昨年に引き続き、今年も印象に残った論文を10本選びました。論文を選ぶ中で、自分の関心が徐々に社会移動・地位の再生産過程における高等教育の役割、特にメリトクラティックな選抜過程にみられる機会の不平等とその帰結にシフトしているのだなと感じました。この数年、社会ゲノミクスについて集中的に勉強し始めていますが、将来的に遺伝を出身階層の一つとして捉えることで、これまで専門にしていた社会階層論の中に遺伝を位置付けたいと思っています。高等教育の役割を考える際にも、遺伝は出身階層と並んで重要な要因を占めるだろうという確信のもと、研究を進めています。並行して進めている高等教育におけるジェンダー格差についても、上記の関心に連なるものかもしれません。
元来専門としていた同類婚については、指導教員との共著で短い本を書くことができました。この本での成果をもとにしつつ、同類婚の研究についても進めています。研究を進める中で今年出版された論文もフォローしていますが、ここには重要な知見をもたらしていると感じる一方、同類婚以外の分野にもインパクトがあるようなブレークスルー的な研究は少なかった印象です。
というわけで、選んだ10本の論文は社会移動、教育、ゲノム、ジェンダーといったテーマが多いですが、今学期履修した経済社会学と機械学習の授業で出会った興味深い論文にも1本ずつ触れています。
1. Chetty, Raj, John N. Friedman, Emmanuel Saez, Nicholas Turner, and Danny Yagan. 2020. “Income Segregation and Intergenerational Mobility Across Colleges in the United States.” The Quarterly Journal of Economics 135(3):1567–1633. doi: 10.1093/qje/qjaa005.
2. Michelman, Valerie, Joseph Price, and Seth Zimmerman. 2021. “Old Boys’ Clubs and Upward Mobility Among the Educational Elite.” National Bureau of Economic Research Working Paper Series w28583. doi: 10.3386/w28583.
はじめに、教育と社会移動に関して、経済学者による論文を二つ紹介したい。社会階層論ではこの10年ほど、大卒という学歴を得ることには出身階層の不利を打ち消す効果があるのではないか、という論争がある。その論争での主眼は、大学を卒業するかどうかにあるが、並行して経済学で「どの大学が最も出身階層の不利を打ち消すのか」という論点を提示したのが、Chettyらの研究である。
アメリカの複数の行政データをマージしたこの論文では、大学に進学した子どもの所得と、その親の所得の世代間相関が、どの大学を出たかによって異なっているかを検討している。高所得層と低所得層の子どもの所得の違いは29%タイルほどだが、大学効果を統制すると11%タイルまで減少する。このことから、大学は社会移動の機会として重要であることが示唆される。低所得(所得が下位20%)の子どもは学力的にトップ校レベルには届きにくいため、最も所得が高くなる大学に進学するのは高所得の親を持つ子どもになる。そのため、所得による大学進学の格差をなくしても、低所得層の子どもはトップ校には増えない。むしろ、所得による進学格差を是正することで最も恩恵を受けるのは、相対的に学力の高いミドルクラスの子どもであるという。一方で、一定数の低所得層の子どもが在籍し、かつ卒業後の所得の伸びも相対的に大きな、mid-tierの公立大学(CUNYやカリフォルニア州立大学)の存在も指摘されている。
Chettyらの研究は現代のデータを用いた検証を行なっているが、Michelmanらの論文では1920年代のハーバード大生の大学生活とキャリアに関する歴史的なデータを対象とした分析を行なっている。注目する独立変数は、入学時のドーム(寮)アサインメントであり、このランダムで行われる部屋割りによって、高階層の人と一緒の部屋になることが、当人の社会移動に効果を持つかを検討している。
分析の結果、高階層出身者は低階層出身者より成績は低い傾向にあるが、キャンパスクラブに加入する傾向が高い。このクラブ加入は、成績よりもキャリアの成功を予測しており、高階層出身者の成功を一部説明している。あらに、高階層出身者と寮で同部屋だとクラブに加入しやすくなるが、これは高階層出身者に限定されている。つまり、不利な出身階層の人がハーバードというエリート大学に入っても、そこで得られる(キャンパスクラブによる社会的ネットワークや威信という)資源は、高階層出身者に独占されている傾向にある。
1920年代のハーバードには男性しかおらず、人種的にも白人とユダヤ系しかいなかったため、今回の分析結果が一般化できるかは議論の余地があるが、エリート大学で低階層出身者が成功しにくいメカニズムを明らかにしたという意味で、非常に重要な研究だろう。東大も戦前は寮生活だったと思うので、その頃の名簿が手に入れば似たようなことができるかもしれない。日本の文脈を考えると、政官関係、天下りへの影響なども面白そうだ。
今年はこれらの論文以外でも、テキサス州のtop 10% rule(各高校のトップ10%の成績の学生は自動的にテキサス大学に進学できる)に注目し、不利な学校のtop 10%層は政策の恩恵を受ける一方、恩恵を受けない有利な高校の学生がデメリットを受けるわけではなく、こうした政策は教育の格差是正に寄与することを指摘したBlack et al. (2020)や、カリフォルニアにおける類似の事例を扱ったBleemer (2021)の研究も出色であり、引き続き経済学の知見から学ぶことは多い一年だった。
キーワード:教育、社会移動、ピア効果
3. Belsky, Daniel W., Benjamin W. Domingue, Robbee Wedow, Louise Arseneault, Jason D. Boardman, Avshalom Caspi, Dalton Conley, Jason M. Fletcher, Jeremy Freese, Pamela Herd, Terrie E. Moffitt, Richie Poulton, Kamil Sicinski, Jasmin Wertz, and Kathleen Mullan Harris. 2018. “Genetic Analysis of Social-Class Mobility in Five Longitudinal Studies.” Proceedings of the National Academy of Sciences 115(31):E7275–84. doi: 10.1073/pnas.1801238115.
