December 16, 2013

パリ一日目

 ロンドンからパリへの交通手段は当初TGVを考えていたが、やはり値が張るというのと、好奇心もあってバスを選んでみた。ガイドブックを見ても、特にバスについての説明を見つけることはできなかったので、普通の高速バスに、車内でのパスポートのチェックがあるくらいに思っていた。実際には、何点か予想していなかったことがあった。まず、バスが出発する駅でチェックインをする必要があった(これはオンラインチケットだったので、パスポートのチェックが必要だったから)。次に、ドーバーにつくと、一度バスから降ろされて空港と同じように出国審査を受けた。バスに乗り込んで出発かと思ったら再度降ろされた。ドーバー海峡はフェリーに乗って移動するというのだ。バスは車庫に、乗客は上のデッキに移動させられ、深夜1時に二持間の船旅となった。バスは7時半にパリに到着したが、前述のような事情があって、あまりよく寝れなかった。席も広いとは言えず隣の人と触れるには狭かったので、心地よかったとは言えない。それでも、フェリーで休むのは悪くなかったし(眠かったがビールを飲めた)、飛行機に飽きたらたまには利用してもいいかもしれない。

 到着したのはGallieniという駅で、そこから目的地までは地下鉄に乗る必要があった。ただ、朝早いこともあってヘルプデスクが空いておらず、特に地下鉄の乗り方を調べていた訳でもなかったので、どのチケットを買えばいいのかよく分からずにいた。券売機の前に立っていると、同じバスに乗っていた中年の男性もチケットを買おうとしていて、話しかけてみた。なんでも、ポルトガル人でマンチェスターで医者をしているらしい。彼の英語はなかなか聞き取りにくかったし、彼自身そんなに地下鉄事情に詳しくなかったのだが、二人で現地の人にどのチケットを買えばいいのか尋ねて、なんかと乗車できた。彼は別れ際に働いている病院と電話番号を教えてくれた。カッコいいおっちゃんだった。

 パリに到着した日は、2011年の京論壇で一緒だった北京大生と会う約束をしていた。彼は現在SciencePoでエネルギー外交を勉強しているらしい。約束は13時だったので、それまで待ち合わせ場所周辺をぶらついていた。サン・ジェルマン通りにはおしゃれな雑貨屋やブティックが立ち並んでいて、見ているだけで楽しくなった。パリの店の外観は綺麗なものが多いのだが、照明の使い方が上手いのかもしれない。朝食を済ませて、少し通りを外れたところに行っていると、La Bon Marcheという百貨店を見つけた。なんでも世界最古の百貨店らしく、wifiも利用できるかと思ってよってみた。家具や文房具コーナーをぶらぶらしてみたが、どれも高いのでろくなものは買えそうになかった。

 友人と落ち合うと、彼はレストランに案内してくれた。25€とこれ以上の食事代は今回の旅では払えないぐらいの値段だったが、味は良かった(彼は何故かエスカルゴを頼んだが、上手く取り出せないようでいた。。。)その後、ルーブルやパンテオン、ノートルダム大聖堂などを案内してもらって、別れた。彼は本当にホスピタリティ溢れる人で、明日の午後にテストが残っているにもかかわらず、明日の朝の観光にもつき合ってくれる予定。本当に感謝するばかりである。

December 8, 2013

Interpretivism and Generalisation in Qualitative Research

Williams, M. (2000) ‘Interpretivism and Generalisation’ Sociology, 34: 209-224.

 Interpretivismを「アクターの主観的参照枠組みに従って、彼らの意味と行動についての解釈をする社会学の戦略」と定義した筆者はこの戦略と一般化の関係について検討する。筆者はまず、一般化を志向しないフィールドワーカーの例としてギアツを挙げる。ギアツは厚い記述を通じて、当該社会の儀礼の象徴的意味を明らかにしようとしているが、具体的な事例からより広い社会的文脈における特徴を導きだしている点では、実際のところギアツも一般化を志向していると主張する。

 次に筆者は厳格な解釈主義者であるGuba and LincolnやTaylorが主張する一般化は統計的なそれに近いとする。この点から彼らは解釈と一般化が相容れないものと考えている。しかし、彼らのいう一般化は、他にも通じる同じ特徴をあぶり出すというギアツのそれとはその意味が異なるのだ。これが筆者の主張するmoderatum genelizationである。

 最後に、筆者はinterpretative researchにおける一般化の限界と可能性について言及する。あらゆる調査には明らかにする問いの対象範囲を決めるサンプリングが必要である。そして、サンプリングが一般化に深く関わることは言うまでもない。問題は、サンプリングは一般化のロジックの違いによって異なるにもかかわらず、解釈を通じた一般化を主張する研究がそれに気づいていないことだという。筆者はAnalytic Inductionと統計的一般化のロジックの違いをサンプリング方法の違いとともに説明する。前者の例として出てくるZnaniechi (1934)のAnalytic Inductionは別のところで述べたFinch and Mason (1993)のそれとはやや異なる。Finch and Mason (1993)では最初に量的調査をすることで仮説的な質問に一定の経験的妥当性を与えてから、量的調査のサンプルにインタビューをするという方式をとっているが、Analytic Inductionはもう少し素朴なものらしい。筆者によれば、Znaniechi (1934)ではある仮説を限られたサンプルで確かめ、仮説と一致しない回答をサンプルから見つけるまでこの作業を続けるという。つまり帰納的に仮説を立証しようとする方法だが、これはある現象が生じる必要条件について明らかにしても、現象が起こらない場合については何も言えない。つまり十分条件を見つけることができないという。これが統計的調査と大きく異なる点だ。

 さらに一般化を考える際に、サンプリングにはカテゴリについての問題がつきまとうという。これに関して、筆者は(a)カテゴリの存在論的位置と (b)互いに同義ではないカテゴリの二つから論じている。(a)は要するにカテゴリの種類によって一般化の可能性が制約されるというもので、例えば何かしら物理的なものへの解釈を通じた一般化は、それが共有されていれば一般化へのハードルは低くなるが、文化的(シンボリックなものなどだろうか)な特徴を通じた一般化はこれに比べて調査対象以外に範囲を広げることが難しいというものだ。(b)はアクターの解釈は一つに限られない以上、ある主張の妥当性を比較考量することが蒸す香椎というものだ。

 このような事情を反映して、interpretistは経験的な一般化よりも理論的な一般化を志向するという。これに関して、筆者はHammersley(1992)が挙げる三つの理論的推論を紹介する。Hammersleyはこれらいずれもinterpretismには不適切だと考えているようだが、筆者はその中で一つの事例が(ウェーバー的な意味の)理念型的なモデルの例証となるような場合、そこから導きだされた理論は普遍的な主張になることを指摘する。
このように、interpretismにおいては結果の解釈が重要視されるために、対象事例以外に主張を拡大することへの限界もあるが、ある集団や社会の特徴を理論的にモデル化する際には有効な手法だということが述べられている。これがModeratum generalizationである。

Payne, G and M. Williams. 2005. “Generalization in Qualitative Research.” Sociology 39(2):295–314.

