December 19, 2019

ジャンル別面白かった論文10選(2018-2019)

某氏を真似て、私も今年読んだ論文で面白かったものを10本あげてみた。ただし、2018ー2019年に出版された論文に限定することにし(1本だけ例外)、かつジャンル別にしている(内訳:社会移動1、教育2、出生2、健康1、同類婚2、移動・空間2)。ジャンル別にしてはいるが、遺伝関係の論文が3本あり、最近の自分の関心を反映している。最近日本語が怪しいので、読みにくい場合はすみません。

1.Social Mobility
Song, Xi, Catherine G. Massey, Karen A. Rolf, Joseph P. Ferrie, Jonathan L. Rothbaum, and Yu Xie. 2019. “Long-Term Decline in Intergenerational Mobility in the United States since the 1850s.” Proceedings of the National Academy of Sciences 201905094.

文句なしに今年出版された社会階層論の論文で最も重要なものの一つだろう。何がすごいか、一言で言えばアメリカの1850年代からの社会移動の長期的な趨勢を記述したことにあるが、それが可能になったのはセンサスデータをリンクできたからである。この作業が非常に手間のかかるものだったらしい(第一著者談)。このリンケージ作業を始めたのがノースウェスタンのFerrieさんで、社会学者のSongとXieがこのデータを使って長期的な趨勢を描くアイデアを思いついた、と理解している。一度報告を聞いたことがあるが、リンケージの説明だけでもかなり勉強になったのとを覚えている。

いわゆる相対移動でみると、アメリカの社会移動は減少傾向にあるが、これは上昇移動しやすかった農業者層が一定数いたからであり、彼らを除くと、移動のトレンドは安定的であることが指摘される。こうした長期的な趨勢を描くことで、あらためて社会移動を考える際の農業層の役割についてスポットライトが当たりつつある。余談だが、日本でもセンサスのリンケージは始まっているらしく、今後は日本でも似たようなことができるかもしれない。

2.Education - College Effect
Zhou, Xiang. 2019. “Equalization or Selection? Reassessing the ‘Meritocratic Power’ of a College Degree in Intergenerational Income Mobility.” American Sociological Review 84(3):459–85.

社会階層論ではHout(1988)の研究に代表されるように、社会移動の流動性は大卒者において高いとされてきた。この研究の問題意識は、これが本当に大学を卒業したことによる因果効果なのかというものだ。既存研究(主としてBrand and Xie 2010以降の学歴効果の異質性に関する研究)では低階層出身の子どもほど大学を卒業することの便益が多いとする、college as a great equalizerという発見が指摘されてきたが、この研究ではresidual matchingという新しい傾向スコアウェイティングの手法を使って、この問いを再検討している。アウトカムは親子間の収入の関連である。NLYS79を用いた分析の結果、ウェイティングによって進学者の傾向性を調整したところ、大卒者と非大卒者の間の移動には違いがなく、大卒学歴の取得自体はequalizerではないことが示唆された。

ちなみに、この論文では、大学を選抜度によって分類してロバストネスをチェックしており、結果には大きな違いがなかった(つまりどの学校を出ていても便益は階層によって異ならない)。PAAで学会報告を聞いた時に思ったのは、大学に進学しやすいかのpropensityが大学の選抜度によって異なるというのは、日本に応用させると面白いかもしれない。例えば、同じ大学でも都市部の大学か地方の大学かでselectionのメカニズムは異なるかもしれない。都市部の大学に行きにくい傾向性を持つ人が(都市部の)大学に進学したときに得られるリターンには、ボーナスがあるのかもしれないので、検討してみると面白そうだ。ちなみに、プリンストンでもコロキウムのトークにきてくれて、その時にこの論文が15歳時の認知テストのスコアを使って「能力」を統制したといっていたので、将来的にはPGSを使ってみてはどうかと指摘してみたが、反応はややしょっぱかった。あとで個人的に話したところ、彼の周りではまだゲノムを使った分析に対してはmixed feelingらしい。

