この論文ではロック音楽に対する意味付けの男女の違いについて考察している。これまで、男性的とされたロックを好む女性のファンはAngry young womenというフレームで語られてきた。今回は、そのジャンルへの解釈を対象に対象にした分析がなされる。
男女を対象にした分析の結果、音楽に対する解釈は男女で違いがあることが分かった。女性は、ロックのplausability/authenticityを決定する際に、作品と演奏者の経験の一貫性を求めている。特に彼女らは演奏者のステージ上とその外のライフスタイルの一致を求めている。その一方で、男性はそうした「本物」かどうかの一貫性を必ずしも求めないことが報告されている。また、男性は演奏者のジェンダーと自らのそれの関係を強調しようとせず、この意味でジェンダーは重要な役割を果たしているとは言いがたい。さらに、女性にとっては歌詞は演奏者と作品の一貫性を担保するのに重要なものとして考えられているが、男性にとっては、歌詞はそのような意味を持たない。こうして、シンガーをロールモデルと捉えるかにおいて男女差は激しいことが分かる。以上から、音楽との関係において、女性は自分の女性というアイデンティティをそれを理解するためのリソースとして用いていることが主張される。
McRobbie, A. And Garber, J. (1978) Girls and Subcultures, in Hall, S and Jefferson, T. (1993) Resistance Through Rituals, London, Routledge, republished in McRobbie, A. (1991) Feminism and Youth Culture, London, Macmillan, 1-15.
この論文では、サブカル研究において見落とされてきた女性を対象に議論を進めている。これまでの研究が謎それを見落としてきたかというと、筆者らによれば、逸脱研究やそれをもとにしたメディアの反応がサブカルのセンセーショナルな部分にのみ注目してきたためであるという。その結果、サブカルの暴力的な側面ばかりが取り上げられ、女性たちの文化実践は周辺に追いやられていったという。実際には、当時の女性は男性に比べて賃金も低く、その使い方も男女で違いがあった。女性たちが接するメディアは家庭を強調したり女性らしさを称揚するものが多く、さらに外に出て行くことで男性たちに性的な対象として見られることもあった。この意味で、確かに女性たちは男性に比べてマイナーな役割を持つに過ぎなかったかもしれない。しかし、上述のようなサブカルの取り上げ方によって、予言の自己実現的にイメージが増長していった。実際には、Motor bike girl, The Mod girl, そしてThe hippyの三種類のタイプの女性のサブカル実践があったとされている。筆者は男女の間の構造的な不平等と女性に対するステロタイプを認識することで、安易な理解になってしまうことに警鐘を鳴らす。
Heemskerk, E. M. 2011. “The Social Field of the European Corporate Elite: a Network Analysis of Interlocking Directorates Among Europe's Largest Corporate Boards.” Global networks 11(4):440–60.
この論文では、ヨーロッパの株式市場に上場する上位300社のinterlocking networkを検証している。EUの成立は企業間の国境を越えた交流を容易にしたように思える。1990年以降、cooperate boardには国籍の多様化が進んでいるという知見がある一方で、国内における国境を越えたネットワークは20世紀の後半で大きく変わらなかったという知見もある。筆者によれば、EUの拡大が企業間の国境を越えたネットワークの構築に寄与しているという知見を引き出すのに難しい要因として、企業のinterlock自体が減少していること、および国内法におけるレギュレーションの強さがあることを挙げている。このような状況を踏まえ、ヨーロッパにおけるinterlocking networkが存在するかを分析する。本論文では、三つの問いが立てられる。第一に、ヨーロッパ全体を単位として、boardの兼任が見られるかを検証する。次に先行研究を踏まえて、financeが中心にいるかを確認する。第三にさらに、企業単位ではなく重役同士のcohesive networkが見られるかを検証する。分析の結果、ネットワークはドイツとフランス、イギリスを中心に半分以上の企業が位置しており、特にフランス・ドイツ間のinterlocksが強いことが分かる一方でイギリスとオランダの企業も中心に位置している。また、ヨーロッパの企業間ネットワークではfinanceが中心には来ていない。最後に僅か16人で半分以上のinterlockを占めるold boysたちの存在が確認された。
Mizruchi, M. S., and L. B. Stearns. 1988. “A Longitudinal Study of the Formation of Interlocking Directorates.” Administrative Science Quarterly 194–210.
この論文では、アメリカの産業系大企業22社のinterlocking networkを56年から83年までの時系列データで分析している。特にこの論文では、企業のアウトプットとboardにおけるfinancial institution出身の代表の関係を探っている。従属変数をboardにおける後者の数、独立変数を会社の規模、長期的な支払い能力、会社の収益の三つに設定、及びcontextual variableとして資本の必要性、資本の欠如、経営拡大期の契約数及び、交互作用項が検討された。イベントヒストリー分析の結果、支払い能力、収益、需要、及び需要と利益、拡大期、資本欠如の交互作用が有意な効果を持つと認められた。
Mizruchi, M. S. 1996. “What Do Interlocks Do? an Analysis, Critique, and Assessment of Research on Interlocking Directorates.” Annual Review of Sociology 271–98.
interlocking network研究の第一人者によるサマリー。この論文では、はじめにinterlocking networkが発生するメカニズムについて、同一産業内のCollusion(結託)、企業にとっての錯乱要因たる要素を意思決定過程へと吸収するcooptation(具体的にはfinancial institutionの役員を迎え入れることで負債というリスクを減らすなど)と役員はある企業が別の企業を監視するために派遣されるというMonitoringのメカニズムが紹介される。さらに、個人レベルでは、威信やコンタクトの獲得を通じた社員の出世のために行われるという説明が紹介される。最後に、ミルズのパワー・エリートの議論の延長で、Board上のネットワークはアッパークラスの紐帯の反映だとする見方も紹介される。以上が説明された後でinterlockの結果がどのように解釈されるかを紹介する。まずは先ほども紹介されたように、これを企業同士が互いをコントロールしている指標として見ることができる。次に、interlockをネットワーク上に埋め込まれていることへの指標として解釈する見方が示される。最後に、longitudinalな調査の紹介、及びinterlock研究に対する批判が紹介される。ちなみに、cooptationというメカニズムによる説明では結果が曖昧になることが多く(つまり仮説が支持されたり支持されなかったりまちまちになる)、それをinterlockとprofitabilityの因果の関係が不確かだということを反映しているという主張は、社会科学ではよくあるが面白いと思った。メカニズムと因果推論が相互に依存しあっていることがよく分かる例である。
Nee, V., and J. Sanders. 2001. “Understanding the Diversity of Immigrant Incorporation: a Forms-of-Capital Model.” Ethnic and Racial Studies 24(3):386–411.
この論文では、ColemanやBourdieuにおける資本の移転可能性に着目して、移民とその家族における資本が彼らの移民先での就業にどのような影響を与えるかをイベントヒストリー分析で考察している。就業に関しては起業など移民がつきやすい四つの職種別に検討されている。分析の結果、到着時に経済資本や文化・人的資本が少ない移民はエスニックコミュニティ内で仕事を見つける傾向にあること文化・人的資本を持つものはより広い労働市場で就業できることが分かった。また、移民時とその後蓄積された資本がtrajectoryに影響を与えることが分かった。
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