 本論文では、先の論文の主張に依拠して、より質的調査の実践という視点、特にいかにしてmoderatum generalizationを意識的に生み出すかに重きを置いて議論している。

 筆者によれば、社会学における一般化の方法は概して統計的一般化とmoderatum generalizationの二つがあるという(これはやや強引なように思われるが)。そして、後者においては最近になるまで調査の質qualityを高める、つまり調査における主張の妥当性(=内的妥当性)を高めることで、読み手に信頼されること(外的信頼性)が重視されてきたという。しかし、筆者によれば、ここで目指されているものは追随する調査でも同じような結果が出ることであり、それは一般化の第一歩であっても、Williams(2000)が主張したような理論的一般化にはほど遠いという。

 次に、筆者はSociology第37巻(volume 37)に掲載された38本の論文を検討することを通じて、近年の質的調査の潮流を把握しようとする。うち14本は経験的なデータを欠いたもので、それらを除外した24本のうち7本は量的調査のデータだったため、質的調査をしている17本の論文を検討材料にしている。それらの特徴を箇条書きにすると以下のようになる。

・厳密な意味での解釈的な手法を採用している論文はない。
・ほぼすべてが複数の質的手法を使用しており、データの数は34、手法は11に上る。
・調査対象の範囲を超えた一般化が可能な理由について議論している論文は皆無だが、全てが何らかの一般化をしており、多くがmoderateなものになっている。



 その後、これら調査の中でエビデンスがどのように用いられているか、主張の構造はどうなっているのか、どのようにして調査の知見をmoderateにしているかが述べられる(省略)。

December 7, 2013

ノルウェーの養子とアメリカのゲイを事例に見るKinshipの変化と実践

Howell. S. (2004). ‘The Backpackers that Come to Stay: New Challenges to Norwegian Transnational Adoptive Families', in F. Bowie (ed.). Cross-Cultural Approaches to Adoption, London: Routledge.

 この論文でHowellはノルウェーにおける養子を迎える親を事例に、人類学における生物学的なKinshipとSchneiderによってそこから抜き出されたRelatednessの概念について検討している。

 Howellによれば、ノルウェーでは必要な際の中絶が合法化されており、シングルマザーに対する経済的な援助も多い。その代わりに、子どもを持たない親子はスティグマの対象になるという。中絶の合法化はノルウェー人の子を養子に迎えることを困難にさせ、その結果として、多くの子を持たない親が海外に養子を求めるようになったという。

 この論文では、以下の二点が主張されている。第一に、生物学的なKinshipは養子を家族として迎え入れる(KinningとHowellは名付ける)場合においても参照されるモデルになっている。第二に、養子を迎えた親は彼らとの関係を見せかけのものとは考えていない。

 これまで、養子はタブラ・ラサ、つまり養父母に迎えられるときには過去の経験を持たない真っ新な存在として考えられてきたという。しかし近年になって養子が背負うbackpackが認識されているという。このような認識の変化に伴い、養子を迎えるノルウェー人の親は子どもの過去の経験に関心を持つようになっている。

 この認識の変化と密接に結びついているのがnature-nurture、つまり子どもの成長には自然(遺伝)的要因が強いのか、それとも環境要因が強いのかという議論だ。Howellによれば、これまでは生物学的要因と環境的要因は3:7ぐらいに考えられてきた。環境要因の強さは養父母が利用するノルウェー政府運営のエージェントや影響力のある心理学者を通じて、彼らにも知られるようになる。その結果、子どもがノルウェーに着いてからでも十分にアイデンティティを形成できると考えられてきた(それでも養子がノルウェーに来る前の環境要因な注目されなかったという)。しかし、近年の研究成果によって、その比率は逆であることが指摘されたという。その結果、現代の西洋社会では人格やアイデンティティ言説の生物学化が生じている。一部の養父母が適応できなかった養子の例が報告されたのも手伝って、次第に生物学的な要因にも関心が向けられるようになる。

 養父母が養子との関係性Relatednessを構築するKinningとは以下のような過程を指す。Howellは養父母がその他の多くの親子に比べて「普通の家族生活」の再現に熱心だということを指摘する。生物学的な親子の間で当たり前とされているようなことでさえも、養子を迎える親にとっては子どもとのRelatednessを構築する重要な機会になる。Howellはこの過程をKinningと名付けている。Kinningの具体例としては、親にとって養子の「誕生」の場面である空港での出迎えで、彼らは子どもと自分たちの似ている点を探そうとすることなどが指摘されている。

 Kinningの過程で、養子が環境に適応などの問題を抱えることは少なくない。これに対して、生物学化されたアイデンティティ言説と子どもがノルウェーに着く前の環境要因(backback)言説は振り子のように前景化したり、背景に下がったりするこという。例えば、環境要因が重要視された従来では、養子が環境に適応できないのは親に責任にあるとされ、彼らは罪深さを感じていた。しかし、これに対しては「思春期に養子は他の子どもよりアイデンティティ形成上の困難を抱えやすくなる」という生物学化されたアイデンティティ言説の一つが前景化する。これは親の不安を緩和するレトリックになっているが、backpackの存在が認知された近年にあって、親自身はいまだに子どもたちの困難を完全に遺伝的要因には帰さず、ノルウェーに到着する前の環境要因に関心を向けるようになるという。

 このように、子どものbackpackへの関心は、「問題を抱える」養子を持つかどうかに関わらず、養父母を子どものoriginを確かめるためのトリップへと向かわせている。しかし、困難を抱える子どもの養父母とそうでない子どもの養父母とでは、トリップに参加する理由が異なるという。後者の親の場合、トリップはジグソーパズルのピースを埋めるように、親にとっては空白な子どもの経験を彼らの生まれた国や文化、周りの人々を通じて埋め合わせるものだが、前者の親の場合、それは子どもが困難を抱えることになった理由を説明するためのものだという。



Weston, K. (1995). ‘Forever is a Long Time: Romancing the Real in Gay Kinship Ideologies'. In S. J. Yanagisako and C. Delaney (eds.). Naturalizing Power: Essays

 この論文においてWestonはGay Kinshipの実践を事例に、西洋的なKinshipを支持するイデオロギーはどのように生じ、人々は日常のインタラクションの中でこのイデオロギーをどのように実践したのかという点から、Kinshipという概念を再構築しようとする。