3.Education - Genetics
Lee, James J., Robbee Wedow, Aysu Okbay, Edward Kong, Omeed Maghzian, Meghan Zacher, Tuan Anh Nguyen-Viet, Peter Bowers, Julia Sidorenko, Richard Karlsson Linnér, Mark Alan Fontana, Tushar Kundu, Chanwook Lee, Hui Li, Ruoxi Li, Rebecca Royer, Pascal N. Timshel, Raymond K. Walters, Emily A. Willoughby, Loïc Yengo, 23andMe Research Team, COGENT (Cognitive Genomics Consortium), Social Science Genetic Association Consortium, Maris Alver, Yanchun Bao, David W. Clark, Felix R. Day, Nicholas A. Furlotte, Peter K. Joshi, Kathryn E. Kemper, Aaron Kleinman, Claudia Langenberg, Reedik Mägi, Joey W. Trampush, Shefali Setia Verma, Yang Wu, Max Lam, Jing Hua Zhao, Zhili Zheng, Jason D. Boardman, Harry Campbell, Jeremy Freese, Kathleen Mullan Harris, Caroline Hayward, Pamela Herd, Meena Kumari, Todd Lencz, Jian’an Luan, Anil K. Malhotra, Andres Metspalu, Lili Milani, Ken K. Ong, John R. B. Perry, David J. Porteous, Marylyn D. Ritchie, Melissa C. Smart, Blair H. Smith, Joyce Y. Tung, Nicholas J. Wareham, James F. Wilson, Jonathan P. Beauchamp, Dalton C. Conley, Tõnu Esko, Steven F. Lehrer, Patrik K. E. Magnusson, Sven Oskarsson, Tune H. Pers, Matthew R. Robinson, Kevin Thom, Chelsea Watson, Christopher F. Chabris, Michelle N. Meyer, David I. Laibson, Jian Yang, Magnus Johannesson, Philipp D. Koellinger, Patrick Turley, Peter M. Visscher, Daniel J. Benjamin, and David Cesarini. 2018. “Gene Discovery and Polygenic Prediction from a Genome-Wide Association Study of Educational Attainment in 1.1 Million Individuals.” Nature Genetics 50(8):1112–21.

長い。全員共著者である。社会学の論文では引用したくなくなるが、社会移動を考える際には、今後必ず引用しなくてはいけない文献の一つになるだろう。これまで、行動遺伝学では単一遺伝子が表現型に与える影響や、遺伝情報を共有する双生児を対象とした分析が多かったが、近年のテクノロジーの発達と、遺伝子情報を得るコストが劇的に(本当に劇的に)減ったおかげで、polygenic(複数遺伝子)な分析ができるようになった。これは要するにヒトの間で異なる遺伝子型と注目する表現型の間の関連をとり、一つ一つのlociの小さな寄与をまとめたスコアをつくることで成り立つ。このスコアが俗に言うポリジェニックスコアだ。このスコアは、概念的には注目する表現型を規定する遺伝的要因と解釈される(ただし、実際には環境要因も含まれているため、解釈には注意が必要)。このポリジェニックスコアは遺伝子の配列を元に個人に与えられるもので、スコアの性質上、正規分布になる。と聞くとベルカーブ論争を思い浮かべる人もいるかもしれないが、社会ゲノミクスの研究者たちは慎重に優生学的な言明を否定しているので、その点は注意されたい。

表現型ごとにスコアは異なり、一つのスコアを求めるだけでトップジャーナルに論文が載っているのがここ数年の現象だが、社会学者が関心を持つ教育年数も、2018年にスコアのアップデート版が出た。アップデートというのは、ポリジェニックスコアがその基にする遺伝子型は非常に数が多く、多重検定をして有意な遺伝子型をスコアの作成に用いるため、サンプルサイズが足りないとスコアによって説明されるばらつきが小さくなってしまう。この論文では、110万人の遺伝子データを解析した結果、ヨーロッパ起源のアメリカにいる白人層においては、教育年数のおよそ11-13%が遺伝によって説明できることを示唆している。

4.Fertility - Gender
Brinton, Mary C., Xiana Bueno, Livia Oláh, and Merete Hellum. 2018. “Postindustrial Fertility Ideals, Intentions, and Gender Inequality: A Comparative Qualitative Analysis: Postindustrial Fertility Ideals, Intentions, and Gender Inequality.” Population and Development Review 44(2):281–309.

日西米瑞20-30代の高学歴のカップルを対象に、理想子ども数と出生意図の差がどのように生じるのかを検討したもの。日本ではフルタイム就労の女性の夫は、妻の就労継続に理解があり、家事にも貢献したいと考えているが、自身は長時間労働のためそれができない。妻も夫の貢献を想定していない。

パートタイム就労の女性の場合には、夫一人の収入がメインのため子育てのコストを考えて理想と意図の間に差が生じる。日本と同じ超低出生のスペインは、将来の経済的不安のために共稼ぎが必要と認識。日本では性別分業が暗黙のうちに前提とされている。超低出生国の間でも文脈の違いが認識の違いを生む。

日本のフルタイム夫婦の場合に理想と意図の差が生じるのが、夫は妻のキャリア志向を尊重しつつも、長時間労働のために家事に貢献できないと考え、それを妻も共有していて、結果として暗黙のうちに性別分業が前提とされている、という説明は腑に落ちるところが多い。

