June 11, 2018

人と一緒に住むということ

最近、周囲から誘われるがまま、面白そうな研究を相互に関連なく研究している気もするのですが、日本における家族を考える際に、「人と一緒に住むということ」に着目すると、それらのつながりも見えてくるのなと思い、ちょっとメモがてら書いてみます。

ことの発端は、先日のRC28で報告した親同居と結婚形成の日韓比較の論文。日本では、結婚前に親と同居することが非常に一般的であることが知られています。社会学者の山田昌弘さんは、こうした親元に留まる若年未婚者層を「パラサイト・シングル」と呼び、高度経済成長を経てかつてよりも親子ともに豊かな生活を享受できる中で、子どもは独立することによって親元で得ていた豊かな暮らしから離れたくないために、未婚化が生じているとしました。

非常にざっくりとまとめると、そういう主張です。実際、最近のコーホートでは、親同居と結婚への移行は負の関連があります。ただし、なぜ親同居が結婚への移行を阻害しているかというと、経験的にはまだ分かっていないことが多いのかな、というのが所感です。

でも、考えてみると、他の先進諸国に比べると、なぜ日本や韓国では結婚前の親元同居が多いのか?に対する説明には、これまでの研究は儒教規範や、文化的な規範みたいな説明をしがちで、少しストレスが溜まっていました。

山田先生の説明だと、なぜ若年未婚者は親元に留まるのかという問いに対して、親のスネをかじりたいからというわけですが(そこまでは言ってないですが)、なぜ西欧諸国に比べて日本では親元同居が多いかの説明はあまりしていなかった気がします。親のスネをかじりたいのは、万国共通な気がするので、その説明は、国ごとの差を説明していません。

私の考えだと、それも結局のところ儒教規範の一つじゃないかと言われそうですが、やはり親側も子どもが留まることに対して、何かしらメリットがあるので、無理に追い出さないんだと思うわけです。典型的には、跡取りということになります。子ども数が減っている現代では、女性でも一人っ子、あるいは女性だけのきょうだいの長女、という人はいるわけで、親としても「何かあった時のために」無理に自立を促進しない動機はあるだろうと考えられます。それが日本で顕著で、(アングロサクソン、北欧、一部大陸ヨーロッパの)西欧で顕著でないとすれば、「何かあった時」のサポートが、国や民間ではなく、家族に期待されている部分が大きいのではないかと思います。

このように考えていくと、単に親と同居していると結婚しにくいだけではなく、親と同居している子どものうち、家系の継承が期待される(つまりケア役割が期待される)子どもの方が、同居の影響は強いかもしれない、と考え始めました。

そう考えているうちに、別の研究プロジェクトで出生動向基本調査を調べる機会があり、結婚と親同居について、もう一つの視点があることに気づきます。それは、結婚相手の親との同居です。

日本では、長男が家を継承することが期待されますが、家庭内におけるケア役割を期待されるのは「長男の嫁」です。したがって、昔は長男と結婚すると相手の実家に嫁ぐことになるので、それを嫌って長男との結婚を避けるような話もありました(現在でも、女性で相手が長男かどうか考えている人はいるかもしれません)。

とはいえ、全ての女性が等しく相手の親との同居を避けようとしているわけでもありません。出生動向基本調査(旧名称:出産力調査)では、第8回(1982年)から第10回(1992年)の間に、独身者に対して「相手親との同居意向」を尋ねていました。質問内容は調査回によってブレがあり、結局第11回調査からはなくなっているので、当時の調査メンバーだった方も、迷いながら入れたのかもしれないなと思います。

この質問をみると、きょうだい構成によって相手親との同居意向は異なってきます。現実的に相手親との同居が問題になるのは、この頃はもっぱら女性だったと考えられるので、女性の結果についてみます。第9回調査では、一人っ子の女性の場合、結婚相手の親との同居をすると答えた人は48.8%で、きょうだいがいる女性(60.8%)に比べると低いです。これに対して、相手親との同居を「したくない」と回答した人の割合は一人っ子では43%、それ以外では32.6%になっています。

第10回調査でも同様の質問をしており、一人っ子の場合に相手親との同居をしたくないと回答した女性は45.1%と前回調査よりも微増。女姉妹だけの長女も4割が同居をしたくない。その場は33%となっており、全体として同居をしたくない人が増えているようにみえます。

その後の調査ではこの質問がなくなってしまったので、現在はどうなっているのか、測りかねますが、1980ー90年代の未婚者に限っても、きょうだいがいない長女は、きょうだいがいる長女や他の女性よりも、相手親との同居をしたくないと考える傾向にあったことは面白いです。これは、裏を返せば男きょうだいがいなければ自分が面倒を見なくてはいけないことを内面化していると考えられます。実際、同調査の結果から男性のきょうだいがいない場合、女性は自分の親との同居を希望する傾向にあります。

このように考えていくと、「パラサイトシングル」の仮説は、どうも個人主義的な子ども像というか、自分の生活水準を下げたくないことを念頭に置いた説明をしているような気がしてきました。実際には、親と同居する子どもは、結婚後も親との同居を考える必要がないわけではなく、さらにそれは男きょうだいがいない女性と、そうでない女性の場合には、大きく異なる可能性があります。親との同居と結婚への移行を考える際に、そうした文脈も考えてみる必要があるなと思った1日でした。

「人と一緒に住むということ」の話はまだ続くのですが、親同居と結婚の話に限って言えば、日本ではケアが家族によって提供されることが期待される傾向が強いために、より「人と一緒に住むこと」がウェルビーイングに関わってくる気がします。更に言えば「誰と」一緒に住むかが非常に重要で、きょうだいなし長女の場合には、長男と結婚して相手親のケアを期待されるのか、親と別居するのか、それとも自分の親の面倒を見るのか、という可能性を考慮する必要が大きいかもしれません。また、「どのように」住むかを考えることも重要で、同居なのか、近居なのかによって、親子関係によって得られるコスト・ベネフィットは異なってくるでしょう。

パラサイトシングルも、長男の嫁も「人と一緒に住むということ」が個人の生活に何をもたらすかという視点では、(少なくとも日本では)同じ土台で議論したほうがよい気がします。

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