メディア・システムについての考察
—英地方紙の衰退にみる,マスメディアが今後とるべき適応策の提案—
1 はじめに
ここ数年,先進国における地方紙の廃刊が次々に報じられている.世界で最も影響を受けているのはアメリカの地方紙であるが,ヨーロッパではイギリスの状況が深刻とされている.イギリスでは2008年末から2009年にかけて地方紙が80紙以上廃刊した[1].
そもそもの問題として,イギリスでは単純に人口あたりの地方紙の数が多いということがある.日本における地方紙の数が100紙前後であるのに対して英米の地方紙数は1000を超える.1000紙の中の80紙というとあまり大きな数字には聞こえないかも知れないが,それまでほとんど廃刊することがなかった地方紙が一年で一気にその数を減らしたことを考えると,この数を小さく見積もることはできない.
廃刊の背景として指摘されているのは以下の二点である.まず最初の原因としては広告費の減少が挙げられる.2008年に始まった金融危機は新聞社だけでなくほぼ全てのメディアに広告収入の減少をもたらした.後に詳述するが,全国紙よりも地方紙の方が広告費に依存しており,さらに危機の中でも収入を伸ばしたインターネットに主要な広告源を奪われてしまったため,影響は深刻なものとなった.第二の理由は無料ニュースの増加である.これは地方紙に直接の打撃は与えなかったが,価格競争を引き起こすことになり広告収入に苦しむ地方紙にとっては小さくない影響を与えたという意味で,第一の原因を促すものといえる.
地方紙が消えた地域では様々な動きが出てきている.市民ジャーナリストが独自に,もしくは元新聞記者と協力して非営利の報道機関を設立しているところがある.媒体は紙ではなくブログ形式がメインである.そのほか,BBCが地方ニュースに力を入れる一方,地方議会などの公共機関が代わりにニュースを配信する動きもある.このように地方紙が無くなっても,市民の側から地域の情報を発信する動きが出てもおかしくない.幸いなことにインターネットの存在によって,スタートアップにコストをかけずに,地域報道に特化した少人数の市民報道機関が十分可能である.つまり,地方紙が今見せている生き残りの動きは,必ずしも地方におけるジャーナリズム再生の唯一の手段ではない.この意味で,経済危機はイギリスにおける地方メディアの多様性を促進しているともいえる.
本稿では,イギリスの地方における地方紙の衰退を,カランのメディア・システム論の観点から評価する.地方紙衰退によって,地方では多様なメディア環境が現出しつつある現状をどのように考えることができるだろうか.地方紙は地域における公共性を維持する役割を今後も持つことはできるのだろうか.
本稿の構成は以下のようになる.まず,イギリスにおける地方紙衰退の動きについて概観し,その背景を分析した後,カランによるメディア・システムの考えを応用し,地方におけるメディアの役割と地方紙の位置づけ,そして地方におけるメディア・システムの可能性について考える.
2 地方紙廃刊の現状
まず,改めて廃刊の現状について確認する.The Economistの記事では2008年末から2009年にかけて,広告収入の減少によりイギリスの地方新聞は80紙以上が廃刊になったと伝えられている.今後5年間で地方紙の3分の1から半分が廃刊になると予想する動きもある[2].
Guardian紙では,2009年2月時点の13ヶ月で53紙が廃刊になったと伝えている.その多くがNS(Newspaper Society)[3]の中の主要グループTorinity Mirrorによって所有されているものであった.もっとも同期間にNSに13紙が新たに加盟していること,さらに2紙が一紙に統合したことも廃刊とカウントされているため,純粋に53紙分減ったということにはならない[4].
新聞紙数だけではない,雇用者も削減されている.先の廃刊紙を多く経営していた地方紙大手のトリニティ・ミラー社は1年で1200人の社員の解雇に踏み切り,地方紙業界全体でも2007年に41000人だった雇用者の数は一年後には35000人に減少することになった.また,Torinity Mirror紙の元会長であったRoger ParryやFinancial Times紙は2014年までに雇用者の数は半分になると予測している[5].