Goldscheiderのジェンダー革命の議論だと、日本の高学歴フルタイム夫婦の男性でジェンダー平等的な意識が持たれている点では、日本も革命の第2段階に来ているのかもしれないが、意識の上で夫婦が対等になりつつも、長時間労働により暗黙の性別分業が維持される限り、日本はこの理論の逸脱例だろう。あるいは、妻が働くのをサポートしたいというself-fulfillment(自己実現?)側に立ちながらも、実際には女性が男性並みに働く(ただし男性は家庭で家事負担はしない)ことで男女平等が達成されようとしているのであれば、Goldscheiderの枠組みでは、まだ日本は革命の第1段階だろう。

5.Fertility - Macro Economic Change
Seltzer, Nathan. 2019. “Beyond the Great Recession: Labor Market Polarization and Ongoing Fertility Decline in the United States.” Demography 56(4):1463–93.

アメリカを襲った大恐慌は失業率の増大をもたらした。失業率の増加は出生率の低下に繋がるのはよく知られている。したがって、失業率が回復すると、出生も元の水準に戻ると考えられてきた。しかし、アメリカでは失業率は回復しているのに、出生率は基に戻っていない。これはなぜか。著者によれば、それは大恐慌によって産業構造が変化したからだと言う。 具体的には、製造業が恐慌によって衰退し、これまで製造業についていたような世帯の経済的な不透明性が高まり、出生の遅延や減少がみられるようになったと言う。この主張は、失業率が回復しても出生率が今度も上昇することはないと言う示唆を持つものであり、分析は手堅いがインプリケーションは大きい。ネイサンはウィスコンシンの先輩で、個人的にもよく話していたので、この論文が掲載されたのは個人的にも嬉しい。

6.Health
Brown, Tyson H. 2018. “Racial Stratification, Immigration, and Health Inequality: A Life Course-Intersectional Approach.” Social Forces 96(4):1507–40.

アメリカの人口学の一大トピックの一つは、学歴や人種間の健康格差である。この論文では、これまで比較的よく検討されてきた人種と移民ステータスによる健康格差をライフコース論とインターセクショナリティの視点から複雑化している。健康という文脈におけるライフコースの重要性とは、若い時の不利の蓄積が高齢層になって格差の結晶となって現れるcumulative (dis)advantageの議論とほぼ同じである。移民は従来セレクティブなプロセスでアメリカに来ていることから、hispanic health paradox(ヒスパニック系の方がSESは白人ネイティブより低いのに健康である現象)などが検討されてきたが、この論文では移民内部の異質性をアメリカの人種コンテキストに落とし込んで検討している。HRSを用いた分析の結果、たしかに移民層へ健康上のアドバンテージを持っているが、年齢とともにその推移は異なり、これは人種と関連する。具体的には、白人の移民では比較的健康が良好に推移するのに対して、黒人やヒスパニック系の移民では年齢を経るに従って健康が悪化しやすい。筆者はこれを、移民がアメリカの人種の文脈に暴露された蓄積の結果であると解釈している。近年の人口学で重要になっているトピック(人種、移民、ライフコース)をうまく取り入れた意欲作、といったところか。非常に面白い。

7.Assortative Mating - Role of College
Ge, Suqin, Elliot Issac, and Amalia Miller. 2019. “Elite Schools and Opting-In: Effects of College Selectivity on Career and Family Outcomes.” NBER Working Paper No. 25315 1–55.

私の本業は同類婚なので、この手の論文も一応フォローしておきたい。といっても、今年出版されたもので「これは」というものは少なかった(自分の専門なのでやや厳し目かもしれない)、来年は多分(というか既にRR/アクセプトされたものを含めると)面白い論文が出てくるだろう。

この論文は経済学者によるもので、エリート大学を卒業することが労働市場や家族形成に対して因果的な影響を持つのかを検討している。この手の「因果」の論文では、エリート大学の「効果」はほぼないものとされている(Dale and Krueger 2002)。この論文ではDale and Kruegerで検討されたものと同じデータを使いつつ、サンプルを拡大し、男女別に分析している。結果、男性ではエリート大学を卒業する因果効果はなかったが、女性では結婚確率を下げる一方、結婚した場合の相手の学歴は高くなることがわかった。最近、この手の大卒内の異質性に関する論文を書いているので、多少参考になる、多少だが。

8.Assortative Mating - Genetics
Conley, Dalton, Thomas Laidley, Daniel W. Belsky, Jason M. Fletcher, Jason D. Boardman, and Benjamin W. Domingue. 2016. “Assortative Mating and Differential Fertility by Phenotype and Genotype across the 20th Century.” Proceedings of the National Academy of Sciences 113(24):6647–52.

