October 22, 2021

ネイティブアメリカンとパンデミック

 に関する論文がアクセプトされました。論文一つ一つには出来上がるまでの人間臭いストーリーがありますが、今回の論文はかなり思い出深い論文になりそうです。

論文で示している推定値はすごくシンプルなんですが、それを出すために一つの論文では一番長いコードを書いた気がします。理想のデータがないときには、次善の策としてデータを理想に近づけますが(今回は標準化)、複数のミクロデータを要約するのと合わせ、その作業が結構難儀でした(言葉で説明してると簡単に聞こえますが、かなり難儀です)。

論文では、アメリカで最も不利益を被っていると言っていいネイティブアメリカンに注目して、人種別のコロナ死亡率を州ごとに推定し、他のデータと合わせて州レベルの相関から、何が死亡率を引き上げる要因かを推測しています(州レベルの相関か、と思った人はここで読むのをやめてくださって構いません)。分子と分母に異なるデータを使って年齢・カウンティの間接標準化を行うのですが、このマッチングが意外と面倒くさいです(例えば同じカウンティがあるデータではLaGrandeなのですが、別のデータではLa Grandeになっているのです)。

間接標準化をしたあとも、マイノリティの死亡率(この時点で標準化人口との比)を白人のそれをレファレンスにするかで結果も変わるので若干考える必要がありました。標準化死亡率の信頼区間を出したり、保留地が重要な要因であるとわかってからは別の統計を入手したり、思った以上に大掛かりな論文になりました。

とはいえ、このプロジェクトのミソは、学部生発案のアイデアを(ほぼ私が全て)分析して、シニアの先生がエレガントに論文にするという珍しいコラボレーションです。若干寄り道が過ぎた感があるけど、サブスタンティブも、メソッドも、共同研究の分業についても学ぶことは多く、思い出深い論文になります。

今年出そうな論文はこの論文で全てだと思う。2020年はほぼ何も出版できなかったけど、今年は溜まった分も出て、本1冊、英語論文5本(うち1つはデータベース)、日本語論文3本(うち1つは本の1章)と頑張れた。来年は博論にする3章のうち最低1つでトップジャーナル(3大誌+D)のR&Rをとることが目標。3章全てを3大誌+Dに投稿するとすると、持ち玉は12発で、すでに2発使ってしまったので、残り10発で1つ当てれば、今後数年が結構有利に過ごせると思う(発想がギャンブル)

October 18, 2021

秋休み

週末はボストンとプロビデンスに行き、社会学の友人と会ってきた。

最後に行ったのはコロナ前の秋休みの時期で、実に2年ぶりの再会。気づけば皆博士課程も後半戦に入り、すでにマーケットに出ている人も。彼らとの思い出は土地と繋がっている。ハーバードやブラウンのキャンパスを散歩しながらたわいもない話をする時間が、あと数年経つと愛おしいものになるのだろう。

彼らの成功を祈りつつ、今日のように会えるのはあと何回もないと考えると、少し寂しくもある。

土曜日

朝7時前に起床し、すぐPrintceton Junction駅に自転車で向かう。7時10分発の電車だったと思うが、プリンストンのトレーナーやTシャツを着ている学生が多かったのが印象的だった。1週間の休みに入ることもあり、地元に帰るのだろう。ニューアーク空港に到着すると、学生以外にも多くの人でごった返していた、もしかすると休暇シーズンなのかもしれない。10時発の便でボストンへ。最初の予定まで時間があったので、ボストン美術館に行くことにする。お昼ご飯を近くのつるとんたんで済ませたが、求めていたタイプのうどんではなかった。早く丸亀製麺がNYCにできて欲しい。美術館をささっと済ませて、電車でハーバードスクウェアに向かうはずが、逆の電車に乗ってしまい、挙げ句の果てに疲れていたからか終点まで爆睡してしまい、次の予定に30分ほど遅れることになった。

まず会ったのは、ハーバードの社会学にいる韓国人の友人。彼とは生年月日や研究関心も近く、同じ入学コーホートということもあり、心を通わせていると思っている友人の1人。2年間会っていなかったので、キャッチアップ。時間も経地、興味関心もお互い多少変わっていた。彼は家族の話に焦点をより移し、僕はゲノムの話をやり始めている。ウェビナーで顔を合わせることはあっても、なかなか互いの最近の関心まで話すことはないので、こういう会話をまた始めることができるようになって、日常を取り戻している気がする。