 Westonによれば、従来Kinshipとは継続する紐帯ties that enduredと考えられてきたという。そこには、広がりと存続diffuse and enduringが構成要素となっていた。前者は、様々な目的のための情況に対し、親類relativesは交わり合うことが期待されているというものであり、後者は紐帯がそう簡単には壊れず持続するというものだ。前者を簡単に言うと、親類はたとえ報酬がもらえなくとも、Kinshipがあるからという理由で様々な手助けをするということになる。
 
 ここでは、親類とは「あなたのためにいる人」とされるが、非家族的な紐帯を持つ人とそのような関係であっても不思議はない。友人や恋人が、利他的な手助けをしたり、彼らとの関係が壊れないと考えるのはごく自然だろう。

 Westonによれば、これまでの社会科学がKinshipとその他の紐帯を区別する際に用いてきたのは、後者が自発的に成り立つという基準だったという。しかし、この区別は後者の紐帯を自発的なものと定義したために壊れやすいもの、従ってあくまで人工的な見せかけのKinshipだという理解を生んでしまったという(1)。

 これに対して、Schneiderは以下のような批判をした。すなわち、これまでの理解はKinshipを生物学的な血縁に還元するものだった。このような理解が成立したのは、西洋においてKinshipを生物学的なつながりに帰することを可能にした文化的構造があったからであり、それは社会ごとに異なる。Schneiderは、西洋的なKinshipは社会的つながりを生物学的なつながりによって分類しようとしたものにすぎないと論じた。

 しかし、この議論は人類学のこれまでの前提を揺るがしかねない提起をしていた。Schneiderの定義に従えば、どれもKinshipになりうるのであり、それは人類学がこれまで対象としてきた領域をも崩壊させることになるのだ。

 Westonはこの主張に対して一定の評価をしつつも、Schneiderの議論の中にはなぜ西洋社会(ここでは米国)でこのようなイデオロギーが支持されたのかという歴史的な視点が欠けているとする。WenstonはKinshipを支持するイデオロギーはどのように生じ、人々は日常のインタラクションの中でこのイデオロギーをどのように実践したのかという点から、Kinshipを再構築しようとする。

 フィールドワークを試みたサンフランシスコのベイエリアのゲイの事例から、Westonはまず1980年代に登場したgay kinship ideologyについて述べる。そこでは、Kinshipの生物学的血縁への還元が批判されるかわりに、継続したつながりとしてのfrinendshipがkinshipの構成要素となったという。それは以下の事情による。

 ゲイたちは、kin(血縁)のある親類に自分がゲイであることをカミングアウトする過程を経る。これは親類から家族であることを否定される可能性を含む、精神的に負荷のかかるものだ。そのカミングアウトの場面で、彼らは「お前はまだ私の息子だ」「あなたはまだ私の母だ」というような言葉を使う。重要なのは、このフレーズ自体が生物学的なKinshipの限界を示唆しているという点だ。カミングアウトの過程は、血縁さえも変わりうるものであることをゲイに認識させた。このように生物学的なKinshipが強固なものだと考えられなくなると、Kinshipという言葉で表されたゲイ同士の恋人関係も同じく不安定なものになる。そこで、その代わりにfriendshipがenduringを意味する言葉としてkinshipの「中」に入ってきたという。

 ここにきて、gay familyという言葉にはゲイや異性愛者の友人、恋人や元恋人、さらには子どもまで含められるようになったという。これは、gay kinshipはモデルとなるものが無いため、結果的に従来のkinshipの概念に頼ってしまうことから生じた。つまり、彼らにとってもkinとnon-kinを分けるのはDiffuseとEnduringなのだ。

 しかし、これはゲイたちが従来のKinshipを概念をそのまま借りたことを意味する訳ではない。確かに、enduring solidaritiesを志向する点で、gay kinshipは従来の生物学的なkinshipと同じだ。だが、両者の間には大きな違いがある。Schneiderが指摘したような西洋的なKinship概念では、まず先に生物学的紐帯があり、そうである以上Kinshipは持続するものと考えられた。しかし、ゲイたちの論理は逆になっている。つまり、相互に助け合い、継続したつながりがKinshipなのだ。そして、friendshipとして継続した関係を築くことがKinshipを構成するのだ。

(1) これに関して、Westonは米国においてAuthenticityという概念がKinshipに関わらずジェンダーやエスニシティの社会的な議論の際には重要になってきたという。米国に限らず、日本においてもまず真なるものを措定して、現象に対してその基準に見合っているかという点から価値判断をすることは少なくないように思える。

December 1, 2013

再生産論に思う

Slater, David H., 2011, The “New Working class” of urban Japan, in Ishida Hiroshi and David Slater ed, Social Class in Contemporary Japan, London: Routeledge, 139-169.

舞台は武蔵野、そして中学校。テーマはなぜ労働者階級の子どもは底辺高校に進学するのか。

初めてこの論文を読んだのは2012年の8月。駒場の社会学理論演習でウィリスの文化再生産論について発表した時だった。

前年のTAセミナーでウィリスのハマータウンを読んでから、その説明は美しいと思ったし、共感もした。自分自身、少なからずあのようなコミュニティを見ながら思春期を過ごしたことも大きかったと思う。しかし、同時にハマータウンと僕が上京するまで過ごした田舎には大きな違いがあることにも気づいていた。ウィリスがレファレンスにした労働者階級の文化というものを、僕は田舎に見出すことができなかったのだ。

ハマータウンの考えに賛同しつつも、21世紀の日本において、ウィリスが足を踏み入れたようなコミュニティがあるのか、このズレを解消してくれるような文献を探していたときに、Slaterの論文に出会った。論文を掲載した本が駒場の新刊図書のコーナーにおいてあったのはラッキーだった。当時の僕だったら、わざわざ英語文献を検索するなんてことはしなかっただろうからだ。英語に対して抵抗感はあったが、論文のタイトルに惹かれてすぐコピーしたのを覚えている。その流れで、発表にも使った。

一年後、再び論文を読むことになった。今回は自発的に。階層論の論文を読むにつれ、ゴールドソープの合理的選択理論とブルデューの文化資本の対立を知り、なぜ階級間再生産が続くのか、この文脈でまたSlaterを読みたくなった。

彼がフィールドワーク先に選んだのは、武蔵野市内の公立中学校。生徒が特定の出身階層に偏っている訳ではない、東京と言っても西部であることを考えれば、他の地方都市にもあるような中学校だ。生徒は受験を通じて進学校から底辺校にまで進んでいく。Slaterが立てた問いはシンプルで、なぜ労働者階級の子どもは底辺校に進学し、中産階級の子どもは進学校に行くのか、である。

