May 23, 2022

研究観

 一時帰国してから、日本の研究仲間とご飯を食べながら話している。さながらパンデミック前に戻ったかのようだった。

今日もそんな日で、友人の研究者と話していて、何がいい研究なのかを評価するのは難しいと言う話になった。普段はあまり話さない内容だったので、少しここにも書いておく。

発端は、英語論文を書くべきなのかという、日本の社会学ではよくある話をしていたところから始まる。日本の社会学では、まだ日本語で論文を書くカルチャーが強い。英語で書こうとしている人も増えているが、いかんせん国内大学では英語で論文を書くトレーニングを受けていないので、実際に書いている人はとても少ない。

そういう話をしていると、なんとなく「英語論文=すごい」であったり、いわゆる「国際誌」に投稿する研究者の方が優れている、みたいな考えになりがちである。人間は希少なものに価値を置く。

アメリカの大学院にいてこんなことを言うのは矛盾しているかもしれないが、個人的には「必ずしも」そうではないと思う。本来は書く言語によって研究の質が決まるわけではないからだ。しかし「必ずしも」という言葉をつけているのは、現実としては日本語の雑誌よりもいわゆる「国際誌(英文雑誌)」に書かれている論文の方が、質が高いものが多いと私は思うからである。

ところで、個人的には「国際誌」というジャンルは言葉としてはあっても、現実にはほぼ意味をなさない呼び方だと思っている。この区分は、日本語論文とそれ以外の論文を対置させたがる日本のアカデミアに顕著な分け方なのではないかと推測している(が他の国のことは詳しくない)。アカデミアにあるのは「アメリカ」や「日本」といった国や地域(を単位とする学会)で括られる雑誌であり、英文雑誌でそうした境界を超えているものはサブフィールドごとの、つまるところ「業界誌」であると思っている。

もう一つ加えると、アメリカの(社会学の)研究観のもとでは、「英文雑誌」という括りも存在しない。英語の雑誌しか読まない彼らにとっては、全てが英語論文に等しいので、そんな区分は意味をなさないからだ。その上で、トップスクールを中心に、アメリカの一般誌(ASR/AJS/SF)+フィールド誌(業界誌、Demographyなど)+一部の地域誌以外のジャーナルは「ジャーナルではない」という研究観も存在する。

こういう考え方は、正直言うと好きではない。その一方で、この考えは研究に一定のクオリティを求める考え方と一緒になっており、アメリカのトップスクールの競争的な環境は自分が好きな部分でもあるので、なかなか一言では表し難い感情を抱いている。

なぜだろうか。自分は色んな研究観があっていいと思っているからであり、アメリカのトップスクール由来の価値観が支配的になる必要は全くないと思うからだ。英語のトップジャーナルを目指す人がいてもいいし、ランキング拘らずコツコツ載せる人がいてもいいし、日本語の雑誌や書籍をメインに書く人がいてもいい。一番やりたい研究に適した媒体がそれぞれあるはずだ。

ただし、現実にはアメリカのトップジャーナルの質は高いし、研究環境も一番競争的なので、彼らから学ぶことも多い。このように質の高い雑誌のオーディエンスは一部の国に偏っているため、そうした雑誌に論文を載せようとするとアメリカのオーディエンスが面白いと思ってくれる問題設定を選ぶことが合理的なアプローチになってくる。

理想論を言えば、アメリカのオーディエンスに媚びた論文を書く必要はないと思っている。あまりに媚びすぎると、アメリカを中心とする既存研究で自明視されてきた考えを自分も内包してしまうからだ。トップジャーナルに載る論文は、既存研究の考え方をいい意味でひっくり返すような新しい貢献が必要になる。そうしたちゃぶ台返しをできるようになるためには、既存研究を批判的に読む必要がある。

アメリカなどでトレーニングを受けても、アメリカのオーディエンスを過度に意識したモノマネのような論文をそうした雑誌に書く必要は全くない。できれば、既存のアメリカの知見を引用しつつ、その議論をちゃぶ台返ししたり、新しい視点を加えるようなオリジナルな研究をする人が日本にも増えてほしい。自分の理想は、日本の社会学部に、アメリカのトップスクールなどでトレーニングを受けた人が半分、日本で博士を取った人がもう半分を占める状況である。そうした環境が実現できれば、日本の大学院で博士をとっても英語でオリジナルな議論をトップジャーナルに掲載できる人が出てくるかもしれない。

そのためには、英文雑誌を一括りにせず、自分はどの雑誌をターゲットにするのか(トップジャーナルなのかフィールド誌なのか、アメリカの雑誌なのかそれ以外の国の雑誌なのか)を明確に考え、大学院のトレーニングに落とし込んでいく必要があると思う。

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