December 12, 2020

今年の10冊

今年の初めくらいから徐々にアメリカにおける日本・アジアを多面的にみることに関心を持ち始めました。一つには徐々にアメリカで働くことを念頭に将来を考え始め、そうすると自分の中で、育った日本とこれから住むアメリカの間でどうバランスをとろうかと考える機会が増えたことが深層にはあるのだろうと思います。

例えば自分はアメリカだとアジア系と分類されるわけですが、アジアと言っても国でだいぶバックグランド違うし…と思いつつも実際に日々生活しているとそうした違いよりも共通の経験の比重が大きくなっていきます。悩むよりとりあえずアメリカにおいて私が直面しなくてはいけない問題について知ろう、と思い日本生まれの作家がみたアメリカ(水村、村上、二人ともプレリムに縁があります)、アジア系アメリカ人が描くアメリカの中のアジア・日本(Otsuka, PBS)などをみていった気がします。

そんな中で一番印象に残ったのはMin Jin Leeのパチンコでした。これは日本が主たる舞台の小説ですが、作者は韓国系アメリカ人、日本への滞在を通じて在日朝鮮人の歴史に触れ長い構想期間を経て出版、まずアメリカで絶賛され日本語にも翻訳されるという、非常にユニークな作品です。

そうしていくうちに実は日本語の小説も翻訳されてアメリカで評価を受けていることを知り、日本にいた時は読んだことのなかった作家の本を読む機会も増えました(柳美里、小川洋子、川上未映子)。不思議と英語圏で評価を受ける最近の日本作家はほぼ女性です(他に村田沙耶香、多和田葉子など)。

専門に関わるのは最後の2冊です。KarabelのThe Chosenはアメリカのエリート大学における選抜制度の歴史を丹念にみた労作ですが、直接扱ってはいないものの、この本も実は今日のアジア系アメリカ人の問題と関わる論点を議論しています。昨今、ハーバードなどで起こっているアジア系への入試における差別への訴えは、成績やテストの点数以外に卒業生の親を持つ子どもを優遇したりするレガシー制度によってアジア系は差別されているとするものですが、この本では、このアメリカ独特のレガシー制度などが非白人を排除しようとする過程でできた歴史的な産物であることを、丹念な記述とともに明らかにしています。

二人の経済学者によるLove, Money, and Parentingは社会学者も最近よく言及している本で、利他的な親がなぜ異なるタイプの子育てをするのかを経済学的な視点から解説しています。本の主張は、子育ての違いは社会の不平等の度合い(と教育制度)を反映しているというもので、要するに格差が大きい社会になると教育による経済的リターンの重要性が増すので、親は子育てに投資をするようになる、というものです。

一人の日本研究者として意外に感じたのは、日本は教育ママや受験競争言説にみられるように子育てに対する親の関与が非常に強い社会だと思っていたのですが、経済格差が比較的小さい日本は、この不平等と子育てのフレームの中ではアメリカや中国に比べると親の関与は少ない社会に位置付けられている点でした。筆者達も引用していますが、日本では上記の子育て言説以外にも「はじめてのお使い」にみられるように、子どもの自立を重視している社会であるとされ、確かに「可愛い子には旅をさせろ」ということわざもあるくらいなので、親の関与は比較の視点で見るとそこまで強くないのかもしれません。

もちろん、この「可愛い子には〜」ということわざには、あえて突き放すというニュアンスもあると思うので、単に時間がなくて子どもをほったらかしにする、といったネグレクトに近い育児とは違い、これはこれで一つの親の関与の仕方の強さが表れているのかなと思ったりして、各国の育児文化の違いをどうやって比較できるように論じるかは、なかなか難しいなと思いました。

以上、皆さんも面白いと思ってくださるような本を並べています。

水村美苗 『私小説―from left to right 』

村上春樹 『やがて哀しき外国語』

小川洋子『密やかな結晶』

前田健太郎 『女性のいない民主主義』

五百旗頭真・伊藤元重・薬師寺克行『岡本行夫 現場主義を貫いた外交官』

Xiaowei Wang, Blockchain Chicken Farm: And Other Stories of Tech in China's Countryside

Julie Otsuka, The Buddha in the Attic

Min Jin Lee, Pachinko

Jerome Karabel, The Chosen: The Hidden History of Admission and Exclusion at Harvard, Yale, and Princeton

Matthias Doepke and Fabrizio Zilibotti, Love, Money, and Parenting: How Economics Explains the Way We Raise Our Kids

番外編:PBS documentary series Asian Americans

No comments:

Post a Comment