もっとも、日本に階級があるという前提で議論を進めることに対して疑問を持つ人がいることも確かだろう。これに関しては、Slaterは厳密な定義をしていないが、前者をリストラに合う可能性もあるサービス業やマニュアル職、後者を終身雇用のホワイトカラーと想定しているように思われる。同時に、彼らの職業とは別の文脈で、彼は中産階級的な文化、といった言葉を使用する。Slaterの中ではミドルクラスという言葉で親の階層と文化が一致して捉えられると考えられているのかもしれないが、そもそもそういう想定は妥当なのかという議論もあるだろう。しかし、大きな主張としては用語の使用は問題にならない。ここではひとまず便宜的な区分だと考えておこう。

冒頭で労働者階級の母親が子どもには無事高校を卒業して仕事についてくれればよいと言及している。こうした階級間の子どもに対する学歴期待の差を抽象的な次元に落とし込んで再生産を説明しようとしたのがGoldthorpeだが、ブルデュー的な考えをするSlaterの論文では、もう一つ重要な要素、すなわち文化が絡んでくる。

Slaterは階級間の高校進学先の差を説明するのに、学校での集団生活における文化の変化に対応できるかが階級間で異なるという論法をとっている。大雑把に思われるかもしれないが、彼は二つの学校文化を提示している。

第一が道徳的な共同体moral communityという文化だ。これはある集合的な目標に対して生徒が貢献することを求める秩序を指している。さらに、この秩序のもとでの人間関係はウェット、つまり情に満ちたものだという。この秩序では、個人の利害を追求するのではなく、集団の目標に向けて時として遠慮をすることさえも奨励されるのだ。例えば学校の運動会や合唱コンクールといったイベントに対しては、クラス単位で参加することが普通だろう。クラス単位での目標達成に個人が貢献するという秩序は日本の多くの学校に見出されると思われる。(ちなみに、この秩序は日本の多くの中産階級的なコミュニティで見られるものらしく、Slaterによれば選別の過程だけでなく社会に出てからもこの秩序に対応できるかどうかが重要だという。対応できないものが村八分にされるという指摘までなら分かるが、果たして中産階級的なのかは意見が分かれるだろう)

こうした秩序を通じた社会化のプロセスは次第に第二の文化に移り変わっていく。小学校と中学校の前半までは先の秩序なのだが、受験期に入ると偏差値の基づいて個人が選別される能力主義的な文化が表れてくる。これは別に小学校のときに成績が考慮に入れられなかったといっている訳ではない。学校内のコミュニケーションの論理が集団主義的なものから個人主義的なものに転換するのだ。それまで、集合的な目標に対して滅私奉公するのが理想だったとすれば、受験期には良い成績を取ることが学校内で評価される基準になるのだ。

この秩序の変化に対して、中産階級出身の子どもは、難関校の入試を突破するためには学校の教育が不十分で、塾に通うことが必要を感じ受験体制に入る。逆に労働者階級出身の子どもはこの秩序の変化に対応できない。例えば、先生がテストの成績を重視するようになっても、労働者階級出身の子どもは理屈が理解できないという。結果として、中産階級出身で進学校に進んだ子どもが中学時代を振り返るときは、塾と学校のバランスをとっていたという証言がくるが、労働者階級出身で底辺校に進学した子どもは先生との関係をネガティブに捉えていることが述べられている。明言はされていないが、階級間でなぜ対応できるかに違いがあるかは、親の考えが大きいように思われる。

高校進学時点でかなりの機会格差に条件づけられてしまうため、ここから「逆転」することは困難なように思われる。公立教育が中心の地域の場合、公立中学からどの高校に進学するかが決定的に重要になってくるのは言うまでもない。進学プロセスの分岐点ともいうべきタイミングで、階級間でなぜ異なる行動が見られるのかを説明した点でこの論文は評価できるだろう。

しかし、文化の変化で分岐を説明するのは危険に思われる。例えば、階級間で中学入学時点で学力差が既についていたと考えるのは可能だろう。また、秩序を編成する論理となっている文化を媒介項にしつつも、その対応が階級間で異なるというのは、階級決定論に誤解される危険性もある。例えば、労働者階級の出身なのに進学校に進んだ子どもの例などを用いて、より詳細な分析をすることが求められるだろう。

とはいえ、この論文はこれまで階層間による異なる社会化のプロセスの研究に乏しかった日本の教育社会学の中では評価されるべきだろう。これとは別だが、自分自身これに近い環境で育ってきたので、この説明は的を得ていると強く感じる。

例えば、小中学校の学級委員のような役職に就く子どもは、やはり集団の利益を考えて滅私奉公をしているように見えた。もちろんミーハーな気持ちもあったかもしれないが、責任感は小さくなかっただろう。それを常に傍目で見ていた自分はあまり居心地が良くなかった(なぜなら、そういう子どもの方が人気があるから)。そういう子は成績もとるのだが受験結果としては進学校とはいえないところに進むことが多かった。これは、個人主義的な文化への転換に対応できなかったようにも見えるのだ。もっとも、親の出身階層など分かるのは一部の子どもに限られていたので、何ともいえない。塾の経営者の子どもが不良になったケースもあるので、階級間という議論には慎重にならざるを得ない。しかし、学校文化の変化に対応できるかできないかは重要だと思われる。

自分はSlaterの区分であれば労働者階級の出身になると思うが、受験の流れには乗っていけた。中学校に入って最初のテストで芳しくない成績をとってしまい、親に自転車で15分くらい行ったところにある月3000円の塾を薦められた。お金に余裕は無かったので、親としては3千円で子どもを塾に行かせることができる安心感を得たかったのかもしれない。確かに、塾に入って以降、成績は上がったが、本人(つまり僕)としてはそれは塾に行ったからではなく、最初のテストはたまたま悪かっただけという認識でいた。それを何度いっても母は「塾に行ったからだ」と言い張ったので、子どもながらに塾というのは親を安心させるためにあるものなのだと感じていた。
なので、特別月謝の高い塾に行くことは親の安心感をこれ以上向上させることにはならないし、僕も高い塾に行くせいでお小遣いを減らされるのも嫌だったので、その塾に通い続けることにした。塾の先生とも相性は良かったので、新しいコミュニティができた感じだった。できたばかりの小さな塾で、偏差値40-45の子が55の高校に入りたくて、もしくは単に友達が通っているからという理由で来ている人ばかりだった。第一志望の高校に合格したときには、うちの塾で初めてだと驚かれたくらいのところだったのだが、僕としては変に競争主義にならない環境を気に入っていたので、母の指摘が必ずしも外れているとは思わない。