3 地方紙廃刊の背景
3.1広告費の減少
イギリスの広告収入はここ最近までテレビ,プレス,インターネット,その他で推移してきた.地方紙の収入は2005年まで上昇傾向にあったが,the economistの記事を参照すると,ここ数年で急激に減少している.また,地方紙は収入に占める広告費の割合が全国紙よりも高い.全国紙が半々に対し,地方紙は約8割を広告費に依存している.特に地方紙においてはクラシファイドと呼ばれる広告が特に減った.クラシファイド広告とは,目的や地域によって募集された広告をまとめた形で掲載した広告媒体である.日本でいう「案内広告」で,個人間の物品の取引,不動産,求人,中古車などがこれに当てはまる.インターネットの広告支出のうち伸びたのは検索連動型広告とクラシファイド広告だったとされる.オンラインクラシファイド広告が約10%伸びたのに対し,Pressのクラシファイド広告からの収入は37%減少している.すなわち地方紙の強みであったクラシファイド広告が特定の趣味を持つ人たちに「素早く,柔軟に,低予算で」広告を渡すことのできるインターネットとの相性の良さから奪われていった[6].
3.2 無料ニュースの増加
地方紙廃刊の背景には無料ニュースの増加も挙げられる.2008年,金融危機の影響で広告収入が減少し,市場のギャップをまかないきれなくなった地方新聞に代わりBBCが地方ニュースの動画配信拡充を発表した.加えて,全国の路上,地下鉄の構内などで,単なるチラシとは異なる新聞を模したメトロなどの無料誌が配布されている.メトロはその名の通り地下鉄構内で配布されており,ニュースはロイター等が配信したニュースを載せている.収益源は広告である.
地方自治体による無料新聞(Council-run-newspapers)の創刊も見逃せない.地方自治体のおよそ半分が民間広告を自治体の議会報などに載せている.その中でも,自治に関する内容以外の,テレビの番組表やスポーツ情報などを載せた新聞が現れている.例えばロンドン市のLondon Borough of Hammersmith & Fulhamでは専用のウェブページを用意しており,発行する新聞も地方紙と大差がない[7].
3.3 購読者数
意外なことに,地方紙において購読者数は減っていない.もともと地方紙はその収入の多くを広告費に頼っていたため,金融危機の影響を強く受けることになった.地方紙1300紙は合計4000万の読者を抱えている.Johnston pressでは2009年のオンラインの固定読者は昨年の1.5倍になっており必ずしも地方紙の需要が薄れてきたわけではない[8].さらに,経済危機の影響によって全国紙が地方ニュースから撤退,ロンドンを中心とした報道に移行してしまったため,今後も地方におけるニュース需要は維持されていくと予想される.
3.4 小括
このように地方新聞は廃刊の危機にさらされているが,改めてその原因について触れておきたい.大きな要因は二つである.第一にインターネットとの広告抗争に敗北しつつあるということが挙げられる.地方紙に比べ安価であり,特定の趣味を持つ人たちに容易に広告を渡すことのできるオンラインのメリットは新聞の広告収入の減少の大きな要因である.特に,地方紙が得意としてきたクラシファイド広告のオンライン化は先に挙げたように地方紙にとって大きな打撃を与えた.
第二にフリーペーパーが増加したことが挙げられる.ここで言うフリーペーパーとは紙媒体として価格競争の面で地方紙と競合するメディアと定義できる.フリーペーパーは綿密な調査報道や地域ニュースなど取材費のかかる記事は書かずに通信社から配信される全国ニュースやスポーツニュース,もしくは自治体発行のフリーペーパーの場合は議会の進行状況を載せるなど,記事の内容では地方紙の方がよりバラエティに富んでいるものの,収入を広告のみとすることで有料の地方紙に打撃を与えている.
こうした動きは最近まで顕在化しておらず新聞側も対策を講じてこなかったのが実情である.しかし金融危機以降になって広告費全体が縮小したことで問題は顕在化した.この現状だけを見ればインターネットと新聞は相容れないメディアと見えるかも知れない.しかし第三章で述べる地方紙が講ずる対策を見ていけば,むしろ新聞はネットに融合していけるようにも思える.
