June 22, 2018

PopFest-Oxford-2018

6月19日から21日まで、University of OxfordのNuffield Collegeで開催された26th Annual Population Postgraduate Conference、通称PopFestに参加してきた。

どのようにしてこのカンファレンスを知ったかについては、あまりよく覚えていないが、評判としては、ヨーロッパの大学院の博士課程に在籍している院生中心の集まりとして、ネットワークの側面が強いということを聞いていた。単に授業を聞くだけではなく、自身の研究を発表する機会もあり、予算があるうちにいってみてもよいかなと考え、参加するに至った。

カンファレンスの構成としては、10セッション・35報告のオーラルに加えて、1セッション・10報告のポスターセッションは全て院生の研究発表の時間。セレクションに当たって、多少のrepresentationに配慮があったのかもしれないが、3分の1はイギリスの大学、残りの3分の2は主としてヨーロッパの大学(ドイツ、イタリア、スペイン、スウェーデン、スイス、ノルウェー、フランス)に所属、私を含め若干の非ヨーロッパの所属(ナイジェリア、南アフリカ)だった。

これらの報告に、Oxford関係の教員による3つのKeynote、3つのWorkshopが企画された。当初、Keynoteとworkshopの違いがよくわからなかったのだが、おそらく、後述するように後者はcausalityに焦点を当てたオーガナイズをしたのだと思う。

カンファレンスのオーガナイザーは、Nuffield Collegeに所属する社会学の院生が中心だった。同じ社会科学系の大学院生が所属するカレッジであるSt Antony'sに比べて、Nuffieldには予算が豊富にあると聞いていたが、実際、今回のカンファレンスも後援には社会学部の他にNuffieldの名前があり、報告会場からフォーマルディナーまで、一連のイベントは全てNuffield College内で開催された。同じ社会学部でも、両カレッジに所属する、ないし出身の人には志向性というか、パーソナリティの違いのようなものも感じるのだが、それについても後述する。

大まかな感想としては、期待以上の内容だった。友人から聞いていたのは、院生のネットワークが中心で、議論はそこまで深くできるわけではないというものだった。しかし、実際には、それぞれの報告も博士論文の一部として進められているものが多く、刺激的だった。さらに、教員による6つのレクチャーが用意されており、こちらも社会学・人口学において近年注目を集めているトピックに焦点を当てており、非常に勉強になった。

特に、workshopについては、causalityに焦点を当てたもので、社会学・人口学における因果の問題について考えさせられた、想定外の機会となった。加えて、KeynoteのBreen教授の話も、因果に関するものだったため、結果的にはそれぞれの分野におけるトップランナーである4人の研究者から、因果に関する講義を受けることになった。

例として、最終日のFelix Tropfさんによる、sociogenomicsの話。すでにConleyさんのgenome factorは読み通していて、社会科学においてゲノムがいかに受容されているのかについては、なんとなくわかっているつもりではあったが、Felixさんのトークはゲノムを因果の中に位置付けて体系化したものだった。具体的には、ゲノムがこれまでの社会科学において関心のあった因果関係にもたらす影響は、以下の4つであるという。

(1)ゲノムが交絡要因である場合
これまで、XとYの間には因果関係があると想定されてきたが、ゲノムを交絡要因として統制すると、両者の関係が消える場合。具体的には、母親の第一子出産年齢と子どもが統合失調症にかかるリスクにはU shapeの関連があるとされてきた(若い母親のもとに生まれた子どもと高齢の母親のもとに生まれた子どものリスクが高い)。しかし、実際には統合失調症のリスクが高い母親は若年・高齢の出産をする傾向にあることがわかった。

(2)ゲノムの効果が環境によって異なる場合
genome factorを読んだ限りだと、Conleyさんたちはゲノムで全て決まるわけではなく、実際にはゲノムと社会環境が相互作用するのだ、と主張していたように思う。もしかすると、遺伝決定論などを相対化するために、この点を強調したのかもしれない。Felixさんのまとめによると、これもゲノムが社会科学的な研究に貢献する点の一つということだと理解した。

(3)ゲノムが操作変数の場合
ゲノムがXには影響するがYには影響しないと仮定できる場合には、XがYに対して与える影響を因果的に推定できるため、ゲノムは操作変数になり得る。ただし、一つ一つのSNP(single-nucleotide polymorphisms)とXとの関連が小さい場合が多く、その際には遺伝要因がweak instrumentになる危険性がある。