5時半の予定も30分遅れで参加。ハーバードとMITの政治学にいる友人とスペイン料理屋でディナー。タパスとワインを堪能。夜は後輩の家に泊めてもらう。

日曜日

9時過ぎに家を出て、South stationからプロビデンスへ。11時半に到着し、ブラウンにいる社会学の友人たちと韓国料理屋でランチ。こちらも2年ぶりの再会、積もる話を色々する。将来どの国住みたいか、そんな2年前は想像の域で話していたことが、今日はとても具体性を帯びていた。この2年間で、みなパブリケーションを増やしていて、お互い少しずつではあるが前に進んでいることを確認した。キャンパスを少し散歩。偶然日本の人とも知り合う。

3時50分の電車でボストンに戻り、空港にいく。電車にすれば良かったと後悔したが、うまくタイミングがあって、10時半には自宅に戻ることができた。

この休みは平日も旅行しようかと思ったが、溜まりに溜まった仕事があるので、平日は研究に集中しようと思う。日曜はNYCに遊びに行く予定。

October 11, 2021

秋学期7週目

 月曜日:社会学部のコロキウム。7時まで浪人論文の改訂。その間、メール返信(月曜は多い)、native americansのペーパー最終改訂。走って夕食を食べる。その後火曜日のreview sessionの用意。11時から怒涛のメール返信・送信。水曜の授業の質問を投げる。

経済学賞の受賞者に社会学の人でも馴染みがあることは、一面では彼らの業績が分野を超えて広がっていることの証でもある一方、社会学の定量的な分析がますますエコノメの手法に依存してしまっている側面もあるのかなと思う。よく指導教員の指導教員が言うのだけど、彼が80年代にマディソンで博士課程をしてた時、ゲーリー・キングは政治学ではなく社会学の統計の授業を取ってたらしい。当時は社会学の方が政治学よりも統計的な手法は進んでたと。30年で政治学の方が随分発展したと思う。

 火曜日:OPRセミナー。11時から授業。review session用のスライドを作り、腹が減ったのでピザを食べる。その後実験論文のファンディング申請書の執筆、5時からセッション。明日の報告資料を作る(今週は三つも報告があり大変)。終了後帰宅。8時半からreadi。今日の授業で箸遺伝子(successful-use-of-selected-hand-instruments gene, SUSHI)の説明をする時に、sushiって言うけど日本人は寿司を箸じゃなくて手で食べることもあるって冗談のつもりで言ったらドンスベりした、今年一番スベった。

 水曜日:ゲノム論文の報告。かなり建設的なコメントをもらった。時間をとってくれて感謝。1時半から4時半までティーチング、6時半から機械学習の授業。ポリシー系の人がいて、考え方が違うんだなと思った。合間に細々とした仕事をこなして、かなり忙しい。明日、スライドを作らないといけない。

 木曜日:11時からTAしている授業の試験。honor codeがあるので、部屋から出て作業。テストはよくできている気がする。週明けに採点。ささっと昼ごはんを食べて、ジョブトークのリハに参加。ゲノム授業の先生と電話して、早々に帰宅。疲れがひどかったので一眠りして、走る。学内助成の申請書を書き、medarxiv用の原稿を整理。申請書を提出。明日の報告のスライドを作る。そのあとひたすらメール書き。

 金曜日:浪人論文の報告

 土曜日:ボストンへ発つ

 日曜日:プロビデンスへ

October 6, 2021

Harden. Genetic Lottery 感想

パブリック向けにかなり積極的に発言しているHardenさん、この本では社会ゲノミクスを「反優生学」と位置づけ、優生学との関連で社会ゲノミクスの立ち位置を説明している。単に過去の過ちを顧みるだけでなく、今の社会ゲノミクスが過去の優生学と比べ何が同じで、何が違うかを解説しているのもよかった。

