April 7, 2020

家族人口学セミナー第3回:家族と不平等

今回の文献は家族と不平等ということで、すでにこれまでの回で家族の変化と格差の拡大が関連していることは言及があったわけだが、今回はよりその関係に焦点を当てている文献がアサインされた。唯一「あれ?」と思うのはLesthaeghe 2010だが、これはMcLanahan 2004が第二次人口転換に触れているため、そのバックグランド提供のためにアサインされたのだろう。

アサインされた文献はだいたい読んだことがあるものだったが、二つだけ未読のものがあり、授業の前にそれらについてメモ。

Lareau 2002では、ミドルクラスの家庭とワーキングクラスの家庭の育児戦略について質的インタビューを用いて検討している。ミドルクラスの家庭では、concerted cultivationと称される多くの習い事や課外活動を通じて、子どもの才能を意図的に伸ばすことに重点が置かれる一方で、ワーキングクラスの家庭では、子どものnatural growthが達成としてみなしている。言葉遣いでも両者には差があり、ミドルクラスの親では子どもに理性的に語りかけ、自律的な思考を促そうとしている一方で、ワーキングクラスの親は命令的に子どもにしつけをし、合理的な説明を欠くことが多い。

この論文を読んでいたら、ミドルクラスの家庭の記述で、親子一緒に毎日1時間ピアノのレッスンを推奨するスズキメソッドなるものが言及されていた。調べてみると、これは日本のスズキさんが世界に広めた音楽教育法、楽譜ではなく耳で、まるで言語を聞くかのように音を操ることを目的にした指導法らしい。レッスンのない日にも練習を課し、親のインテンシブな参加が必須のため、なかなか大変なようなのだが、このインテンシブさがミドルクラスの親にはウケているのかもしれない。

Lareauのconcerted cultivationは日本でも割と知られている概念だと思うが、同じくアサインされたJMFのdecade reviewでHaysのintensive motheringの概念とこの概念が比較されている。intensive motheringの方はpaid workをeschewするような、子どもの教育に時間を捧げることを正当化するような信念に焦点を当てる一方で、concerted cultivationは母親の就労よりも、親のparenting practiceの違い(育て方、育児戦略)に焦点を当てているようだが、suzuki methodのような習い事は確実に就労を抑制する気がした。

高学歴で自分もフルタイムで働けるような女性がintensive motheringに徹する場合には、パートタイムかステイホームになる気がするが、このようなキャリアではなく家族を選択した高学歴女性に対する一連の研究(opting out)の結果は、高学歴女性は子どもがいても就労継続をするようになっている、という知見だった記憶があるため、Lareauが対象にしたインテンシブな子育てをする女性というのは、もしかすると90年代から2000年代の残像なのかもしれない。もしそうではないとすれば、フルタイムかつ子どもの教育に対してコミットしようとしているミドルクラスの女性は、どのようにバランスをしながら子育てをしているのか、気になるところである(し、多分研究はたくさんあるだろう)。

さて、Cooper and Pugh 2020によるdecade reviewでは、様々な経済階層にいる家族に焦点を当てた10年間の研究の総括をしている。自分の関心のある部分について抜粋。

背景としては、よく知られているようにアメリカでは経済格差が拡大しており、特に労組の衰退やマクロ経済の変化によって、労働市場の構造的な変容が起こり、非大卒層の相対所得が減少すらしているという、稀有な国である(日本は日本で、賃金がほとんど増加していない稀有な国ではあるが)。学歴による賃金格差が拡大するに伴って、学歴が個人や世帯における格差を決定づける主要因になりつつある。低学歴層は賃金が低いだけではなく、経済的なショックに対するリスクにも晒されている。例えば2008年の経済危機が健康や富の損失に与える影響は、大卒よりも低学歴層において大きかったことが指摘されている。さらに、経済格差は世帯全体よりも子どもがいる世帯に限定した方がよりはっきりと現れる傾向にあり、これらが格差の再生産に対して持つ示唆は小さくない。

こうした学歴による差がより顕著になる中で、家族形成も学歴差を拡大させながら、その多様性を増しているというのが、前回までにフォローしたfamily complexityの議論である。具体的には高学歴層では結婚タイミングは遅いものの最終的な結婚確率は高く、離婚も少なく、婚外出生も少ない一方で、低学歴層では結婚確率が低く、離婚と婚外出生が多い。シングルマザーになる確率も高い。同棲経験はどの学歴でも増えているが、低学歴層の方が異なる相手との同棲を繰り返すような不安定なライフコースを歩みがちになる。これが子どものウェルビーイングに与える影響を鋭く指摘したのがMcLanahanのdiverging destiniesであることは広く知られている。こうした研究群では、学歴によって家族形成が分化しているが、それとは別に家族構造の変化(ひとり親の増加)もこうした格差が子ども世代において顕在化することに貢献していると考えてきた。しかし、近年の研究では、こうした家族構造よりも稼ぎ手の数といった側面の方が格差を規定する要因であることが指摘されているという。家族構造がどれだけ独自の寄与を持っているかは、今後も議論が続くかもしれない。

