April 19, 2016

Mary Brinton 1993 Women and the Economic Miracle: Gender and Work in Postwar Japan.

戦後日本経済における女性の役割について人的資本の観点から包括的に検討した本。

戦後、女性の労働市場への参加は日本でも増加している。しかし、先進国と比べて男女格差は様々な点で大きい。この一見すると矛盾に見える自体を解釈すると、強固な性分業が成立したことは日本の戦後経済発展の副産物(epiphenomenon)ではないのだろうか。女性の高い労働市場への参加と男女格差の維持という矛盾を生み出した制度的な背景を探るのが本書の目的となっている。Brintonの主張は、性分業システムは後発産業化の副産物ではなく、戦後日本の社会経済的発展と強く結びついたものであるという。ここでいう制度とは、日本的な文脈では労働市場における「終身雇用制」であったり、教育制度や家族との関連で言及される。

本書は、制度的な文脈が個人の(男女の)経済的な役割に制約を与えると考え、個人は制度的な制約の中で合理的に行為するアクターとして想定されている(p.3)。後発産業化諸国もアメリカや西欧諸国の様な制度的な発展の道をたどるという近代化論的な発想を批判しながら、Brintonは日本を含む東アジアの国々の資本主義が西欧諸国のそれとは異なる独自の発展を遂げているという研究を引用する(p.11)。こうした研究を背景に、本書では日本経済における女性の二重の役割に着目している。一つが年齢に強く規定される形での労働参加、もう一つが家庭において夫や息子の人的資本形成に寄与する役割である。筆者は、人的資本形成過程における女性の役割という観点から日本社会の発展を紐解く(p.12-13)。

第2章で女性の社会経済的地位や労働市場への進出といった観点から日米比較を行った後、本書のコアである人的資本形成システムについて第3章で解説している。ここでシステムが何を指すのかは明確に定義されていないが、本書を参考にすると男女間で異なる経済的な役割を再生産する「労働市場の構造、教育の構造、そして家族の構造」の三つである(p.72)。こうした複数の領域にわたる構造・制度の組み合わせからなる体型をシステムと考えているのだろう。

本書の関心である資本主義における男女格差、言い換えればジェンダー階層の理論は複数存在する。特に強い影響力を持つのがマルクス主義フェミニズムであり、この理論によれば家父長制や資本主義といった大きな構造がジェンダー階層を生み出すと考える。しかし、筆者はこの理論では、なぜジェンダー階層が異なる近代的な社会の間で異なるかについて説明できるないと批判する。社会学の地位達成理論や経済学の人的資本理論は個人的な要因に着目するものであり、これらもなぜ男女格差が同じ産業化諸国で差があるのかについて明らかにできない。筆者が重視するのは、個人の行為とこれを制約する社会構造の文脈を結びつけるミクローマクロ的な視点である。

例えば、日米間では教育制度が個人の行為に与える影響が異なる。日本では比較的早期に教育トラックが決定する傾向にありアメリカの様に再度異なるトラックに入ることは難しい。したがって、日本においては子供が幼少期の頃のトラッキングが重要であり、そのため親が教育決定に関与する余地が大きいと言える。また、日本の労働市場は企業間移動が少なく、経営者は潜在的に価値のある(=勤続が見込まれる)労働者に優先的にOJTを施す。こうした背景から、平均的に勤続年数が短い女性の場合、個人の能力よりも女性としての平均的な見込みから人事評価の対象にある(統計的差別)。最後に、家族内の交換関係では、日本の家族では女性よりも男性に対して心理的な投資が割かれる。この結果、まず男性よりも女性の方が高等教育を受ける機会が少ない。次に、女性は子供、特に息子の人的資本形成に寄与する役割が推奨される。このように、Brintonは本書で、人的資本形成に焦点を当てながらも、その社会的過程に潜む制度の機能に注目している。このような理論的な背景を整理した後、筆者は日本社会において、いかにジェンダー化された雇用システムや教育制度が成立したかを後の章で説明している。

改めて本書を読むと、Brintonは個人の合理的行為を認めつつ(人的資本形成への投資)、個人の行為を制約する制度的な文脈の存在を重視している。後者は比較を行う社会学者ならではの視点と言えるだろう。その上で、日本社会における人的資本形成システムと結果としての男女格差を生み出す制度を三つ提示している、すなわち労働市場、教育、そして家族であり、この三つが層になって日本の経済発展を支えつつ、男女格差を生み出したシステムであったと主張している。

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