October 6, 2021

Harden. Genetic Lottery 感想

パブリック向けにかなり積極的に発言しているHardenさん、この本では社会ゲノミクスを「反優生学」と位置づけ、優生学との関連で社会ゲノミクスの立ち位置を説明している。単に過去の過ちを顧みるだけでなく、今の社会ゲノミクスが過去の優生学と比べ何が同じで、何が違うかを解説しているのもよかった。

ゲノムに対するこれら立場の違いが、本の主題(ゲノムは社会的平等にどういう意味を持つか)にとっては重要になる。最後の章では、社会ゲノミクスが社会的平等を獲得するために不可欠であるとし、優生学への嫌悪感からゲノムを考慮しようとしない社会科学者をgenome blindとまで言っている。ゲノムを見ないことで、社会科学者は何を見落としているのか、この本は一般向けだけではなく、同業者にも重要なメッセージを発しているように思える。

著者も違うため単純に比較はできないが、過去数年に出された社会ゲノミクスの本に比べて、GWASがもたらす科学的な知見をエキサイトメントとして捉える傾向が若干抑えられてる一方、分かったことが社会科学やパブリックなテーマにとって、どういう意味を持つかという点が強調されてて、ちょっとメタな視点が入っているように思えた。

というわけで、こういう本が一般向けに出たことは分野の成熟を示しているようにも感じる。第一線の研究者がパブリックな言説も踏まえて一歩引いて議論しているので、様々な分野の人に読まれると思うし、社会階層論の今後の研究を考える上でも、とても重要な文献だと思う。

プラクティカルには、近接分野の人に対しても社会ゲノミクスの重要性を理解してもらえないと、間口がこれ以上広がらないステージに来てるのかもしれない。実際に教えてて、社会学専攻の学生に「社会学にとってどういう意味があるの?」と聞かれるので、そろそろしっかりとした答えを用意する段階かもしれない。

面白い本だと思ったのですが、突き詰めると彼女の主張としては遺伝も社会階層論でいう親の職業や幼少期の家庭環境といったfixed at birth, 自分では選べないもの(であるからそこで生じる格差は縮めるべき)という話なのかなと思いました。そうすると、概念としては出身階層としてまとめられる気もして、既存の分析枠組みにすっぽり入ってしまう感じもします(それはそれでいいのですが。

Hardenさんがロールズ正義論を持ち出して遺伝的不平等の是正という主張を出しているところは、政治哲学に詳しい人が読むと若干ナイーブな気はします。授業で教えてても感じることですが、遺伝率の高さやそれにもかかわらず環境は大事という話を(Jencksの批判)を紹介しても、学生の意見は結構多様です。社会学部の授業なのでリベラルな人が多いですが、哲学的に功利主義的なバックグラウンドを持っている人は、遺伝的ポテンシャルをどう行使するかに人の責任を見出してて、書評で触れられているノージック的な立ち位置に近い気がします。ゲノムについて一生懸命教えても、結局それ以前に形成されている政治的な態度によってその解釈も変わってしまうところがある気がして、既に存在している政治的な意見の対立の中に遺伝が入ってしまう気がします、そうなると結局またイデオロギー論争が繰り広げられ、社会科学でもまた受け入れられないのでは、そんな気がしています。

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