4地方紙が講ずる対策
4.1 反対活動
BBCの地方ニュースの拡充に対してはBBCの大規模な予算のもとでの無料ニュース配信に地方紙から反対運動が起こり,最終的にBBCは拡充策について断念することになった.2008年12月にBBCトラストはオンラインによる地方ニュースの動画配信を始めるために6800万ユーロを投資に当てるとしたが,文化省大臣はこれに反発,BBC会長のMark Thompsonもプレスとラジオが受けている広告費減少がやむまで計画を中断することを命じた.
次に,地方自治体による無料新聞(council-run-newspapers)の創刊に対しては2010年3月トリニティ・ミラー社が政治的中立の問題を掲げ反対署名活動を開始した.この動きに対応して政府側では,1月に自治体監査委員会による調査報告[9],4月に下院委員会による報告がなされ,公正取引庁に影響調査を指示した.委員会の報告では,自治体による新聞発行は新聞社側が主張していた「公費の無駄遣い」ではないと結論付けている[10].
4.2 ニュースの有料化
以上のような反対運動以外に,ウェブニュースを有料化した例もある.全国紙の中ではFinacial Times,ルパート・マードックがオーナーのニューズ社が発行するTimes, Sunday Times, News of the worldが有料化の実施に踏み切った.一部の地方紙でも有料化の動きは出てきており,273紙を発行するジョンストン・プレスや70紙を発行するTindle Newspapersでは40紙の有料化について計画していた.一方で,有料化したからと言って読者数が変わるのかどうかについては統一した見解がないのが現状である.Guardian の記事にもある通り,有料化した際に新聞を取り続けるかというアンケートの結果には一貫性がない[11].調査方法が違うことを鑑みても,今後新聞が行く道を予測していくことは難しい.
単純な有料化以外にも有料ページと無料ページの共存(Dual revenue streams)という方法もある.2008年,Gravensend Reporterが,Richmond Twickenham Times ,Manchester Evening News 紙に続き,デュアルモデルに踏み切った.Manchester Evening Newsは2006年にマンチェスター市内では新聞を無料配布し,郊外に出ると有料にするデュアルモデルを採用した.これは先述のメトロの台頭が影響している.
4.3 規制緩和
圧力団体が政府に規制緩和を求める動きもある.NSの所属する主要7グループが組織したロビイスト団体LMA(Local Media Alliance)は2009年1月に政府のOFT(the Office of Fair Trading)に報告書を提出した.「競争的なメディア市場によって広告主は適切な選択ができる」「地方に住む人々は様々な媒体から情報を得ているが地方の情報は地方紙からしか得られない」「地方紙に焦点を当てた大規模な組織を構築することが地方紙の多様性を保持するのに有効である」,さらに全てにおいて「地方紙の合併はこれに悪影響を与えない」ことを付け加えて,地方紙間の合併促進のために規制を緩和することを求め,その一週間後にキャメロン首相が賛成の意を表した[12].もっとも,こうしたTorinity Mirrorを中心に進む大手地方紙グループによる寡占には「中央化された企業による買収が地方紙の衰退を招いた」などのような,合併によって解雇される可能性のある地方紙記者からの反発もある.
4.4 小括
以上のように地方紙は様々な手法を用いて存続を図ろうとしており,その対策の中には積極的にウェブとの融合を狙う向きもある.そのため,一概に衰退の背景を絶対視することは出来ない.すまり,広告費の減少は一過性の出来事の可能性もある.
とはいえ,短期的にみて地方紙が衰退の危機にある事実は変わらない.その原因は広告費が減少していること,そして無料ニュースが増えたことにある.そして現在進行しているのは,大手新聞グループによる地方紙の合併である.政府もこれを容認しており,このままだと,地方紙は合併によってその数を減ずることになると考えられる.
5 メディア・システム論からみた地方紙
それでは,市場の競争によって,地方紙が廃刊していくことには,どのような社会的な帰結をもたらすのであろうか.この点について考えるために,本稿では地方紙は地方のメディアの中で何らかの役割を占めていると仮定する.その上で,具体的に地方紙がどのような機能を持っているかについては,カランによる分析枠組みが参考になる.「メディア・システム」の概念を唱えたカランは,メディアの役割には,様々な利害を持つ集団から意見を公平に募りそれを一覧にして市民に伝え,そうすることで市民が広い視座を獲得し民主政治にコミットしていけることを実現する目的があると考える.カランはこのメディアを「中核メディア」とよび,メディア・システムに不可欠な存在と位置づける.そしてその周りに互いの長短を補うメディアが並立することになる.公共的な役割を果たす中核的なメディア,「私的な番犬」としての市場主義メディア,「公的な番犬」としての社会的市場メディア,市民メディア,専門家集団といった,互いの長短を補い合うメディアからなるシステムを概念図式として提案した.以下,それぞれの役割についてみていきたい.