教育年数は遺伝する、そう言われると驚かれるかもしれないが、行動遺伝学の知見に依拠すれば、これは突飛な主張ではない。もっとも古典的な一卵性と二卵性双生児を比較した双子研究からは、データによってばらつきは小さくないものの、双子における教育年数の分散の半分弱は遺伝的違いによって説明されている(Branigan et al. 2013)。ヒトゲノムのほぼ全てをカバーして形質(例:教育年数)を予測するGWAS(Genome wide association study)からも、教育年数を統計的に有意に予測する遺伝子が1000以上見つかっている(Lee et al. 2018)。GWASをもとに作られた教育年数予測スコア(polygenic index, PGI)によれば、教育年数の分散のおよそ13%程度がPGIによって説明されている。教育年数は労働市場におけるアウトカムの予測因子でもあるので、教育を通じて遺伝子が社会経済的な成功と結びついているかもしれない。
ただし、この13%をそのまま「遺伝効果」と考えるのは危険でもある(Lee et al. 2018)。教育年数を予測する遺伝子情報と、親の学歴といった出身階層は相関しているからだ。つまり、例えば遺伝子が教育年数に対して直接的な因果効果を持つだけではなく、親の遺伝子が子どもの教育に資するような養育環境の形成を通じて、子どもの教育年数に影響するかもしれない。あるいは、単に遺伝子と教育年数の関連は、親階層を通じたspuriousなものかもしれない。
遺伝子は本当に教育年数に対して直積的な効果を持つのか。この問いを検証するために、Belskyらの研究は米・英・NZの5つの縦断データを用いて、教育年数PGIが出身階層(学歴/収入/職業)を統制しても地位達成に影響するかを検討している。分析の結果、同じ親のもとに育ったサンプルを対象にしたsibling analysisも含めて、親階層を統制しても教育年数PGIが高いと、職業の社会経済的地位が高く、富も豊かになりやすい。具体的には、PGIが1SD大きくなると、3-4%ileほど親の地位より高くなる。以上の分析結果から、(メカニズムはわからないものの)教育年数を予測する遺伝子は教育年数に因果的な効果を持ち、労働市場における成功、社会移動にとっても重要な要因であることが示唆されている。
キーワード:社会移動、社会ゲノミクス、国際比較
4. Sotoudeh, Ramina, Kathleen Mullan Harris, and Dalton Conley. 2019. “Effects of the Peer Metagenomic Environment on Smoking Behavior.” Proceedings of the National Academy of Sciences 116(33):16302–7. doi: 10.1073/pnas.1806901116.