このレビューでは、家族形成と格差に関する新たなメカニズムも提示されている。その一つが仕事の質(job quality)である。これは、単に仕事によって発生する賃金だけではなく、就労環境の不規則さや労組の有無といった質的な側面のことを指す。例えば、Schneider & Harknett 2019では仕事のスケジュールが定期的に不規則に移り変わる労働者の場合、そうでない労働者よりも心理的なストレスが高くなる傾向にあることを指摘する。これは仕事と家庭のバランスの困難にも直結するため、今後の研究では、例えばこうした不安定な就労環境にいることと家族関係の解消や家族形成の困難に関連があるかが問われてくるだろう。日本では非正規雇用に就く男性は正規雇用に就く男性よりも顕著に結婚しにくいといった知見はさほど新しいものではないが、10年レビューに掲載されるあたり、職業の質的な側面が家族形成に与える影響は、アメリカでは比較的新しい視点と言える。こうした就労環境の不確定性は医者や管理職といった専門的な職業でも存在するため、収入の分布とは異なる次元で、労働環境の不確定性が家族形成に与える影響は検討に値するだろう。

こうした仕事の質は、どちらかというと労働者がコントロールできない範囲で仕事のスケジュールが負担になる、というところに焦点があったが、関連するが異なる概念としてinstability(不安定性)がある(さらにいうと、insecurityも関連する概念としてあるようだ)。これは一時点の所得よりも所得の時間的なばらつきの大きさを指している。所得が予測不能に変わることは、将来考えているライフコースの実現を難しくする。こうした所得変動の頻度は時代とともに増えている傾向にあるという。親がこうした不安定な就業環境にいることが子どもの発達に影響することは容易に想像がつくが、参照されている研究は、所得の減少と親の教育的関与の減少といったもので、これも次の10年の課題かもしれない。

以上までは格差という独立変数側に力点を置いた説明が続いたが、レビューでは従属変数側である家族形成の様々な側面についても議論されている。その一つが子育て(parenting)である。アメリカでは、親が子どもと過ごす時間が増えており、研究者の注目を集めている。さらにここでも学歴差は拡大していて、その背景としては低学歴層の家庭では父の不在が増加していることが指摘されている。単なる時間だけではなく、どのような子育てをするかという質的な側面にも階層差が確認されている。high SESの家庭の方が、両親揃って子どもといたり、読み聞かせといったstimulating activitiesに時間を使う傾向にある。さらに、習い事といった活動に対してかける費用にも階層差がある。もうなんでも階層差があるわけだ。こうした階層差を伴った子育てに対する概念として、先ほど紹介したconcerted cultivationやintensive parentingがあるわけだが、両者の概念には差異があることが上述の通り指摘されている。特にintensive parentingのイデオロギーは近年、high SESの家庭からlow SESの家庭にも広がっているという指摘があり、これと子育ての階層差が拡大しているというパターンは一見すると両立しにくいように見えるが、先ほどの比較のように、intensive motheringはどれだけ子どもに対してdedicateするかを指している一方、 concerted cultivationが親の回想戦略を反映しているとすれば、これらの二つの現象は両立するかもしれない、という示唆をこのレビューでは提示しているのだろうか。ちなみに、子どもと過ごす時間が子どもの学業達成などに与える影響についてはnullもあり(Milkie, Nomaguchi, and Denny 2015)、parentingが格差の形成にどれだけインパクトを持つかについてはクリアではないという。この辺りは、parentingの操作化も含めて、少し闇が深そうな気がした。

こうやってまとめてみると、レビューではさも研究があるように読める部分も、実は意外と研究がないことに気づく。これは私の経験則なのだが、10年レビューであげられるトピックは萌芽期を終えてこれからホットになるトピックであることも多いので、このレビューであげられた論点は、今後10年さらに掘り起こされることが予想される。



文献
Cooper, Marianne, and Allison J. Pugh. 2020. “Families Across the Income Spectrum: A Decade in Review.” Journal of Marriage and Family 82(1):272–99.

Lareau, Annette. 2002. “Invisible Inequality: Social Class and Childrearing in Black Families and White Families.” American Sociological Review 67(5):747.

Lesthaeghe, Ron. 2010. “The Unfolding Story of the Second Demographic Transition.” Population and Development Review 36(2):211–51.

McLanahan, Sara. 2004. “Diverging Destinies: How Children Are Faring Under the Second Demographic Transition.” Demography 41(4):607–27.

Schwartz, Christine R. 2010. “Earnings Inequality and the Changing Association between Spouses’ Earnings.” American Journal of Sociology 115(5):1524–57.

Western, Bruce, Deirdre Bloome, and Christine Percheski. 2008. “Inequality among American Families with Children, 1975 to 2005.” American Sociological Review 73(6):903–20.

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