5.1 中核メディア
カランにとって中核メディアは公共放送と想定されている.ここでの公共放送は国家によって所有されているメディアではなく,公共的な役割を法的に義務づけられているメディアである.中核メディアに公共放送が採用されているわけは,中核メディアこそ全ての人がアクセスできることが要請されるのであり,公共放送であるBBCは強制的な受信料徴収によって,経済的な理由でメディアから排除される人たちが出ることを防ぐことが期待されている.また,法的に公平な報道を義務づけられているため,受け手が「様々に異なる見解やパースペクティブに触れるようにする」ことができる[13].ただし地方における議会のニュースなどは今までBBCが担ってきたところではなく,代わりに地方紙がその役割にあったと考えてよい.それが現在の危機によって窮地に立たされている.簡潔に言ってしまえば,このままだと地方に中核メディアが無くなってしまうことになるが,その代わりに2008年地方ニュース拡大を発表したBBCがつくことがあればそれに越したことはないことになる.
しかし,この公共放送モデルも理想というわけではなく,政府による恣意的な介入の恐れを捨てきれない.BBCではこれを解決するために政治的に中立な社員による市民サービスモデルを採用することで政治的な介入を避けようとしてきた.しかしカランが主張するようにこのシステムも必ずしも欠陥がないわけではない.1980年代に公的な介入が起きたことを例にとり改善の余地を残すとしている.このようにして,中核メディアを囲む部門別のメディアが要請されることになる.また90年代の衛生放送の開始による多チャンネル化によって,BBCはそのシェアを縮めるかと考えられたが,戦後数十年5チャンネルしかなかった英国テレビ市場が一気に100局以上に増えてもBBCはその視聴率シェアを減らすことはなかった[14].あくまでもBBCは国民に見られている最も大きなメディアのままである.
中核メディアの役割は,社会的な合意や妥協は「支配に基づく考案された合意に基づくものではなく,互いの違いを通じての開かれた話し合いに」基づかなければならず,それは中核メディアの公共的な役割によって実現することである.しかし,その中核メディアだけでは不十分であり,公的介入の危険を和らげるための補完的なメディアが必要になってくる.
5.2 中核メディアを補完するメディア
まず,「私的企業部門」である.近年,私的メディアは経済のグローバル化に伴い,多国籍コングロマリットとしてその規模を拡大し続けている.ルパート・マードックを代表とする経営者には単に営利目的で合併を繰り返しているのではなく,そこには右派的イデオロギーのもと新聞をタブロイド化していくことで発行部数を伸ばそうとする方針が見て取れる.この点に関しても,すなわち右派的イデオロギーのメディアがイギリスを席巻した場合に公平性が失われるという点において,カランは中核メディアに市場主義化されたメディアを置くことを拒んでいる.それでも,私的企業部門にも利点はあり,政府に対するチェック機能を果たせると考えられる点においてメディアの番犬としての機能を果たすとされている.
しかし中核メディアと私的企業部門のみでも,今度は新規参入が困難になってしまう.そのため「社会的市場部門」が提唱されることになる.カラン自身も市場主義モデルの欠陥は,それが想定したようには機能しなくなったこと,つまりコングロマリットに対抗する新しいメディアが誕生することは参入するためのコストが足かせとなって難しい,ということであるとし,これを解決するために,「社会的市場部門」が次に提案されてくる.ここでは,新規参入のための障壁を軽くするためにスウェーデンで実施されている新聞補助制度に類似したものを設立することでコングロマリットに対抗する際の財源を保障することが提案されている.同時に過度な独占に対する規制についても言及している.