僕には母同士が姉妹のいとこがいるが、その叔母もうちの母と同じような境遇だった。彼女は運動神経がよくて、学級委員もできた、典型的な人気者だった。小学校の成績も良くて最初は僕より期待されていたのだが、中学校に入るとヤンキーグループに入ってしまい、受験もなんとなく過ごして結局短大を卒業して現在はサービス業についている。いとこの方がまじめで成績も良かったのに、受験の結果は大きく違うことに、僕は度々いとこに「もったいないよ」と言っていた。
どこで差がついたのかと考えると、やはり親の教育方針だったように思う。恥ずかしながら、両家には方針と言えるほどの考えも無かったのだが、小さいながらも大きく違うのは、うちの母は学をつけることの大切さを知っていたのだった。二人姉妹そろって離婚を経験し、互いに家も近いので祖母も交えて、子ども二人、計五人でよくご飯を食べていた(祖父は交通事故で母が14歳のときに亡くなっている。遺族年金は微々たるもので、うちの家計の寂しさはこういうところにも起因する)。その後、二人とも再婚した。再婚のタイミングは姉、つまりうちの母親の方が早かったが、回顧すると母は一度リストラにあった義父にDVめいたことをされていたし、僕が12歳のときに乳がんにかかるなど、うちの家庭が決して順調だった訳ではない。(エクスキューズとしては、現在は夫婦仲良く、がんも再発せず、おまけに弟もできて仲良く過ごしている。息子は浪人したものの、東大に通っている。)
母は僕の進路に介入しない代わりに(自由にやれと何度も言われた、これは今では本当に感謝している)、「借金をするな」と「警察の世話になるな」及び「学はつけろ」と言っていた記憶がある。正確には自分から積極的に学をつけろとは言わなかったものの、東大を志望してからもできる限り支援はすると言ってくれたので、本人としてはそうした子どもの意欲には肯定的だったように思う。

最後の方は随分と自分語りが多くなってしまったが、こうした思いを喚起させてくれる論文も悪くないではないか(


November 30, 2013

機能主義的階層論としてのデュルケム階級理論

今回はデュルケム理論を発展させたGruskyの階級概念を紹介します。デュルケムの階級理論というか、ほとんどGruskyのオリジナルなものですが。

 David B. Gruskyの階級論の議論にはデュルケム的な社会観がベースにある。『社会分業論』において、デュルケムは近代化とともに職業の専門分化が進むこと、及び出身など選択の余地のなかった機械的連帯から個人によって選択される有機的連来への転換を説いた。Gruskyはデュルケムの考えに従って、産業化が進展するなかで職業の分化が起こっていると主張する。Gruskyによれば、Goldthorpeのような階級図式はあくまで階層秩序を操作化した名目的nominalなものに過ぎないという。これに対して彼は、先の二項図式の他、属性ascriptionから業績attainmentとも呼ばれる近代化プロセスの中で、前近代的とされるゲマインシャフト的な集団として職業を捉えている。というのも、ポストフォーディズムにおける職業の専門分化は、生産に基盤をおいた連帯を弱体化させるのではなく、むしろよりローカルなものして強化する方向に働くからだ(Grusky and Sørensen 2001)。

 このようにGruskyは、それぞれの職業集団の中で利害や文化、政治的志向が共有されているという想定をしている。以前は職業上の地位や収入から測定した階級でも現実における階級意識と対応を持っていたのかもしれないが、現在においてそれはノミナルでしかないというのが、議論の出発点になっている。Gruskyの中では、職業が個人と社会を結ぶ価値を備えていて、労働者は自らの価値に合う職業を選ぶし、雇用者も職業の価値に見合うような労働者を雇うのだ。従って、職業単位で見たときに、彼らの階級意識や文化消費、ライフスタイルは似通ったものになる(Grusky and Weenden 2001)。

 ただし、こうした職業の性格はデュルケム的な機能主義だけによって定義されている訳ではないことに注意したい。Gruskyによれば、職業は機能主義的な見方から演繹的に分類されるのではなく、言説を用いた職業間の象徴闘争から定義されるという。例えば、眼科医ophthalmologyと検眼医optometristは目の手術に関して、それぞれ異なる利害や目論みをもっている。どちらの主張が通るかはどちらの言説が説得的に作用したかによる。しかし、それにもかかわらずGruskyは機能という観点から職業集団をとらえることの重要性を指摘する。職業の機能自体が言説として職業間の闘争に用いられるためだ(Grusky and Weeden 2002)。

 ここまでで、Gruskyの階級概念には理論的折衷が見られることに気づく。彼は機能主義的な理論をベースにしながらも、その分化の過程を職業間の言説を用いた闘争としている。この意味で彼の階級概念には紛争理論の影響も見られることが分かる。特に闘争を言説を用いた文化的なものとしている点で、彼の考えはブルデューに近い。ただし、この概念は「~~の職業集団には共通のアイデンティティがある」という主観的な側面に依拠している点を見逃してはならない。太郎丸(2005)がGrusky and Galescu(2005)に対して指摘したように、自分が想像している階層秩序が実際の秩序と対応を持っている訳では無いことは、こうした主観的な定義の危険性を示唆する。Goldthorpe階級理論とは、階級の主観・客観的測定という次元で大きな差異があることに注意したい。その一方で、文化闘争といった主観的側面を無視すると、Goldthorpeのような合理的選択理論に傾くこと、ゆえに階級が個人の選択への制約constraintsとしか見られなくなってしまうとGruskyが指摘している点は重要だ。

 GruskyはこのようなMicro Class Analysisの手法を用いて、WeedenとともにアメリカのGSSデータを使用した職業図式を作成している(Weeden and Grusky 2005)。最近ではSSMデータを用いて日本の階層秩序の趨勢をこの手法で分析している(Jonsson et al. 2008)。

[文献]

Grusky, D. B., and G. Galescu. 2005. “Foundations of a Neo-Durkheimian Class Analysis.” Pp. 51–81 in Approaches to class analysis, edited by Erik Olin Wright. Cambridge: Cambridge University Press.
Grusky, D. B., and J. B. Sørensen. 2001. “Are There Big Social Classes?.” Pp. 183–92 in Social Stratification: Class, Race, and Gender in Sociological Perspective, edited by David B Grusky. Boulder, CO: Westview Press.
Grusky, D. B., and K. A. Weeden. 2001. “Decomposition Without Death: a Research Agenda for a New Class Analysis.” Acta Sociologica 44(3):203–18.
Grusky, D. B., and K. A. Weeden. 2002. “Class Analysis and the Heavy Weight of Convention.” Acta Sociologica 45(3):229–36.
Jonsson, J. O., D. Grusky, Y. Sato, S. Miwa, and M. Di Carlo. 2008. “Social Mobility in Japan: a New Approach to Modeling Trend in Mobility.”
Weeden, K. A., and D. B. Grusky. 2005. “The Case for a New Class Map.” American journal of sociology 111(1):141–212.
Weeden, K. A., and D. B. Grusky. 2009. “Is Inequality Becoming Less Organized?.” Stanford University the Center for the Study of Poverty and Inequality Working Paper 09-1.