社会学と遺伝学のコラボという意味では、とても良い好例の論文。喫煙という行動は、複数遺伝子からなる形質であると分かっており、喫煙を予測するようなpolygenic scoreもすでに作成されている。すでに紹介した教育年数を予測する遺伝子スコアに比べれば、喫煙という依存性の高い行動も、ニコチンという化学物質への依存度合いに遺伝的な違いがあるという主張は受け入れやすいかもしれない。実際、たばこ税が上昇する現代で喫煙する人は、昔に比べてますます遺伝的に喫煙しやすい人であることが指摘されており、たばこ税の政策効果は小さくなっている(Domingue et al. 2016)。
同時に、喫煙は極めて社会的な行為でもある。というのも、喫煙するかしないかの最も大きな要因は、周りに喫煙している人がいるかどうかとされるからだ。しかし、こうした「ピア効果」を測定するのは、そこまで簡単ではない。ある特性を持った人(タバコを吸いやすい人)がピアを形成しやすい自己選択の問題があるからだ。
この論文では少し角度を変えて、遺伝的にタバコを吸いやすい人がいるかによって喫煙リスクが異なるかを検討している。遺伝子は個人にランダムに割り当てられるため、ピア効果を測定するのに最適、というわけである。アメリカの中等教育段階の学校にる子どもを追跡した調査を用いた分析から、同じ学年に遺伝的にタバコを吸いやすい人が多いと自分もタバコを吸いやすくなることがわかった。さらに、この効果は特に遺伝的喫煙スコアが極端に高い人(腐ったリンゴ)がいる場合に顕著であることも示唆された。
キーワード:社会ゲノミクス、ピア効果
5. Armstrong, Elizabeth A., and Laura T. Hamilton. 2021. “Classed Pathways to Marriage: Hometown Ties, College Networks, and Life after Graduation.” Journal of Marriage and Family 83(4):1004–19. doi: 10.1111/jomf.12747.
ArmstrongさんとHamiltonさんの二人は、中西部にある某フラッグシップ大学(日本でいうところの地方国立大)に進学した白人女性たちの卒業後の進路が分かれるメカニズムについて検討したPaying for the partyで知られているが、二人はこの大学を卒業した女性たちをさらに追いかけており、その成果として今年2つの論文を出版している(もう1本は、ブルデュー的な視点に立って親子の世代間連鎖のメカニズムを説明するために階級プロジェクト class projectsという概念を提示したAJS論文)。
このJMF論文では、出身階層によって同じ大卒でも大卒と結婚する確率が異なるのはなぜかを検討している。中西部の有名大学を卒業した女性を長期追跡した質的調査から、有利な出身階層の女性は地元の紐帯、社会階層によって分断された大学生活、そして大学後の生活の全てで所得ないし学歴の高い男性と結婚する機会に恵まれていることが示されている。この研究は、高学歴同類婚のチャンスが出身階層によって異なることを論じたMusick et al. (2012)を引用しており、本研究はそのメカニズムを明らかにしたという点が評価ポイント。同類婚の研究は今年はこの論文以外にも、大学第一世代かどうかによって同類婚のチャンスが異なるかを検討したKing (2021)、同類婚を学歴以外の側面(職業・大学専攻)に拡張したSchwartz et al. (2021)やHan and Qian (2021)、あるいは米中のデータを用いて所得同類婚の増加と所得格差の増加の関連の大部分が高所得層において生じていることを論じたShen (2021)などが出版されたが、同類婚関連で一つ顕著な業績をあげるとすれば、本論文になるだろう。なお、出身階層によって学歴同類婚のチャンスが異なることを自明としているけど、あくまでアメリカに限った話なので国際比較で似たようなパターンが見られるかは確認してみるといいかもしれない。
キーワード:家族、社会階層、社会移動、同類婚
6. Martin-Caughey, Ananda. 2021. “What’s in an Occupation? Investigating Within-Occupation Variation and Gender Segregation Using Job Titles and Task Descriptions.” American Sociological Review 86(5):960–99.
社会調査における職業分類の決め方は、基本的に回答者に自分の職業を答えてもらって、それをもとにコーダーがすでに存在している職業分類に回答者の職業を当てはめるプロセスを経る(経費などの問題があるときには、プリコードといって、あらかじめ用意された分類のどれに自分の職業が当てはまるかを書いてもらう)。
これは、部分的には回答者の意味理解に沿って職業を分類するアプローチだが、部分的にはコーダーの主観によって成立している。さらに、すでにある職業分類に当てはめるという制約は、分類できない職業を無理やり既存の職業に当てはめてしまう危うさも持っている。それでも、職業分類は国際比較ができるようにアレンジしてあるため、このアプローチは国際比較や時系列比較など、集団の比較にも向いている(社会学において、どれだけ回答者の主観と距離を取るかという点については、岩波書店から出ている筒井先生の「社会学」で詳しく論じらている)。
こうした既存の職業研究に対して、この論文は一つのブレークスルーを与えている。調査の原票を見ると、職業コーディングをする前の回答者の記述がある。例えば、私が自分の職業を聞かれたら恐らく「アメリカの大学で社会学と人口学の博士課程の学生として研究に従事している」くらいに書くだろう。もちろん、こんな職業は分類に存在しないので、コーダーは私の職業を見て「学生」ないしは「人文社会科学系の研究者」と分類する。
こうしたアプローチは「アメリカの大学」や「研究」といった側面を捨象してしまっている。職業内の細かい仕事内容はこれまで注目されてこなかったが、近年の研究によればタスクレベルで見た職業「内」の所得格差が増加しているという指摘もある。以上の問題意識を踏まえ、この論文ではテキスト解析の手法を用いて、こうした原票レベルの記述から似たタスクやタイトル同士の職業を決めている。職業研究における計算社会科学的なアプローチとして非常に面白い。この論文では、まず職業分類に依拠して最も細かい小分類レベルの職業内部で、どれだけタスクやタイトルでみた仕事に差があるかをみている。分析の結果、仕事の類似度は職業間で大きく異なることがわかった。さらに、タスクレベルの職業でみた男女の性別職域分離は(タスクレベルの職業の方が細かいので、定義上そうなるが)従来の職業分類に基づく分離よりも大きく、さらに興味深いことに、従来の分類による分離は減少している一方、近年のタスクレベルの分離は停滞していることが示唆されている。
キーワード:職業、性別職域分離、計算社会科学
7. Mun, Eunmi, and Naomi Kodama. 2021. “Meritocracy at Work?: Merit-Based Reward Systems and Gender Wage Inequality.” Social Forces. doi: 10.1093/sf/soab083.
