February 1, 2022

先学期に教えた授業の反省

 某トップジャーナルに論文がR&Rになってしまい、てんやわんやの数日を過ごしている。5日間で、少なく見積もって30時間は論文の改稿をしていた。不思議なもので、机に向かうとゾーンに入るというか、日常とは比べ物にならない集中力でリプライレターを書くことができている。この論文を通せば、自分の人生が変わることを理解しているからなのかもしれない。人は人生の重要な曲面に入ると、尋常じゃない集中力を発揮するのだなと思った。

明日から、社会ゲノミクスのラボが再開する。先学期に教えていた社会ゲノミクスの授業は、本当に大変だった。大変だった理由は20くらいあるのだけど、そのうちの1つは政治的考えによる対立。功利主義的な発想から遺伝子選別をよしとする人、それに反対する人、正直収拾がつかなくなった。新しい技術(例:遺伝子選別)は既存の政治的スペクトラムの中に回収されてしまうのだと思った。

こういう政治的意見の対立の話は、そもそも前提・事実が共有されてないんじゃないかと思われることがあるかもしれない。しかし授業の前半で、どうやって遺伝率を求めるのか、遺伝効果とは何で何ではないか、そういったベーシックなことをカバーしても、対立する時は対立する。なかなか難しい。

遺伝に対する様々な解釈はあっていいし、現代的な価値観では全く支持されない考えを持っていても、それは一つの考えだと思う。悲しいのは、ゲノミクスを学んでも、それぞれの認識が改まることは少なく、既にある考えに適合的なように解釈されてしまうこと。

だからもし「正しい」遺伝の理解を広げたい場合、大学だともう遅いと思う。個人の政治信条は既に固まってる。介入するなら中等教育だと思う。例えば(センター生物60点の自分が言うのもアレだが)メンデル遺伝学をやるのは構わないけど、形質を説明するのは複数遺伝子であることなどは強調した方がいい。

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