November 29, 2013

多元主義的社会階層としてのウェーバー階級理論


2013年11月にChan and Goldthorpeの一連のプロジェクトを読みながら、ウェーバーの階級理論をごく簡単にまとめてみました。やたらアクセス数がよいので、恐らく、大学で社会階層論を学ばれている学生なんかがレポートのネタ捜しの結果、行き着いたのかもしれません。階層と階級の区分とか、ややこしいですよね。黎明期から近年まで、階層と階級の区分は社会的資源の分布を連続的に捉えるのか、質的な差異を強調するのか、また(特に日本では)マルクス主義は階級を使用する、といったような棲み分けがされていましたが、最近では両者を互換的に用いる人が大半です。


以下、役に立つ変わりませんが、ご活用ください。


  マックス・ウェーバーの階級理論の特徴はその多元的主義価値観にあるといっても過言ではない。ウェーバーの理論を継承した階層研究者は、はじめに労働市場と雇用関係によって形成される社会的な権力(power)と生活機会(life chance)に注目する。ウェーバー及び彼の理論の継承者は、こうして経済的に条件づけられ社会階層が威信や組織における権力を生み出すと考えた。結果としてウェーバー理論では階級(class)・地位(status)・党派(party)、以上の三つの側面から不平等が生じる過程を捉えている。注意すべきは、この三つの要素は相互に関係し合いながら独立に生じると考えられている点にある。例えば、複数の地位集団(status groups)は必ずしも社会階級(social classes)の秩序に依存する訳ではない。こうした視点は、資本家・労働者といった階級があらゆる不平等を形成する源泉と考えたマルクス主義的階級論とは対照的である(Pakulski 2005)。

  ウェーバーの枠組みを発展させた最大の功労者であるJohn H. Goldthorpeは以下のような社会階級の分け方を提示している。まず、労働市場における雇用関係から使用者(employer)と労働者(employee)、そして自営業者(self-employed workers)の3つの階級を想定することができる。このような雇用関係の地位に加えて、職業の種類を考慮に入れた結果、管理職、専門職、小規模経営者(農業者を含む)、自営業、技術職、技能職、被技能職に分類され、さらに管理・専門職に地位の上下を加えた9階級区分が成立する。さらに社会的地位に関しては、Laumann(1966, 1973)に従って、職業を単位とする地位順序を作成している(Chan and Goldthorpe 2004)。

  こうした不平等を生み出す要素が多元的だとする見方は、現在でもなお経験的研究に応用されている。近年注目が集まっている文化消費を例にして考えてみよう。階級が客観的な経済機会を意味しているのに対して、ウェーバーは地位が集団間を境界づける間主観的な差異(distinction)として機能していると考えた(Chan and Goldthorpe 2007a)。これに従って、Goldthorpeはライフスタイルや文化消費を地位と結びつけて議論している。彼はTak Wing Chanとの共同研究で、音楽、映像美術、新聞などの文化消費が階級ではなく地位と結びついていることを明らかにした(Tak Wing Chan and John H. Goldthorpe 2005, 2006, 2007b, 2007c)。

  もっとも、ウェーバーに忠実に従おうとすると、階級と地位の対比が問題となる。ウェーバー (1946)の古典的な定義では、経済的な資本から成立する階級(Class)以外に、所属する集団の利害に基づいた地位(Status)が社会階層を形成する要因とされてきた。この考えに基づくと、階級は経済的な資源であり、集団間の差異は程度的なものであるとされるが、地位は集団に対応するものであり、集団間の差異が威信的な文化によって強調されることになる。

[文献]

Chan, T. W., and J. H. Goldthorpe. 2004. “Is There a Status Order in Contemporary British Society?: Evidence From the Occupational Structure of Friendship.” European Sociological Review 20(5):383–401.
Chan, T. W., and J. H. Goldthorpe. 2005. “The Social Stratification of Theatre, Dance and Cinema Attendance.” Cultural Trends 14(3):193–212.
Chan, T. W., and J. H. Goldthorpe. 2006. “Social Stratification and Cultural Consumption: Music in England.” European Sociological Review 23(1):1–19.
Chan, T. W., and J. H. Goldthorpe. 2007a. “Class and Status: the Conceptual Distinction and Its Empirical Relevance.” American sociological review 72(4):512–32.
Chan, T. W., and J. H. Goldthorpe. 2007b. “Social Status and Newspaper Readership.” American journal of sociology 112(4):1095–1134.
Chan, T. W., and J. H. Goldthorpe. 2007c. “Social Stratification and Cultural Consumption: the Visual Arts in England.” Poetics 35(2-3):168–90.

Pakulski, J. 2005. “Foundations of a Post-Class Analysis.” , 152–79 in Approaches to class analysis, edited by Erik Olin Wright. Cambridge: Cambridge University Press.
Weber, Max. 1946 “Class, Status, Party” in Max Weber: Essays in Sociology. Oxford University Press. tlanslated by H. H. Gerth and C. Wright Mills. 180-195. (reprinted in Grusky D. Ed. 1994. Social Stratification. Westview. 113-121.)


November 22, 2013

職業威信



自分の中で、記者の地位ってそれなりに高い印象を持ったので、少し調べてみた。

記者はEGP図式ではⅡに、SSM8分類では専門に入ってる。ざっと見た感じ、全体の中では威信は比較的高めと見てよいだろう。だが後者では専門の中ではかなり低めにでている(95年時)。国際比較用のISCOの中では、むしろEGPのⅠの平均に近い。

SSM95年の威信スコアは長松奈美江さんの授業用ページから拝借(見やすい)
http://namie.boo.jp/pukiwiki.php?%BF%A6%B6%C8%B0%D2%BF%AE%A5%B9%A5%B3%A5%A2#gb269e14



Nakao & Treas (1994)はアメリカのGSSを使って測定をしている(東大のSSL-VPNから論文落としたのでリンクが貼れないので読みたい人は自分で落としてください。) でも、このデータとGanzeboomとでは同じ職業でも随分威信が違ってくる。やっぱり国の間で違いは大きいのだろうか。