ゲノムに対するこれら立場の違いが、本の主題(ゲノムは社会的平等にどういう意味を持つか)にとっては重要になる。最後の章では、社会ゲノミクスが社会的平等を獲得するために不可欠であるとし、優生学への嫌悪感からゲノムを考慮しようとしない社会科学者をgenome blindとまで言っている。ゲノムを見ないことで、社会科学者は何を見落としているのか、この本は一般向けだけではなく、同業者にも重要なメッセージを発しているように思える。

著者も違うため単純に比較はできないが、過去数年に出された社会ゲノミクスの本に比べて、GWASがもたらす科学的な知見をエキサイトメントとして捉える傾向が若干抑えられてる一方、分かったことが社会科学やパブリックなテーマにとって、どういう意味を持つかという点が強調されてて、ちょっとメタな視点が入っているように思えた。

というわけで、こういう本が一般向けに出たことは分野の成熟を示しているようにも感じる。第一線の研究者がパブリックな言説も踏まえて一歩引いて議論しているので、様々な分野の人に読まれると思うし、社会階層論の今後の研究を考える上でも、とても重要な文献だと思う。

プラクティカルには、近接分野の人に対しても社会ゲノミクスの重要性を理解してもらえないと、間口がこれ以上広がらないステージに来てるのかもしれない。実際に教えてて、社会学専攻の学生に「社会学にとってどういう意味があるの?」と聞かれるので、そろそろしっかりとした答えを用意する段階かもしれない。

面白い本だと思ったのですが、突き詰めると彼女の主張としては遺伝も社会階層論でいう親の職業や幼少期の家庭環境といったfixed at birth, 自分では選べないもの(であるからそこで生じる格差は縮めるべき)という話なのかなと思いました。そうすると、概念としては出身階層としてまとめられる気もして、既存の分析枠組みにすっぽり入ってしまう感じもします(それはそれでいいのですが。

Hardenさんがロールズ正義論を持ち出して遺伝的不平等の是正という主張を出しているところは、政治哲学に詳しい人が読むと若干ナイーブな気はします。授業で教えてても感じることですが、遺伝率の高さやそれにもかかわらず環境は大事という話を(Jencksの批判)を紹介しても、学生の意見は結構多様です。社会学部の授業なのでリベラルな人が多いですが、哲学的に功利主義的なバックグラウンドを持っている人は、遺伝的ポテンシャルをどう行使するかに人の責任を見出してて、書評で触れられているノージック的な立ち位置に近い気がします。ゲノムについて一生懸命教えても、結局それ以前に形成されている政治的な態度によってその解釈も変わってしまうところがある気がして、既に存在している政治的な意見の対立の中に遺伝が入ってしまう気がします、そうなると結局またイデオロギー論争が繰り広げられ、社会科学でもまた受け入れられないのでは、そんな気がしています。

October 5, 2021

秋学期6週目

 あっという間に6週目、来週で前半が終わりで秋休みに入る。学期の半分と考えればそんなもんんかと思うが、1年は2学期しかないので、もう4分の1が終わっている。学生からしてみると、1年コロナで休みになったのは本当に気の毒だったろうと思う。

日曜は休みながら少し作業、ダヴィンチコードを見た。月曜日は遅く起きて、まずは博論の1章で人口学系の雑誌に投稿するものを改稿し終え、指導教員に送った。そのあと、難関大学のジェンダーさに関する論文を進める。3時からオフィスアワーが入っていたので、2時半過ぎに出る。オフィスアワーが終わってからしばらく論文を書き、小腹が空いたので外に出てピザを一切れ。そのあと論文を書き続け、帰宅。「天使と悪魔」をみる。

火曜日、先生が病欠で代打の先生がzoomで続けていた授業が、ようやくin personになった。というわけで、11時にキャンパスに行くために久しぶりに午前中に外出。やはりin personの授業の方が学生としては満足度高そう。今日はあまりproductiveにはできず、RAの仕事や明日の授業資料の作成で終わった。

水曜日、今日も化学賞でプリンストンの先生がノーベル賞を受賞、沸き立つプリンストン。授業を二つこなした。いつも通り、一つ目のセクションは静か、二つ目のセクションはちょっと盛り上がりすぎて学生間で論争になってしまった。

