May 6, 2017

回復

5月5日
10時前に起床。10時半過ぎに家を出る。車に乗ろうとすると、弟がキジを見つけたという。ついていくと、確かに向こうの家の雑木林があった草むらに、一羽のキジがちょこんと座っていた。あとで調べてみるとキジはあまり飛ぶことはせず、基本的には地上で移動するらしい。そのため、猫やイタチに襲われないよう、非常に素早く動き、警戒心も強い。春には野生のキジが見られるチャンスは高いそうだが、にしてもあんな警戒心の薄い生地を眺められるのは滅多になかったのかもしれない。

そうこうしているうちに母がきたので、3人で祖母の家へ。弟は外で遊ばせておいて、二人で部屋の整理を始めた。それが終わってから、少年自然の森へ。すでに12時半。13時にはお昼を食べて病院に行こうとしていたのだが、幸いにして(?)サッカー少年団の知り合いの子がいたようで、弟は結構楽しそうだった。おかげで予定よりも長く千波山にいることになり、病院に着いたのは1時半ごろ。

叔母と合流して、はじめに昼食をとることにした。ジャズバーも兼ねるNOVITAというイタリアン。10年ぶりだろうか。久しぶりにパスタランチをいただく。弟もおいしそうに食べていた。

そのあと、祖母の見舞い。脳出血から一週間が経ち、日に日に回復してきていると見られる節があった。まず、間違いなくこちらの声は届いている。昨日は、弟が耳元で声をかけると「うるさいね」といったし、帰り際に僕が「帰るね」といったら「帰るの」と喋ってくれた。新たに左手にはミトンがしてあり、おそらく管などを自分で取らないようにしているのだろう。そのぶん、ミトンの中は蒸れているので、暑くなってきていることもありくるだろうということで外してあげた。それ以外にも、薬局で買ってきた髪を拭くタオルや、祖母の家から持ってきたバスタオルをかけてあげた。僕の手を握る左手は昨日よりも強く、回復の途上にあることを感じさせてくれた。

終わってからスタバに降ろしてもらい作業。6日締め切りだと思っていた報告書が、実は16日だったことに最後の方になって気付いて取り越し苦労をした。

5月6日
9時半ごろに起床。母はスーパーで買い物をしたあと、弟を歯医者に連れていくことでお留守番。その間、昨日叔母からもらったアルバムに目を通した。主にいとこ(叔母の娘)の小さい頃の写真だが、ところどころに祖母や、母、生みの父が出てきていて、懐かしい気分に浸る。自分が生まれた時にはもう、祖母は今の家に住み始めてから随分経っており、僕といとこが幼いころに家の前で撮った写真を見て、25年という月日があっという間に経ったことに対して思いを馳せた。

12時に母と弟が戻ってきたので、その足で病院へ。13時から面会。今日はさらに、はっきりと声が聞こえた。自分の名前を呟いてくれたし、こちらの呼びかけにも、ちゃんと「はい」と答えてくれる。何より、母が「まだお父さんのところにはいってないよ、残念だね」といったら元気な時にしてくれるように笑ってくれた。こちらの冗談がわかるのだろうか。手も、随分動かせるようになり、ミトンを外した後には時々管を取ろうとする様子を見せ少し焦るくらいだった。右手をひたいに持っていって自分で顔を拭こうとする仕草も見せてくれた。母がずっと同じ姿勢で寝ていると苦しいのではないかと考え、寝返りを打とうと母が「腰痛いかい?」と声をかけると、しばらくして「腰痛い」と応答してくれたのだった。看護師さんに手伝ってもらい、まくらをつかって右半身を少し上向かせると少し気持ち良さそうな表情を見せてくれた。

間違いなく意識はあり、僕らが来て話していると、応答もしてくれる。熱がなければ目も開くし、あとはこれからどれだけ回復するのか、期待と不安が混ざりながら、祖母にまた明日来るねと声をかけて病院をさった。


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