(4)ゲノムが新しい形でYに影響する場合
この点はまだFelixさんも考えているということだったが、例えばあるゲノムの違いによってライフコース上のアウトカムの差が拡大するのか、縮小するのか(社会階層論で近年注目を集めているaccumulation of (dis)advantageの議論)という点に関心があるようだった。

このように整理されると、確かにゲノムがこれまでの研究にもたらすインパクトは大きいように思われる。ただ、質疑応答の時に、ある遺伝子の発現が、phenotypeではないレベル(社会学などが関心を持つアウトカム)と関連を持つ場合に、両者の関連は(それが因果的であるとすれば)どのように説明できるのか、という質問があった。Felixさん自身の回答は、現在sociogenomicsの研究者はそのlinkについて取り組んでいる最中というものだった。ある遺伝子の発現ならわかるが、polygenic scoreのようなものを使用した場合には、結局のところ、なぜ遺伝リスクと社会人口学的なアウトカムの間に関係が生じているのかは、ブラックボックスのままになってしまう気がする。こうしてまとめていると、自分でもまだわからないことが多いことに気づくので、帰国後に開く勉強会などで不足を補いたい。

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あるいは、2日目のKeynoteをしてくださったBreenさんの報告タイトルは、Some Methodological Problems in the Study of Multigenerational Mobility. わかる人にはわかるが、このタイトル、Duncan(1966)のMethodological Issues in the Analysis of Social Mobilityを意識している。

レクチャーでは、Judith Pearl流のcausal diagram (directed acyclic graph, DAG)アプローチで、三世代以上の社会移動研究の問題を3つ指摘していた。

(1)親子の間の交絡
三世代社会移動研究のメインの主張は、祖父母世代(G1)が子ども世代(G3)に対して、祖父母世代(G1)が親世代(G2)を通じて子ども世代(G3)に与える間接効果を考慮してもなお、祖父母世代が子ども世代に対して直接的な効果を持つ、というものである。

ここで、G1をX、G3をYと考えると、間接効果は親世代Zを通じて影響する媒介効果としてみなすことができる。この際、XからZに対してパスが、ZからYにパスが出ることになるが、ZとYの間、すなわち親世代と子ども世代の間になんらかの観察されない交絡要因Uがある場合(遺伝や富など)、X→ZとU→Zの間でcolliderが生じることになる。こうなると、適切に因果効果を推定できない。Uは複数存在する可能性もあるし、仮にそれぞれの世代における居住環境R1, R2, R3がそれぞれX, Z, Yに影響している場合、R3→Yの間とX→Yの間にもcolliderが生じる。

(2)親世代における子どもの条件付け
ここまで、三世代の移動に対して再生産の側面があることを考慮してこなかったが、実際には、祖父母世代が子ども(親世代)を持ったとしても、その親世代が子どもを持たないことはありえる。子どもを持つかをCとすると、Z(親世代)の教育達成などは子どもを持つかに影響すると考えられる。さらに、X→Zのパス以外に、Xが持つなんらかの特徴Vが子どもを持つ確率に影響するかもしれない。この場合、V→CとZ→Cの間でcolliderが生じる。

(3)メカニズムの条件付け
三世代社会移動研究では、G1からG3への直接効果に関心があるが、そもそもG1がG3が生まれる前に死んでしまう場合と、一緒に生活を共にする場合とでは、効果が異なるかもしれない。このexposureの側面は、これまでの多世代社会移動の研究者にも共有されてきたが、例えばG1の教育達成XがG1世代が生存する要因に寄与するEgに対して影響しているとする。同様に、G2世代の学歴からパスが生じるEpも、もしかすると親の生存に影響するかもしれない。この場合EgとEpがG1世代の生存Sにおいてcolliderとなってしまう。

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学歴と出生の関係や、学歴移動といった社会学(社会階層論)、人口学が関心を持ってきた領域に対して、遺伝や多世代移動という新しい視点が加わりつつある。そして、これらの新しい視点に共通するのは、因果を明らかにしようとする姿勢にあると感じた。おそらく、10年くらい前であれば因果推論的な考え方自体が社会学では新しかったと思うが、徐々に因果推論やエコノメの知識はスタンダードになりつつあり、これらを知っていることを所与とした上で、既存の研究分野にアップデートを試みようとする動きなのかな、という感想を3日間カンファレンスに参加しながら思い浮かべた。