木曜日、村上春樹氏もプリンストン関係者だが、残念ながらノーベル賞受賞はならず。11時に授業、12時からミシガン大学の奥山さんのトークに参加。質疑の捌き方が非常に上手だった。2時半から大学へ。論文を書き直す。3時半からプリセプト。3回目になると教え慣れるので、だいぶ自信を持って教えられるようになる。5時半からディナー。社会階層論のセミナーをやっていて、そのゲスト。ウィスコンシンの先生なのだが、彼がサバティカルだった年に私の一年目がぶつかったので、実は会うのは(多分)初めて。中華料理屋で白酒をたくさん飲み、明日が怖い。ポーカーの話、酒の話、パーソナリティの話、中国の話。帰宅して酔いを覚ましながらメールを書く。

金曜日:昨日のディナーでだいぶ寝過ごしたが、10時過ぎにキャンパスに行き、ワークショップ前にメンバーと朝食。その後ワークショップ、GSACのミーティング。解散後真鍋先生のお祝い会。帰宅して麻婆豆腐を作る。眠かったのでそのまま就寝。

土曜日:午前中に郵便局に行く。自分が自分宛に船便で送った荷物に署名が必要らしい、そんな手続きにはしていなかった気がする。いずれにせよ家に不在だったため、荷物を取り損ねたのが水曜日。木曜に電話して翌日に再配送すると言われたが、金曜には何も起こらず。USPSに呆れ流のはこれに始まったことではないが、直接行くことにした。直談判の効果でその日のうちに再配送。その後ついでにファーマーズマーケットに。家に帰ってマーケットで買ったカブでナムルを作った。その後イカゲームをずっと見る。

日曜日:午前中は機械学習の論文を読む。昼ごはんを食べて午後からネイティブアメリカンの論文の校正。その後走って、夜ご飯を食べながら日本沈没を見て、少々ダラダラしながら機械学習の課題のポストや書評。マーケットで買ったオクラを使っておひたしと胡麻和えを作る。

今学期は研究:ティーチング:その他雑務=3:3:4くらい。コースワークが終わればその時間がそのまま研究になるかと思ったら、院生組織の代表、書評、論文査読、学内グループのオーガナイズ、などの雑務が増えて意外と思い通りに使えない。ティーチングから解放される来学期からは、もっと研究したい。

September 29, 2021

秋学期5週目

 火曜日、書店でgenetic lotteryを購入した。早速、3章まで読んでみたけど、双子からGWASまでの流れをユーモアを交えながら、わかりやすく解説している。

水曜日はこれまで同様(前後に同じ建物でティーチングがあるので)東アジア図書館でオフィスアワーを過ごしていた。ここに滞在する利点は、オフィスアワーという誰か来るかもしれないという潜在的な緊張感で普段の仕事に手がつきにくい厄介な時間を、日本語書籍をざっと見る時間に活用できる点にある。そんなこんなで、いつものように日本語の本を見ていたところ、以前少し話した司書の人と話し込み、なぜかわからないけど濱口竜介監督がプリンストンに来た話を聞かされたあと、その人の旦那さんが私が昔アルバイトをしていた先生の友人であることがわかった。こんな偶然があるのかと驚いたが、すぐオフィスアワーの時間に来た学生と話すことになり、今度ゆっくりご飯を食べながら話すことになった。

木曜日は魔女の宅急便がプリンストンの映画館で上映されていたので、見に行った。アメリカは観客の反応が大きいので、家で見たことがある作品でも楽しめる。 キキが魔法を使えなくなり、山小屋のお姉さんに私も絵を描けなくなるよと慰められるシーンで、論文書けてない自分は号泣。

今週は(これを書いているのは翌週だが)、対面のイベントが多すぎたので土日はゆっくり一人で過ごすことにした。


September 27, 2021

留学相談のもどかしさ

 私みたいな人間にも進路相談に来てくれる奇特な人がいて、アメリカの社会学博士云々について質問してくれるのは嬉しい。

一応、来てくれた人の当時の所属などは記録してて(結果的に出願したかどうか気になるので)、先日一つ相談を終えた後に見返したら、今まで相談に来てくれた人は全員男性だった。私自身、東大にいたから後輩も男性が多いのはしょうがないところもあり、さもありなんではあるのだが、周りの日本から留学してる人を見ても、男性が多い。アメリカの博士課程にいるのは男性よりも女性の方が多いので、この傾向は非常に珍しい。お隣の中韓台湾の留学生を見ていると、男女は等しいくらいだと思う。