SSM95年のデータだと、記者が幼稚園教諭よりも威信が低いというのは面白い。また、販売に分類されているフライトアテンダント(スチュワーデス)の威信が異常に高いのも面白い。

恐らく、私の周りの記者は朝○とか○経で働く人が多いからバイアスがあるものと思われる。記者と言っても全国紙の新聞記者以外に地方紙記者や雑誌記者もいる。こちらの方が、一般的な記者・編集者のイメージに近いのかもしれない。


また、フライトアテンダントは明らかにジェンダーバイアスが激しいので、男女別に測りなおす必要があるだろう。試験的なものは、脇田(2012)にあったと思う。


文献ごとに結果が異なる職業も多かったが、二次測定という点を除いてはそれぞれ測り方は違うだろうし、なかなか難しい。


家事サービス職業従事者とかも専門に入っているんだから、プロのお手伝いさんとかを調査側は想定しているのだろうが、実際のところ人々が想像するのは家事手伝い的なものなのか、相当低い。威信に対して専門能力を高く(低く)見積もる時に、測る側/測られる側のジェンダー差が大きそうだ。

ざっと調べてみた限りの書誌情報


Ganzeboom, H., & Treiman, D. J. (1996). Internationally comparable measures of occupational status for the 1988 International Standard Classification of Occupations. Social Science Research, 25(3), 201–239. doi:10.1006/ssre.1996.0010
Nakao, K., & Treas, J. (1992). The 1989 socioeconomic index of occupations: Construction from the 1989 occupational prestige scores.
Nakao, K., & Treas, J. (1994). Updating Occupational Prestige and Socioeconomic Scores: How the New Measures Measure up. Sociological Methodology, 24, 1–72.
Treiman, D. J. (1977). Occupational prestige in comparative perspective. Academic Pr.
都築一治. (1998). 「職業評価の構造と職業威信スコア」.
塩谷芳也. (2010). 「職業的地位の構成イメージと地位志向」. 『理論と方法』doi:10.11218/ojjams.25.65
直井優・鈴木達三,1977,「職業の社会的評価の分析――職業威信スコアの検討」『現代社会学』4(2): 115-56.
脇田彩, (2012), 「職業威信スコアのジェンダー中立性: 男女別職業評価調査に基づく一考察」『ソシオロジ』57 (2)社会学研究会: 3-18.
及び長松奈美江氏ホームページ 「職業威信スコア」 http://namie.boo.jp/pukiwiki.php?%BF%A6%B6%C8%B0%D2%BF%AE%A5%B9%A5%B3%A5%A2

November 11, 2013

そつろん

ひとまず卒論は学校(進路)選択を親子の間の家族戦略という枠組みで考えて量的調査の二次分析とインタビューなどでやろうかなと考えています。
やっぱりCromptonの指摘で大事だと思うのは、いくらミドルクラス出身の子どもが労働者階級出身の子どもに比べて、大学に行く確率が高いとか、ミドルクラスに到達する可能性が高いとかいっても、その過程を無視するのはよくないということですね。それで、GoldthorpeのようなRATに行くのもいいと思うのですが、率直に言うとRATで卒論で面白いことが言える自信が全くないのと、何が面白いのかさっぱり分からないので(いや、RATで説明しようと考えたら面白いのでしょうが、現在はあり得る説明の一つくらいに考えています)やりたくないかなと。それよりはブルデューの理論や質的研究をした方が一般化は無理でも面白いことは言えると思います。

何に注目して家族戦略を分析するかですが、長男規範でも、都市・地方の比較でも、はたまた帰国子女でもいいです。一つか二つに絞ってそれぞれの章で比較したいかなと思います。

家族構造に着目すると自分の中で宣言しちゃったので、例えば出生率が減少したことが家族戦略にどう影響をもたらしたのかとか、二世代ではなく三世代関係の中で家族戦略を捉えられないのかとか、女性のフルタイム労働が云々とか言いたいですが。。。

November 6, 2013

水曜+論文のレビュー

今日は質的研究法(チュートリアル)→日本語の授業→ソシャネセミナー

リーディング明けの質的研究法のチュートリアルでは、三週連続で小さな課題が全員に課されている。今回は参与観察についての回だったので、事前に指定された条件のもと、参与観察し、フィールドノートをとり、その後にまとめたダイアリーをつけることが課題だった。

指定されたのは午前8時から午後5時のバス停。15分の参与観察が宿題だった。

僕は寮に一番近いバス停から一つ離れた午前8時過ぎのバス停を選んだ。単に知り合いに会うのが面倒くさい、というか、それだと課題にならない、また寮の近くのバス停だと学生が大半で多様性に欠けると考えたからだった。

無意識に大学に向かうバスが通る停留所を選んだが、仮に同じバス停の違う方向を選んでいたら、学生以外の人がきたかもしれない。また、夕方に行っていたら、大学(市内)行きのバスに乗る人はどういう人がいたのだろうか。

僕はほとんど人にしか注目してなかったのだが、チュートリアルで先生に「もっと状況の描写から入ってもいいかもね」という趣旨のコメントをもらった。確かに、なぜ人にしか目がいかなかったのだろう。そりゃ、バス停だから人に注目するのは当たり前のような気もするが、周りの風景を観察するのも構わない。恐らく、自分がいつも通る道を選んだので、その辺りに関しては注意を払わなかったのだと思う。

15分間、冷たい石のベンチに座ってノートを取る、バスに乗り込んだのは8人くらいで、全員学生に見える若者だった。逆にバスから降りる人は2人だけ、一人は労働者っぽい服装をした30代くらいの人、もう一人はスカーフをした女性と彼女の(と思われる)子ども。当たり前だが、乗る人降りる人で特徴は全然違う。年齢、性別、エスニシティ云々。

水曜のチュートリアルは正直言って退屈だ。チューターの先生の教え方は下手ではないけど、教科書的すぎる嫌いがある。授業で習ったことの復習がメインで,それを生徒が答えられるような誘導尋問をたまにしたりする。ただ、面白い説明をするときもあるし、なにより授業外で話していて楽しいので好きな先生ではある。

生徒の方が問題で、5人の少人数の割にモチベーションが低い。2人がイギリス人、1人が中国からの交換留学生、2人が日本人で、僕と都内某私立大の人。アジア系が半分以上で、英語ができる訳ではないので、2人のイギリス人ばかり話すかと思ったが、期待は裏切られる。

まず、彼らは出席しない。

2人とも、5回のチュートリアルで2回ずつ欠席している。ちなみに、男性の方は「先週休んだのは調子が悪かったからだ」と前回も今日も弁明した、前回は風邪で今回は腹痛らしい。

