March 24, 2018

日本人口学会企画セッション「少子化とセクシュアリティ」

ここ数日で桜が一気に満開になり、今週末が見頃と聞きます。
そんな花見日和の中、本日は社人研にて開催された日本人口学会の研究会に参加しました。

東日本地域部会の企画セッションとして開催された今回の研究会のタイトルは「少子化とセクシュアリティ」。ここでの「セクシュアリティ」とは、やや広めに捉えられており、出生と関連するような生物学的、心理学的、あるいは社会文化的な背景として考えられています。従来の少子化研究が、女性の社会進出、あるいは若年層の雇用環境の変化といった経済的な側面に偏っていたことに対して、今回は社会科学的な視点からは抜け落ちがちな、出生を性行動の結果として捉える視点、あるいは生殖活動を規定する妊孕力(fecundability、自然出生力)に影響するような生物学的な要因などが検討されました。

ちなみに、このセッションが開催された経緯としては、企画者の林玲子先生が国際人口学会(IUSSP)にて、佐藤龍三郎先生と松浦先生と話しながら、こういう研究が必要だよねという話になって、その後に開催が決まったらしい。IUSSPが開催されたのは11月冒頭なので、林先生の企画までのテンポの速さに驚くとともに、私もケープタウンで開催されたIUSSPには参加していたので、ディナーの場で3人が話しているのはお見かけしていました。あの場でそんな「悪だくみ」がされているとは思わず、企画の内容を知った時には驚いたものです。

さて、内容に入りたいと思います。学会ホームページにもほぼ同じものが載っていますが、当日の資料から題目を改めると、演者の先生方と報告タイトルは以下の通りです。

  1. 守泉理恵(国立社会保障・人口問題研究所)「日本における性行動をめぐる変化:出生動向基本調査の結果から」
  2. 岩本晃明(国際医療福祉大学/山王病院)「若者の精子の質低下を危惧する」
  3. 吉永淳(東洋大学)「内分泌かく乱物質等と妊孕力」
  4. 北村邦夫((一社)日本家族計画協会)「セックス嫌いな若者たち - その真相を探る:「第8回男女の生活と意識に関する調査」結果から」
  5. 松浦広明(松蔭大学)「セックス・テクノロジーの進歩の公衆衛生・人口問題への影響について」
  6. 森木美恵(国際基督教大学)「定位家族と生殖家族における親密性のあり方:北米、日本、東南アジアの比較を念頭に」
  7. ガズナヴィ・サイラス(東京大学医学系研究科国際保健政策学教室)「日本の性交渉経験無人数の推移:国内分析、国際比較」

このような、少子化をセクシュアリティの視点から検討する研究会は、今までほぼ例がなく(例外としては、会場にもいらした小西祥子先生が日本人口学会で何度か企画されてきた「出生の生物人口学」がありますが)、様々な分野の先生方が報告されることもあり、各先生が用いられている調査の紹介や、先行研究のまとめが中心で、やや記述的な研究、あるいは概要的なものが多かった印象です。

最初の守泉先生のご報告は、タイトルのように、社人研が実施している出生動向基本調査の結果をもとに、日本における性行動をめぐる変化が紹介したものでした。近年ほど、交際相手を持たない未婚者の割合が増加しているほか、性交経験率が近年の若年層で低下していること、夫婦における追加出生意図と避妊の実行率の関係が変化していることが指摘されました。

特に最後の点については、近年ほど、追加出生意図がないにもかかわらず避妊を実行していると答える人が減っているということで、「次子ができても構わない」と考える夫婦が増加している可能性や、自由回答や回答不詳との関係から、セックスレスのカップルが増加していることが背景にあるのではないかという解釈がありました。

2番目のご報告は岩本先生による男性生殖機能に関するものでした。欧米では、1930年からの50年間で、健常男性の精子数が減少したことが指摘されており、背景としては環境ホルモン(内分秘かく乱物質)の影響があるとされています。精子数の減少が火付け役となり、2000年ごろからSkakkebeakらによって環境ホルモンと生殖機能の低下を関連づけるTDS仮説が提唱され始めたことが紹介されました。

報告では、1カ国における男性の生殖機能のトレンドだけではなく、日本を含めた各国の比較、あるいは一つの国における地域間比較の研究例が紹介されました。例えばアメリカの4都市における男性の精子濃度を比較した研究では、もっとも質が低下していたのはミズーリであり、一方で最も低下していない、言い換えれば精子濃度が高い都市はニューヨークだったということです。この背景には、ミズーリのような土地は農地利用が多く、飲料水などを通じて、農地で使用された農薬が生殖機能に影響している可能性があるとされています。