もっとも、カンファレンスのこれらの企画には、オーガナイザーの意向が反映していることも違いないだろう。今回はNuffield Collegeの学生が中心になって組織したことは先に述べたが、上に紹介した二人以外にも、ワークショップではSir David Cox先生がRCTに関する懸念を述べたり、Nicola Barbanさんがsequence analysisと因果推論を組み合わせた報告をしてくれたが、両名とも、Nuffieldの関係者である。4年前に参加したSorenson Memorial Conferenceの時にも感じたが、Nuffield Collegeのメンバーは、社会科学の一分野として、社会学的な研究をしているような気がする。これに対して、St Antony'sの学生や教員は、より地域の文脈を意識した研究をしていると思う。両者の違いがCollegeの伝統に帰すると言ってしまえばそれまでだが、その伝統が実際の研究においてどう顕在してくるのかと考えると、今回のカンファレンスの内容はそれなりにしっくりくるものだった。

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最後に、カンファレンス全体の雰囲気などをいくつか。院生中心のカンファレンスの良いところは、地位や利害めいたものに縛られることなく、フラットな関係を築けるところだと思う。全員の顔がみえるサイズの集まりなので、ちょっとした同級生感覚も芽生えてくる。気の合う人を見つけることができれば、3日間という時間は仲を深めるにはちょうどいい時間だと思う。あるいは、今回の学会でそこまで話さなかったとしても、将来的に別の機会で出会った時に、思い出話をすることもできるかもしれない。サマースクールも似ているところはあるが、今回のカンファレンスでは、オーガナイザーの人たちがキャンパスツアーやディナーもアレンジしてくれて、研究以外に、将来的なキャリアの話や、それこそパブでするようなくだらない話もすることができた(丁度W杯が開かれていたので、最終日にパブでアルゼンチン-クロアチア戦を見たのがいい思い出になっている)。やはり長期休暇にはこういった集まりに参加して、ネットワークを作ることは楽しいし、多分将来的なキャリアにも少しは役に立つだろう。

個人的には、今回の報告も含め、ヨーロッパで人口学的な研究をしている若手の人に出会えたのが収穫だった。アメリカに行ってしまうと、アメリカ内で移動することはあっても、ヨーロッパの人と会えるのはPAAとRC28くらいになる。とはいえ、日本で生じている新しい家族形成の話を、アメリカだけと比べることには無理があり、どちらかというと先行研究もヨーロッパのそれを参照しており、研究報告以外でも、例えばスウェーデンにおいて同棲と結婚の違いがどう認識されているかなどを、現地の院生から聞けたのはとても勉強になった。

最後に、開催場所がNuffieldだったのは、今回参加を決めた大きな理由だった。やはり、自分にとってNuffieldは憧れの場所であり続けている。4年前に参加した時は学部生だったが、今回は博士課程の学生として報告をすることができた。今回のカンファレンス参加を通じて、いつかポスドクなどの機会を使ってNuffieldに籍を置きたいという気持ちがさらに強まったことは間違いない。しかし同時に、Nuffieldは自分の現在地を考える際のreference pointにもなっている気がするので、こういった形でたまにくる方が良いのかもしれない。


関連文献
Chan, Tak Wing and Boliver, Vikki 2013. "The grandparents effect in social mobility: evidence from British birth cohort studies." American Sociological Review 78(4): 662-678.
Elwert, Felix, and Christopher Winship. 2014. “Endogenous Selection Bias: The Problem of Conditioning on a Collider Variable.” Annual Review of Sociology 40:31–50.
Elwert, Felix. 2013. “Graphical Causal Models.” Pp. 245–73 in Handbook of Causal Analysis for Social Research, S. Morgan (ed.). Dodrecht: Springer.
Liu, H. 2018. "Social and Genetic Pathways in Multigenerational Transmission of Educational Attainment." American Sociological Review, 83(2), 278-304.
Mehta, D, FC Tropf et al. 2016. Evidence for Genetic Overlap Between Schizophrenia and Age at First Birth in Women. JAMA psychiatry 73(5): 497-505.
Tropf, FC, JJ Mandemakers. 2017. Is the association between education and fertility postponement causal? The role of family background factors, Demography 54(1): 71-91.
Tropf, FC et al. 2018. Hidden heritability due to heterogeneity across seven populations. Nature Human Behaviour.

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