休むのは仕方ないとして、文献も読んでこないのでまた驚く。今回は女性の方は読んできたが、男性の方が読んでこなかった、たった10ページそこらの短い論文なのに。ちなみにこの男性は授業も腹痛で休んだらしい。体調が回復するのを祈っている(いやみではない)。

最初はモチベーションの低さに驚いたが、段々どの国の大学の学生もこんなもんだろうなくらいに納得してきた。5人のチュートリアルだから、誰が文献を読んでないかなんてすぐに分かるが、東大のゼミもそんなもんだろうと思う。別に厳格になる必要もないし、学生はそれくらいが普通と考えた方がいいだろう。

5人中、課題をやってきたのは僕と中国人の2人だけだった。中国人の方は、バス停じゃなく自分の好きな場所を選んできてた。まあ、そんなもんだろう。授業も文献もパスした男性が一番発言していた(大半は先生の説明に対して条件反射的に聞く感じで、彼はやはり授業に出た方がいいと思う)のも、そんなもんだろう。繰り返すとモチベーションは皆低いが、そんなもんだ。


そうはいっても、先の先生の指摘は有り難いし、文献は面白いので、面白いと発言して帰るくらいでチュートリアルは満足しようという結論になっている。


1時半からの日本語の授業では、とうとう動詞の活用を教えてしまった。使っている日本語の教科書では、「行く」「書く」のような五段活用の動詞をu-verbsと言っている。また、「見る」のような上一段、「食べる」のような下一段は会わせてru-verbsと言っている。上一段と下一段は変化の仕方の規則性は同じなので一緒にしてもいいと思うが、いかんせん活用を教えない。出てきたら、覚えろという感じの書き方。例えば「行きます」の場合は、ますが動詞なので行くは連用形に変化させる。だけど、教科書ではますがつくと-iに帰るとしか書いてない。一対一で覚えろということだ。
会話が例文として載っているので「〜ます」「〜ません」が多用されるが、同じ否定の形として「書かない」「食べない」がある。生徒に説明するときは「ない」の時はu-verbs-aに、ru-verbs-i-eになると説明していたが、否定表現の時は未然形になると説明した方が後々のためになると思い、授業の直前に棚にあった新明快国語辞典の活用表をコピーして配布した。その他「する」「くる」の特殊活用も教えて今日は終了、生徒は少し難しそうな顔をしていたが、丁寧にノートを取ってくれた。なによりこっちの方が効率的だと思うので、覚えてくれると願っている。

最後のソシャネ、発表については省略するが、今日は嬉しい出会いがあった。東アジア系の女性がいたので声をかけてみたら、中国人だった。こっちの社会学部の修士一年という。学部は中国と言ったので、大学を聞いてみると精華大学だった。なんでも、本人は当初国内の大学院に進学するつもりだったが、マンチェスター大学が中国の市場変化についての社会学的研究プログラムの学生を募集していたので、試しに応募してみたところ受かったのでこちらにきたという。確かに、英語も僕にとっては懐かしい中国人訛りがあって、そこまで流暢ではなかったが、試しに受けて通るんなら自分も出してみたいものだ。なにより、精華の出身ならすぐ英語は上達するだろうし(セミナーを録音していたので、家でまた聞いて勉強するんだろう)、頭もめちゃくちゃいいんだろう。

こっちの中国人の正規学部生と話すと、中国の一流大学には入れないので、海外の大学で箔を付ける、と(明言はしないが)ほのめかす人が多い。こっちが北京大生とのプログラムで5回程中国に行ったと言うと、「北京大生と自分は違うよ」みたいな反応がくる。彼らにとって北京大生は雲の上の存在なのかもしれない。交換留学の学生も、聞いたことの無いような大学ばかりで、就職で有利になるように、とか、英語が学部の授業では勉強できないから、みたいな理由が多そう。というか、なぜ来たのか聞いてみるとそういう反応がくる。もちろん理系に関してはこっちの工学部や医学部の方が優秀とも言えるだろうから、一概には言えないと思うが、文系に関しては、そういう事情なのだろう。なので、精華大学のような一流校の人とあえるのはそれだけで驚きだった。

片言の中国語と北京に5回言ったというと彼女は驚いて、すぐ仲良くなった。Ph.Dまで考えているようなので、長い付き合いになると嬉しい。


そんなところで。

今日のチュートリアルで読んだ文献です。面白かったので記憶をたよりに時々見返して書きました。

Li, J. (2008) Ethical Challenges in Participant Observation: a Reflection on Ethnographic Fieldwork, The Qualitative Report 13(1), 111-115.


この論文ではカナダの女性ギャンブラーが集うカジノにフィールドワークをした著者の方法論に関する反省が述べられている。ギャンブル自体が相当にインフォーマルな上に、女性がギャンブルにはまることは社会規範としては男性よりも厳しい視線がなげかけられるため、これは相当にセンシティブな問題になる。
はじめ、執筆者は、Covertと表現される、カジノに一ギャンブラーとして参与しながら女性ギャンブラーたちを観察する。彼女たちは若い執筆者の将来を案じて「ギャンブルは依存性が高いからやめた方がいい」と勧める。そのような配慮を半ば裏切る形で、実は調査で来ている、話を聞かせてくれないかと尋ねると、彼女たちは二度と執筆者と話さない。
この「裏切り」(倫理的ジレンマ)に対して心理的負担を感じた執筆者は、CovertからOvert、最初から調査の目的を明らかにして参与する道を選ぶ。しかし、カジノへのバスの中で調査協力の依頼のアナウンスををしたところ、あるギャンブラーが「例え院ビューに応じても、私たちはプライベートが公になることをためらい嘘をつくだろう」と諭した。ギャンブルをする自分に負い目を感じている人たちにとって、その話をするのは心理的に負担が大きいのだ。
この論文の面白いところは、センシティブな問題に対して、調査者・被調査者ともに心理的負担を抱えていることを指摘している点だ。もちろん、負担の様相は異なる。前者は、インフォーマルな問題に対してとる適切な方法は何かと考える中で悩む。後者はプライベートについて語ることに負い目を感じている。
このように、両者にとって負担の大きい問題に対して、執筆者はどのような方法をとることを選んだのだろうか?最終的に、執筆者はギャンブラーと交わらずに参与するという道を選ぶ。これには以下のような利点があった。まず、執筆者自身の心理的負担を取り除くことができた。次に、女性ギャンブラーとしてインサイダーとして参与しながらも、あくまで他のギャンブラーの行動をアウトサイダーとして観察するのに十分な心理的余裕を得たのだった。
この論文の理論的含意は何だろうか。まず、この事例からエスノグラフィのための方法にも一長一短あることが分かる。次に、方法論は調査の過程で柔軟に変える必要があることが示唆されている。