能力選抜を導入すると、企業における男女の格差は減少すると考えられる。(多くは男性が占める)管理職の恣意的な判断を避けられるためだ。しかし、先行研究によれば企業における能力主義の導入が報酬の男女格差を縮小するかについては、一貫した知見が出ていない。むしろ、それまで存在した性差別的な慣行を維持・隠蔽してしまうことで、能力主義の導入は男女格差を維持ないし増加させる可能性さえ指摘されている(能力主義のパラドックスというらしい)。
既存研究は特定の企業や産業に分析対象が限定されており、外的妥当性に不安があった。これに対して本研究では、日本の就職四季報と賃金基本構造調査をマージして、12年間のべ40万人の被雇用者における報酬の男女格差が、能力主義によって減少するかを検証している。分析の結果、職務給の導入は年収や時間あたり賃金には影響しないが、ボーナスの男女格差を「広げる」ことがわかった。特にこれは若年層に顕著であった一方で、管理職では、職務給の導入は男女格差を縮小することがわかった。分析の結果は概ね、能力主義のパラドックスを支持している。個人的には、パラドックスがなぜ生じるのかがまだよく分からないので、今後メカニズムについて少し調べてみたい。
キーワード:ジェンダー、労働市場、日本
8. Falk, Armin, and Johannes Hermle. 2018. “Relationship of Gender Differences in Preferences to Economic Development and Gender Equality.” Science 362(6412):eaas9899. doi: 10.1126/science.aas9899.
労働市場における男女の格差がなぜ生じるのか。いくつもの仮説が提起されているが、この10年ほど経済学で注目されているのが、男女の競争心やリスク選好の違いである。具体的には、女性に比べて男性の方がリスクに寛容であり、自分の能力に自信があり、野心がある傾向にある(Niederle and Vesterlund 2011)。先程の能力主義の論文とも関連するかもしれないが、雇用者の評価が競争に基づく環境は、男性に多くみられるこうしたリスク選好型の人間に有利になっていることが、男女格差を維持しているのではないかという説が検証されている。
そもそも、なぜ男女で選好が異なるのだろうか?考えつくのは、幼少期から男女によって異なる子育てが実践されている可能性である。もしかすると、親は男の子の方にリスクを負って挑戦することを勧め、女の子にはリスクを取らないことを勧めるのかもしれない。こうした子育ては子どもの性に基づいて育て方を変えるという意味で、偏見に満ちたもののように思える。であれば、ジェンダー平等が進んだ社会ほど、男女によって異なる子育てをする家庭が減り、選好の男女差は小さくなるかもしれない。
そんなふうに考えていた自分に、この論文は非常にシンプルに、結果は全く逆であることを教えてくれた。具体的には、ジェンダー平等な社会ほど、あるいは経済的に発展している国ほど、男女の選好(リスク選好、利他心、信頼、互酬性など)の差が大きくなることを、80近い代表性のある国際比較データ(Global Preference Survey)を用いて明らかにしている。著者らは、物質的あるいは社会的なリソースへのアクセシビリティが男女で平等になればなるほど、男女の違いがよりはっきりするという示唆があると主張している。この男女の違いを、筆者は生得的なものとしてみなしているかは分からないが、いずれにしてもインパクトのある研究で、謎は深まる。
キーワード:ジェンダー、国際比較
9. Sherman, Rachel. 2018. “‘A Very Expensive Ordinary Life’: Consumption, Symbolic Boundaries and Moral Legitimacy among New York Elites1.” Socio-Economic Review 16(2):411–33. doi: 10.1093/ser/mwy011.
