December 17, 2016

固定効果モデルに対する疑問へのちょっとした疑問

はじめに断っておきますが、ただの妄言です。

夜に、固定効果モデルに対するちょっとした疑問から出発して、ダンカン、ゴールドソープと巡り、おや、これは石田先生の講演論文とほとんど同じことを言っているな、というところまで気づいた。要するに、観察されない云々を統制した上での(真の)「因果効果」というのは、観察データをベースとする社会学・人口学研究において、いかほどの意義があるのだろうかという。

ただ、固定効果モデルに対する疑問から出発する研究に対しても疑問がある。いわゆる「因果効果の異質性」に関心があるのはわかるのだが、その異質性を解明するために傾向スコアを用いると、逆に何の異質性を見たいのかよくわからなくなってくる。自分の理解では、傾向スコアは次元の呪いを解消するための手立てであり、一方でダンカンがいうような集団間の異質性はもっと(我々がその境界を認知しているという意味で)しっかりした集団なのではないかと思う。例えば、学歴、人種、その他種々の(時不変の)変数で傾向スコアを調整して層化したとしても、その5分類(5分位)ってなんの階層性を表現してるの?となる。ならないだろうか?

因果効果の異質性に対しては、社会学者は我々が境界を認知している(その点で意味があると仮定できる)集団レベルの異質性から出発していくのがよいのではないかと暫定的に、思った。いきなりあれこれ共変量入れて、ハイ調整しましたではなくてね、もちろん、裏ではやってるのかもしれないけどね。

で、自分が暫定的に出した結論は、固定効果との交互作用というちゃっちいもの...
まあ変数によって対応は異なり、例えば結婚年数と結婚満足度みたいに、因果の方向も、なんなら傾きも観察データでもfixされているものに関しては、もっと異質性にアタックしてもいいんじゃないかと考えている。あくまで固定効果モデルはなんらかの処置がアウトカムに与える影響はそれなりにロバストだろうということを確認するための手段くらいでもいいんじゃないかと思う。本当にプログラム評価とかに関心がある、それこそ計量経済学畑の人にしてみれば、いったいどれくらいの効果量があるのだろうかは重要な課題だろうが、社会学者はもっと更地にある集団の異質性に関心があるとしておきたい。

傾向スコアの層化にしても潜在クラスにしても、(まあ、すごいことやってるなという風には見えるのだが)出てきたカテゴリはあくまで目には見えない潜在的なものであって、カテゴリとして顕在的か潜在的かというのは、推定上の問題よりは理論上の問題として、重要になってくる文脈があるなということを感じる。このカテゴリの顕在性、社会の構成員が境界線を大まかに認知しているかどうかが重要なのではないかという点は、先日の数理社会学会で瀧川さんがチェアを務められたセッションに参加している時に感じたことである。意味世界というヤツかもしれない。

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