクールの引率

 5月末から一時帰国してまして、6月はじめから今日まで、プリンストン大学の学部生のサマースクールの引率をしていました。学部生は15人ほど、選抜を経ているのでモチベーションも高く、授業では毎日のように鋭い質問をしてくれました。彼らは6週間日本にいて、前半の3週間で現代日本社会、後半の3週間で現代中国社会を学ぶことになっています。私はTAみたいなポジションで来ていて、インストラクターは私の指導教員、中国パートも社会学部の先生が教えます。現代日本パートが終わったので、私は3週間でお役御免となります。

航空券代、宿代、食費に加えてサラリーも出るので、流石に文句は言えないわけですが、それでも3週間、学生の引率をするのは大変でした。研究は、ほとんどできなかった感じです。合間に東大や京大の授業でゲスト講義をさせてもらったり、去年からのインタビュー調査の続きをしたりもしていたので、それもあって研究にはほとんど時間を取れませんでした。久しぶりに論文のファイルを開くと、結構書けなくなっていることに気づきます。

さて、授業の方ですが、色々と気づくことがありました。平日にある授業は9時半から11時半の2時間で、金曜日はフィールドワークなどが入ったので実質12日で24時間、学期の授業が週50分2コマの13回で1300分で22時間弱なので、ボリュームとしては大体1学期分の授業と同じでした。カバーしたのは戦後以降で、高度経済成長とバブル崩壊に始まり、具体的に扱かったのは日本的雇用システム、少子高齢化、家族、教育、ジェンダー、地域、移民、日本政治、環境、災害などでした。

現代日本社会論という分野を教えるときに、何を教えるのかはかなり難しいところがあり、それは一つには教える側の専門性の問題があります。例えば私なら雇用や家族、人口、移民、教育、ジェンダーなどの話はできますが、日本政治や経済の専門家ではないので、そのあたりは触れざる得ないけれども、自信がないところになります。今回は、そういうところは東大の先生にお願いしてゲスト講義をしてもらいました。

そうやってある程度は自分の弱い部分は補えるのですが、もう一つ難しいのは一本筋を通すというか、理想としてはそれぞれのトピックを関連させ合いたいわけです。例えば高齢化のスピードには地域差があり、その背景には若年層の都市への移動があるわけですが、なぜ若年層が大都市圏に移動するかというと、日本の戦後復興が背景にあるわけです。最初に日本の高度経済成長の話をしていれば、高齢化の地域間格差の話をするときに、一つの帰結として、すんなり説明できます。

一方で、トピックによってはそれ自体としては重要だけれども、他のテーマと関連させづらいというものもあり、そういうトピックはなんというか、少し浮くわけです、もちろん浮くのを良しとして大事だから扱うという考えもありますが。例えば環境問題でいえば、公害は高度経済成長の影の部分として扱えますが、個人的にはそれは日本「史」の問題としては触れておかねばならないと思いますが、日本「社会」論としては、どう位置づければいいのか、少し難しいと思います。今回は扱いませんでしたが、学生たちの多くはジブリに代表される日本のポピュラー文化に興味を持っているのですが、例えば日本のアニメ産業を日本社会論としてどのように位置づければいいのかは、ちょっとわかりません。

そういう事を考えたときに、現代日本社会を体系的に論じる上では、やはり経済、雇用、家族、教育、政治、人口(少子高齢化、移民)、地域、ジェンダーあたりは触れざるを得ません。戦後日本は、第一にはアジアで初めて経済大国になったという歴史があり、それを可能にしたのは何なのか(雇用、家族、政治、教育といった制度)、あるいはその帰結(都市と地方の格差、一億総中流)、そして失われた30年を経て緩やかに衰退する国になっている点が基本のプロットになってきます。

これで一本筋が通ったとして、その後に何を加えるのかは、人によって好みが分かれるところなのかもしれません。今回は環境問題や災害を入れましたが、学生からの質問を見ていると、宗教、社会保障、対外関係などは入れるべきだったなと思います。宗教は日本人は無宗教に見えて、寺や神社には行くし、宗教政党が政権の一翼を担っていて、宗教に絡んだ要因で首相が殺されたりしています。学生たちはそのギャップをどのように理解したらいいのか、何度も聞いてきます。社会保障は政治や人口の回で多少触れるわけですが、そもそも福祉や医療の制度がアメリカとはかなり違うので、まるまる1回取って教えるべきだったなと思います。対外関係は思い切って諦めて国内の話だけにできるような気もするのですが、人口や移民の話をする時に、在日韓国人、中国人、あるいは日系ブラジル人の話に触れるので、国同士の関係に関するレクチャーは必要だったと思います。ただそうすると、国内の話でも歴史教科書やヘイトスピーチ、靖国参拝、拉致問題、色々と政治や教育、社会運動の話が加わってくるので、徐々に複雑になってきます。

このように考え出すと、あれもこれも、となってしまうのですが、そうすると体系性が損なわれていくのと、あとは現実問題として自分一人で教えられなくなるという問題が出てきます。そういう意味で、私の指導教員は、アメリカでは日本の少子高齢化に関する一流の専門家として認知されているわけですが、今回に関しては超一流の現代日本社会論のインストラクターでした。学生からの質問へのリプライは見事で、やはりいったんアメリカ人として素朴に思う疑問に対する理解を挟んでから、実は日本ではこうでみたいな説明が、学生たちにはしっくりくるみたいです。自分はそのワンクッションがまだ十分ではないので、アメリカで現代日本社会論を教えることになると、なかなか大変だろうなと思います。