これら比較的大規模なメディア以外にも,中核メディアを補完する二つの部門がある.一つは市民メディア部門である.市民メディアといっても,ニュアンスとしては市民側に近いという意味であり,ブログなどを活用した市民ジャーナリストの必要性については言及されていない.ここで述べられていることは,党派性を持ち,利害を一般に伝える政党機関紙,組織化された集団ではなくその支持者に焦点を当て彼らを組織化するマイノリティのためのメディア,そして組織化された集団を対象とする,組合の機関紙などのメディアの3つであるが,カランとしては中核メディアに主張を拾ってもらうためにはその前段階として同じ主張を持つものたちによる組織化が必要だと考えており,その組織化のために同じ意見を持つものたちによるメディアが必要と訴えている.もう一つは専門職部門である.企業の中にいるジャーナリストは少なからず社の方針に従わなくてはいけない,広告主の影響力を排せないことがある.こうした一定の制約を受ける企業ジャーナリズムの欠点を排するため,カランは小規模なラジオチャンネルを媒体としてあげているが,NPOの形をとったジャーナリスト集団でもこれは可能と考えられる.アメリカでは国家や企業の影響力を極力排した形でのNPO報道機関が成長している[15].
5.3 カラン・システムからみた地方紙の評価
ここまで,イギリスの地方における地方紙の衰退,その背景,これに対する反応,そして地方紙の役割を考えるために,カランによるメディア・システム論を概観してきた.
カラン・システムに照らし合わせると,地方における地方紙の役割は,様々な利害団体からの意見を吸収する形でそれを市民に伝えてきた中核メディアであると考えられる.すなわち,地方における地方紙の減少は,地域のメディア・システムの中核に位置する機能が消失することを意味する.中核メディアがそもそも存在しなくても,読者からの需要が減っているのだからよいのではないかという主張があるかもしれない.しかし,先のように購読者自体は減っていない.さらに,多様な言論空間を実現するためには複数の利害を同時並行的に知らせるメディアが不可欠だという主張は可能である.したがって,カランの主張に立つならば,地方紙が衰退した場合,解決策としては地方紙を存続させるか,地方紙に代わる新たな中核メディアの登場を待つかのいずれかが必要になってくると考えられる.
後者の場合であれば,衰退の要因にもあげたBBCが地方ニュースを拡大してきたことで,地方における情報発信の中心となる中核メディアは地方紙に変わってBBCが担うことも可能だろう.BBCが中核のメディアとなった場合の利点は,もともと視聴料を強制的に徴収されているため,市場主義の波にのまれないことである.さらに地方ニュースの拡大にインターネットを活用しているため,次世代のメディアにも適合していけるだろう.
一方で地方紙がこのまま中核メディアの地位に居続けることは難しい可能性がある.まずBBCという公共放送が地方に参画してきたからである.政府によってストップがかかっても簡単にはBBCの地方進出路線は頓挫しないだろう.加えて,地方紙が中核メディアとして存続するのであれば,過度な市場主義からは隔離されるべきであり,今以上に広告費が減ずることにでもなれば,何らかの政府の支援が必要になってくる.
中核メディアは国家におけるBBCと照らし合わせて考えれば,多様な利害を平等に扱うという公共的な役割が要請されてくるだろう.この前提のもとでは,地方紙が新聞グループの手によって合併させられることは避けられなくてはならない.なぜなら,カランが指摘するように,過度な市場主義の下では参入するのにコストのかかる産業では独占が進行すると考えられるからだ.地方紙を一紙創刊するには莫大なコストがかかり,人件費などで有利に立つ市場主義化された地方紙の前ではすぐ廃刊に追い込まれてしまうだろう.加えて完全なる市場主義の下では,公平性の観点から中核メディアが担ってきた公共的な役割が不採算であることから切り捨てられる可能性がある[16].
現実的には,まだ政府からの支援を得られるかどうかといえば,むしろ市場主義化してしまう可能性が高い地方紙が中核メディアになれるのかと考えるよりも,もともと公共放送として政府からの支援もあり安定的な収入が見込めるBBCが新たな中核メディアになっていく可能性がとられるというのが,暫定的な回答になる.