上の話はそれ自体重要な問題ではあるけれど、今回書くのは違う内容。

進路相談で聞かれたことにそのまま答えればいいのかもしれないが、質問に対する答えは、だいたいケースバイケース、みたいになってしまう。正直、日本から留学する人はケース数が少なすぎて全体的な傾向など語れる気がしない(でも、聞く側としてはyes/noで答えて欲しいんだろうなと思うと、もどかしくもなる)。

典型的な例は、学部からストレートで行けるのか、修士を日本でした方がいいと思うか、という話。

経済学などに比べ日本の社会学修士はコースワークがしっかりしているとは言えず、別にアメリカのコースワークを真似ているわけでもない。従って、そこで良い成績を取ったからアメリカの博士に合格するチャンスが増えるわけではないと思う。一方で、自分自身は日本で修士をやれてよかったと思っている。例えば、私自身日本を対象にした研究をしているので、日本にいる時期に学会や研究会などを通じてネットワークを作れたことなどが挙げられる(もちろん、学部から修士にかけてこういったネットワークを築けたのは自分が東大にいて、指導教員が大きな科研を動かしてたという事情もあるので、これもあくまで一事例に過ぎない)。

学部から直接は理論的には可能だけど、数が少ない。でもこれはそもそも学部から出願する人が少ないからかもしれなくて、受かりにくいのかはよく分からない。

以上まとめると、ケースバイケース。こうした典型的な質問というのは、だいたいいつも聞かれて、上記のような長ったらしい説明をするので、だんだん自分の方も飽きてくるところがある。突き詰めると、「〜〜したら合格に有利/不利」という大学受験と同じようなロジックの質問がくると少し困る。もちろんそういった戦略的な部分は大切だと思うけれど、博士課程も後半になってくると、一番重要なのは、何を研究したいのか、そしてその研究を誰のもとで、どのような環境でしたいのか、これに尽きると思うようになってくる。

そこをまずfixさせた後に出願校を絞ったり、具体的な戦略を考えるという順番がストレートな気がするけれど、関心が定まっていない人は逆から始めたがる傾向があるような気がしている。関心が定まっていない場合には相談に来てほしくないと言っているわけではない。そのステージであれば、もう少し違った質問もできるだろうとは思う。例えば、ウィスコンシンやプリンストンの研究環境はどうなのか、東大と比べてどこがいいか、悪いか、そういう話ならできるし、おそらくそれは進路を考える際には無駄な情報にはならないと思う。残念ながら、そういう質問が来ることはほとんどない。

スコア的にプリンストンやハーバードに入れるチャンスがあっても、そういう人はごまんといるので差異化にはならない(し、私みたいにスコアが全然足りなくても変な理由で来てしまう人もいる、多分)。他の人が真似できないアプリケーションとは、結局自分が大学院で何がしたいか、それがどうして重要で面白いのか、自分がその問題を解けるポテンシャルを持っているかを論理的・説得的に示すことだと思うので、関心が定まっていない人には、本当に表面的な、ケースバイケース的なアドバイスをするほかない。

英語の勉強をしておくに越したことはないけど、あまり焦らず、ひとまず何を研究したいのか、それに時間を費やすことを優先した方が良いのではないかと思う。もちろん、出願前の人にとっては戦略的な部分に目がいってしまうのもわかるので、自分の考えは選抜を終えた人間ができる偉そうなコメントの類かもしれない。

進路相談で表面的なことを言ってお茶を濁すだけでもいいのだが、上記のような本音じみた話をしてしまうと、結果的にdiscourageしてしまうこともあるようで、そこは反省している。そして、反省しているうちに、自分もadmission経験も古くなり意味がなくなるか、あるいはアメリカの研究大学に就職できていれば、そちら視点の感想を垂れ流すようになるかもしれない。