3番目のご報告は吉永先生による内分秘かく乱物質と妊孕力の関係で、岩本先生が男性の生殖機能に焦点を当てていたのに対して、吉永先生は女性(あるいは女性が曝露する傾向にある物質)への言及が多かったように思われます。吉永先生の説明では、環境ホルモンという言葉に対して批判的な意見もあるとのことでしたが、今回はより一般的な環境ホルモンという言葉で事例が紹介されました。

環境ホルモンとは要するに、環境中に存在する化学物質のことだと考えられ、これらの物質が直接・間接に人間に曝露されることによって、人間の生殖機能に(主として悪い)影響を与えることが判明してきました。吉永先生の説明によると、まず環境ホルモンに曝されるのは実験室などで研究をする人々の場合であるとし、その次に、職業の特徴としてそうした物質に曝されてしまう職業曝露があるといいます。おそらく、前者の場合、化学物質それ自体を扱っており、リスクについても認識されているのだろうと思ったのですがが、後者の場合には、職業的な活動を行う結果として、意図せずに曝露してしまう可能性が高いということなのでしょうか。職業曝露の代表的な例としては農薬や鉛が挙げられており、これらを摂取することは、無精子症や不妊といった、明らかな生殖機能への悪影響が指摘されているようです。

実験室、職業ときて、より一般的な曝露の過程は、化学物質を含む製品を利用する場合ということです。具体的な例としては、魚の摂取(魚の体内には化学物質が蓄積されやすいとされる)、フタル酸エステル(スーパーなどで刺身や肉が包装されている、あの手のプラスチック製品に含まれる可塑剤)、及びパラベン(化粧品や日焼け止めに含まれる防腐剤)が挙げられた。フタル酸エステルはプラスチックを柔軟にする可塑剤なので、我々が生活している環境で触れない日はないらしく、例えば壁紙なんかにもたくさん含まれているらしいです。

これらの物質が、生殖機能に対してプラスの影響を与える効果はないわけですが、妊孕力などに悪影響があるかというと、研究によってまちまちの場合もあるということです。先生自身は、パブリケーションバイアスの可能性も踏まえながら、これらの物資の効果に対して慎重に検討されており、好感を持てました。

北村先生による4番目の報告では、日本家族計画協会が実施する「男女の生活と意識に関する調査」が紹介されました。調査事項としては、一部、社人研の出生動向とも重複していますが、報告では近年のカップルにおけるセックスレス化の議論に重きが置かれていました。貴重な調査を実施していただいているので、ぜひ、調査のローデータを社研のデータアーカイブに寄託していただきたいと、強く思った次第でございます。

休憩を挟んで、今回のセッションの立役者の一人である、松浦先生によるセックス・テクノロジーの進歩が公衆衛生や人口問題に与える影響についての報告がありました。ここでいう「セックス・テクノロジー」とは、具体的にはインターネット・ポルノグラフィーとVRなどを利用した新しいサービスのことで、これに対して報告において対置されたのは、人間の性行動の特殊性から生まれたと考えられる売春(prostitution)です。分析のモデルは、売春サービスと(インターネット)ポルノの消費が、代替的な関係にあるのか、それとも補完的な関係にあるのかというものです。要するに、ポルノが普及すれば、売春は減るのか、それとも関連は特にないのか(あるいは、ポルノをみて売春に興味を持つ?こともありそう)、いうことでしょう。

分析に用いたのは、アメリカの州レベルのパネルデータ(2008年〜2016年)で、この辺りの分析の手続きには、手堅さを感じました。ポルノ、売春とも、google trends dataを用いた検索数が変数化されていましたが、前者はアクセス数の多いポルノサイトの名前で、後者はprostitution/prostitutesの検索数でした。従属変数として、人口学的な変数(出生率や離婚率など)、犯罪、及び公衆衛生(売春など)が設定されました。分析結果から、ポルノサイトの検索数と有意な関連を持つのはこれらの変数のうち、売春の検索数のみであり、具体的にはポルノサイトの検索数が1%増加すると、売春に関連する検索数が0.56〜0.90%減少することがわかりました。及び、州レベルで性教育が実施されているかどうかは、これらの従属変数に対してどれも影響していないことも、ファインディングスとして付け加えられました。

6番目の報告者である森木先生は、文化人類学的な観点から日本のセックスレスについて考察する、研究プロジェクトの構想についてお話しいただきました。すでに北村先生の報告でも言及されていましたが、メディア、特に海外メディアにとって日本のカップルのセックスレスは、非常にセンセーショナルに報道された時期があります(画像はBBCのドキュメンタリーから)。

森木先生の問題関心としては、カップル間の性交渉が生じにくいとされる日本の文化的な土壌を文化人類学的に考察するというもので、具体的には西欧社会におけるカップル文化に示されるような生殖家族における親密性と、親子のタテの関係が重視される日本のようなていい家族としての親密性が比較されました。