ウェブレンの時代には、誇示的消費をする層は有閑階級とされてきたが、現代の誇示的消費はメリトクラティックなエリートに移っていることが指摘されている。
この論文では、NYに住む富裕層50人へのインタビュー調査から、この新しい富裕層の倫理観について検討している。すでに言われているように、多くの富裕層は勤勉に働くことで所得を得ている。興味深いのは、彼らは富裕であることへの倫理的なアンビバレンスを抱えているという点である。具体的には、彼らは自分たちの豊かさに気づいているが、一方で自分の豊かさを指摘されることを嫌い、華美な消費は避け、自分たちはミドルクラスだと主張する傾向にある。こうして自分たちを「悪いお金持ち」と区別しながらミドルクラスと一緒だと主張することで、彼らは象徴的な境界を社会的な境界とずらしている。
高等教育を受けたものが威信・所得の高い職業につけるのは一見するとメリトクラシーが成立しているという意味で「いい」社会のように思えるが、格差が拡大した社会においては富裕を「目指すこと」が推奨される一方で、富裕で「あること」は倫理的なアンビバレンスを生じさせることを鋭く示した論文。
この論文の言っていることを、かなりあっけらかんと言ってしまうと、富裕層のいう「私はミドルクラスですよ」というアピールは一方で彼らの富裕さを隠蔽してしまうことにつながりかねない一方、別に彼らも人を騙そうとしてそんなことを言っているわけではない、というところだろうか。
ちなみに著者のオピニオン記事では、個人の倫理観について議論するのではなく(つまりそうした境界線をずらすアッパーミドルの行為の是非を論じるのではなく)そうした倫理観を可能にさえている社会の制度について議論した方がいいという。納得。
キーワード:社会階層、エリート、文化資本
10. Obermeyer, Ziad, Brian Powers, Christine Vogeli, and Sendhil Mullainathan. 2019. “Dissecting Racial Bias in an Algorithm Used to Manage the Health of Populations.” Science 366:447–53. doi: 10.1126/science.aax2342.
機械学習が政策介入に有効なアプローチになりうると議論され始めて久しい。当時の楽観的な主張では、(教師付き)機械学習によって、最も政策介入が必要な人を特定したり、あるいは個人の持つ人口学的な特徴からどういった介入を受けると政策効果のパフォーマンスが最大化するか、と言った論点が議論されてきた。その一方で、この数年で議論されているのが、機械学習が予測のために依拠するデータが既に社会に存在するデータであり、その限りにおいて社会で存在する差別を投影したモデリングを行っているのではないか、という点である。具体的には、犯罪リスクを予測する際に機械学習を用いると、人種を予測に用いていないのにも関わらず、白人よりも黒人の方が犯罪リスクが高くなってしまうような現象が報告されている。
このように、歴史的な差別が投影されたデータを用いて予測するという限界をどう乗り越えていくかが、近年の機械学習の課題の一つになっているが、本論文はその点について重要な示唆をもたらしている。この論文では、とあるアメリカの大学病院の患者を対象に、アルゴリズムによって予測される疾患リスクスコアと、実際に疾患に罹りやすいか、およびそれが白人と黒人の間で異なるかを検討している。分析の結果、予測モデルによるリスクスコアが同じ白人と黒人を比べると、黒人の方が疾患に罹りやすいことがわかった。この結果は、リスクスコアが高くないという理由で医療が受けられない場合、黒人の方がその不利(実際に病気にかかる)を被りやすくなるという人種格差の存在を示唆している。
なぜ予測モデルの上では同じスコアでも、人種によって予測の結果が異なるのか?その要因を、筆者らはモデリングで用いるアウトカムがすでに人種の格差を内包しているからだとする。具体的には、この研究以外でも頻繁に用いられるスコアは、医療保険の費用をアウトカムとして予測している。この指標は一見すると、どの人種にも中立に働いているように見えるが、実際には黒人の方が医療にアクセスしにくい環境に住んでいることもあり、たとえ疾患リスクが高くても病院には行かず(行けず)、結果として医療コストが小さく見積もられてしまう。
こう論じた上で筆者らは、医療コストと合わせて、実際にいくつ慢性的な疾患を抱えているかをアウトカムとして予測するモデルの方が、人種格差は大きく減ることを示している。予測モデリング自体を変えなくとも、予測するラベル(アウトカム)を変えるだけで、機械学習のデメリットを現実ことができることを論じた画期的な研究。
キーワード:機械学習、健康、人種
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