この論文は最近出たものではないが、一連の同類婚とゲノムの関係は非常にポテンシャルがあるので、例外的に選出することにした。この論文では教育年数を予測するポリジェニックスコアを用いて、学歴同類婚のどれくらいが、教育年数を予測する遺伝子によって説明されるかを検討している。配偶者間のPGS for years of educationの相関は0.132(高い…)である。ちなみに、他の研究によって学歴同類婚の相関の1割は、PGS for years of educationで説明される(Domingue et al. 2014)ことも踏まえると、この結果は、以下のような示唆を持つ。これまでの学歴同類婚の研究では、学歴というのは将来の所得を予測するシグナルとして機能していると理解されてきた。今でのこの想定は間違っていないだろうが、これらの研究から、学歴というのは遺伝子レベルで予測される教育年数スコア、言い換えると我々が知性や能力と呼んでいるものの代替としても機能しているかもしれないことが示唆される。

9.Geography - Genetics
Abdellaoui, Abdel, David Hugh-Jones, Loic Yengo, Kathryn E. Kemper, Michel G. Nivard, Laura Veul, Yan Holtz, Brendan P. Zietsch, Timothy M. Frayling, Naomi R. Wray, Jian Yang, Karin J. H. Verweij, and Peter M. Visscher. 2019. “Genetic Correlates of Social Stratification in Great Britain.” Nature Human Behaviour 3(12):1332–42.

またゲノムである。UK biobankのデータを用いて、さまざまなポリジェニックスコアの地理的分布を見た論文。ゲノムの強いところは、基本的に生まれた時点でフィックスしているので(メチル化によるゲノムの変化という例外はあるが)、逆因果を考える必要がない点がある。分析の結果、33の表現型のうち21が地理的に有意なばらつきを示していて、特に教育年数のポリジェニックスコアによる分布が最も分布が地理によって異なっていた。特に、鉱山地域といった産業が衰退した地域ほど、ポリジェニックスコアが低い集団が集中している。もともと、高学歴層ほど機会を求めて地方から都市部に移動しやすいというのは、移動研究で頻繁に指摘されてきたことだが、それは高い学歴をもつ人の観察されないような特徴(リスク選好やインテリジェンス)が移動と学歴の関連を生み出している可能性を示唆してきた。この分析結果は、この仮説を支持するものであり、環境(この場合は地域の経済的な機会)とゲノムのインタラクションによる移動の発生、という文脈に位置付けられるだろう。余談だが、このトピックは非常にポリティカリーインコレクトな問いにつながる可能性がある。というのも、イギリスにしろ、アメリカにしろ、現在の政治的指導者を支持するような人は、人が都市に移動していったような地域の出身に住む傾向にあるからだ。

10.Geography - Eviction
Humphries, John Eric, Nicholas S. Mader, and Daniel I. Tannenbaum. 2019. “Does Eviction Cause Poverty? Quasi-Experimental Evidence from Cook County, IL.” NBER Working Paper No. 26139 1–47.

プリンストンの社会学者マット・デスモンドの一連の研究によって、アメリカでは年間200万件におよぶ住居の強制退去(eviction)が行われており、これが貧困の結果だけではなく、さらなる貧困を生む可能性が指摘されてきた。しかし、因果推論にうるさい経済学者に言わせると、evictionがその後のネガティブなアウトカムに対して因果的に効果があるのかは、まだ正確に検討されていない。なぜなら、eviction自体が貧困の結果生じるものであり、これは典型的なセレクションの問題になるからだ。筆者らはイリノイ州のクック・カウンティの17年に及ぶevictionレコードのデータを分析して、evictionがその後のアウトカムに与える因果効果を検討している。DIDとIVを用いた分析の結果、記述的には存在したevictionとその後のクレジットスコアの関連は(300-850のレンジのスコアで、evictedされた人とそうでない人の間には100の差があった)、有意だが非常に小さなもの(an eviction has almost no effect on credit score)になることがわかった(DiDではクレジットスコアでおよそ2ポイント程度)。

プリンストンの社会学部には全米のevictionデータベースを作成しているラボがあるが、この結果はラボのメンバーには少し衝撃的に受け止められている。確かに、evictionがその後の経済的なアウトカムにほとんど影響しないというのはやや信じがたい。今後多くの追試が行われると考えられるが、ある同僚によれば、分析対象がイリノイ州シカゴであり、この地域の貧困の文脈を考えると、evictionが効果を持たない可能性は理解できるという。転じて、外的妥当性について考える際にも重要な研究になるかもしれない。

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