以前、人口学会で森木先生の報告を聞いた時に非常に面白かったのは、日米における就寝文化の違いです。子どもが自分から嫌というまで、日本では親は一緒に寝る傾向にありますが(川の字就寝、あるいは同室就寝)、アメリカでは、どの調査でも親と寝る割合は数%程度で、大多数の子どもは幼い頃から一人で寝ることがわかっています。

森木先生の主張としては、「スキンシップ」という言葉が和製英語(というか日本語?)であることに示されるように、親子間の身体的な接触を通じたコミュニケーション(一緒にお風呂に入るなど)は非常に盛んであるといいます。これに加えて、キリスト教圏では自慰行為が倫理的に悪とされてきたのに対して、日本では単独の(solitary)な行為としての自慰行為に対する敷居が低かったことも指摘されました。

7番目の報告は、サイラス先生による日本における性交渉未経験者数の推移に関するものでした。社人研や日本家族計画協会の調査では、独身者に過去の性交渉経験について尋ねています。一方で、夫婦に対しては、現在のパートナーとの性交渉を尋ねているため、両者は似ているようで、異なることを聞いています。言い換えると、これらの調査だけでは、日本の人口に占める性交渉を過去に経験した人の割合はわからないのです。

この点を踏まえて、サイラス先生のご報告では、国勢調査と出生動向基本調査を合わせて用いることにより、人口に占める性交渉未経験者数の推移を明らかにしました。具体的には、独身者に限定すると、性交未経験率は(おそらく最新年調査では)男性で42%、女性で44.2%になるのですが、補正した数値は男性で24.3%、女性で23.7%となります。

その上で、補正前後のデータを用いて、アメリカとイギリスの性交経験率との比較を行なっています。その結果、日本の性交経験率は低い傾向にあるが、それは特に若年層において顕著で、壮年・中年にさしかかってくるにつれ、経験率のギャップは減少していくということがわかりました。また、独身者の比較よりも、人口全体に占める性交経験率の方が、米英との差が小さいこともわかりました。

佐藤先生の討論(というかコメント?)の後に、質疑応答がありました。私が印象に残ったのは、外生的なショックが出生行動に与える影響、及び生殖機能の差を生物学的に捉えるのか、あるいは地域や社会といった単位で捉えるかという点。前者については、地震といった災害の後は、妊娠も増えるが中絶も増えるという指摘がありました。あるいは、9.11の後に近隣に居住していた人のストレスレベルが上昇したという指摘もあります。歴史人口学の先生からは、そうした外生的なショックが出生児の性比に影響する可能性はあるのかという質問がありましたが、おそらく背景には、発言にもあった江戸時代の飢饉が出生行動に何らかの影響がある場合、どのような経路を想定できるのかという趣旨の中での質問だったのかなと思いました。人口学でも、自然災害が出生力や人の移動に対して与える影響を検討する研究が増えていると思うので、そういったことも背景にあるのかなと思いました。

次に、森木先生のようなご研究は、やはり日本(東アジア)と西欧(特に北西ヨーロッパや北米)では文化的な土壌が異なるという話が想定としてはあると思ったのですが、はたしてこれらが生物学的な生殖機能にまで、関連しているのでしょうか。この点については、質疑でも議論があったように思いますが、必ずしも生殖機能に関する地域間や都市間比較の研究は、そうした背景を踏まえて実施されているわけではないようです。報告でもあったように、農薬の利用の違いなどが要因として指摘されるにとどまっていたのは、リサーチギャップというか、単なる文化でもなく、あるいは単なる土地利用でもなく、制度的な背景があった上で、何らかの化学物質に人々が曝露されやすいことが、出生力に対して影響している、といった説明もあっていいような気がしました。

最後に感想になりますが、やはり環境ホルモンが生殖機能に与える影響については、知らないことが多かったので単純に勉強になりました。加えて、ある現象が、例えば今回の関心である出生なり、あるいは子どもの発達に影響する際に、社会学や人口学でよく検討される変数、例えばSESの変化や人々の価値観といった側面だけではなく、化学物質への曝露といった経路(パス)も想定できるのだということがわかったのが、収穫でした。結局のところ、私の中では複数のメカニズムを想定する際に必要な理論については、社会学的な先行研究に頼るばかりである必要はないという立場なので、あるアウトカム(少子化)に関心を持つ研究者が、分野の垣根を超えて議論できる、今回の研究会のような機会が、今後益々増えていけば良いなと思いました。

最後になりますが、中身の濃い企画を用意してくださった、企画された先生方、報告者の先生方に御礼申し上げます。







1 comment:

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