6.結語
以上から,人々に多様なパースペクティブを提供するために公平性を重視する中核メディア,そしてその周りに互いの欠点を補い合う形で私的企業部門,社会的市場部門,市民メディア部門,専門職部門が並立し合う状態がカランの提唱するメディア・システムであった.イギリス全体で見れば,中核メディアはBBCであり,私的企業部門は市場主義のもとで成長してきたメディアコングロマリットであった.ただし,社会的市場部門と専門職部門は未発達だったといってよい.それでは地方においてはどうか.それまで中核メディアは地方紙であったが,これが今回の地方紙の衰退についての分析で私的企業部門に吸い込まれていく可能性が高いと予想される.中核メディアは必要不可欠であり,今後その役割を担えることが期待されるのはBBC Local[17]であるというのが結論である.しかしBBCのローカル化は2008年12月を境にして止まっている.背景には地方紙側の反対があった.したがって現状は,各地方紙はコスト削減によって廃刊から逃れようとしているが,広告費が今よりも減少することがあれば,今後は地方紙の吸収合併が進行することになるだろう.しかしこのままでは中核メディアが存在しなくなり,地方において多様なパースペクティブの提供がなされない恐れがある.幸いEconomistの記事にあるように地方紙が衰退してきたことによって市民によるブログ新聞が出現してきたことは述べた.これが市民メディア部門に成長することは十分考えられるし,一方で新たに登場してきたcouncil-run-newspapersも議会の意見を代表する形ではなく,予算を新聞補助制度に回すことで社会的市場部門の形成に寄与することができる.以上のように以前に比べれば地方におけるメディア環境はカランが提案するシステムに近づいていっていることが分かる.
必要なことは大規模なメディアが地方紙に代わって中核メディアとして地方に現れること,そして地方紙が自治体からの支援を受ける形で社会的市場部門として存続していくことである.これによって,地方紙の代わりを担おうとしてきた他のメディアは自然と公的なメディアを補完することになる.保守党政権内でメディア政策がどのように展開しているのかはこの一年見えてこないが,地方のジャーナリズムを維持していくためには,BBC Localの成長が必要になってくる.今後イギリスのメディア状況がどのように変化していくか,注意深く見守っていきたい.
[1] “The town without news”, The Economist, Jul 26th 2009
[2] “The Town without News”, The Economist, Jul 26th 2009
[3] NS(Newspaper society)とは,イギリスの地方紙が加盟する協会である.このNSに登録されている新聞史の数がおよそ1300ということで,イギリスの地方紙の数は1300紙と言われているが,実際にはGuardianの記事にもあるように,NSに加盟していない新聞も少なからずあると見られる.
[4] “Britain's Vanishing Newspapers”, Guardian, Feb 18th 2009
[5] “Choice for Local Newspapers :evole or die” Financial Times, Feb 26th 2009
[6] “A loss of local papers damages democracy”, Financial Times Jun 18th 2009
[7] h&f Newsについては以下を参照.http://www.lbhf.gov.uk/directory/news/homepage.asp
[8] “The Big Question: Why are regional papers in crisis, and does it matter if they close down?” The Independent Mar 13th 2009
[9] 小林恭子(2010)『岐路に立つBBC -受信料削減,規模の縮小化の先は何か?』 新聞通信調査会「メディア展望」10月号
[10] 委員会が管轄するイングランド地方の自治体のほとんどが情報媒体を発行しているが,1か月に一度以上の頻度で発行している自治体は全体の5%のみであり,47%が企業の広告を掲載していたが,地方紙が収入を依存する求人広告は6%だった.また,監査委員会は,自治体の新聞が地方紙市場へどのような影響を与えているかに関しては「管轄外」として,意見を控えている.
[11] “News Corp Executive: Pay-walls and Free Model Can Co-exist”, Guardian, March 10th 2010
[12] “Local Media Mergers: Modernising the Approach to Safeguard Industry’s Multimedia Future”, LMA Apr 1st 2009
[13] カラン,J (児玉和人・相田敏彦訳),1995. 「マスメディアと民主主義:再評価」J.カラン・M.グレヴィッチ編,『マスメディアと社会 新たな理論的潮流』勁草書房.
[14] カラン,J (渡辺武達訳),2003.『メディアと権力』創元社.
[15] 代表的なNPO報道機関にはPro Publicaなどがある.
[16] カラン(1995),前掲.
[17] BBCの地方ニュースを専門に扱うサイトはBBC Localと呼ばれている.
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