阿藤誠 (1997) 「日本の超少産化現象と価値変動仮説」 『人口問題研究』 第53巻 1号 pp.3-20
日本の合計特殊出生率は伝統的多産体制から近代的少産体制への出生力転換を終えた後、10数年間は人口置換水準近傍を維持していたが、1970年代半ばに置換水準を割って以来、今日まで新たな低下局面に入った。この70年代半ばの20年間の出生率動向は振り返ってみれば、2つの期間に分けることが出来る前半期の1973-1984年の出生率は人口置換水準以下に低下していたものの、一時的ではあれ反転の兆しを見せ、84年には1.81を記録していた。これは当時の先進国中最も高い出生率をもつイギリス・フランス・アメリカなどと同じである。しかし、後半の1984年から95年は一直線に低下を続けた。89年以降は人口動態統計史上の最低記録を更新し続け、95年には1.42となった。
こうした70年代半ば以降の出生率の低下の人口学的要因は比較的明らか、→未婚率の増加による優配偶率の低下(シングル化)、世代が若返るほど平均の未婚期間が延びている
未婚期間の伸びは続いているために平均初婚年齢の上昇が進む結果となる。それではこうしたシングル化・晩婚化と主としてそれが引き起こした出生率の低下にはどのような関係があるのか?
出生率低下の説明には二つの仮説がある
1. 技術論的アプローチ(近代的な避妊法の普及)
2. 経済学的アプローチ
ベッカーら 女性の雇用機会が広がり、その賃金水準が高くなるほど子育ての時間コストが上昇し、女性が子子育てよりも雇用労働を選択することになり希望子ども数が減少
70年代半ば以降の日本では1.は有効ではない。この時すでに望まない出産の水準は著しく低かった。←中絶の容認?
2.は非常に有効→戦後男女の高学歴化、女性の労働力化がこの時期のシングルか晩婚化に寄与したことは間違いない。
Butこれだけで本当に問題の説明は可能か?
これら技術的経済的理由以外に文化的要因が挙げられることは少なくない
非先進国→ex経済発展の違いがあっても同じ時期に出生率低下を経験する傾向のある
→先進国の出生率低下も文化的な要因で説明できるのでは?
(2)西欧における価値変動仮説
価値変動仮説とは?
西欧 17世紀— 夫婦関係を中心とする家族観、子どもの社会的意義→19世紀にこれがさらに強まることに。近代家族の誕生(Shorter 1977) 夫婦による「責任ある子育て」が奨励→子ども中心主義(Van de Kar)
ベビーブームの謎
1960年代以降の第二の人口転換(Van de Kar)
世俗化=個人主義化のながれ
若い世代が自己実現欲求を最高の価値とするようになった
帰省の宗教や道徳に縛られなくなり、集合的な利害への関心を弱め、性行動、同棲、結婚、離婚、中絶、出産時期、子どもの数など再生産に関わる行動を個々人の人生におけるオプションとして選択するようになり、自分の人生を犠牲にしてまで子供を持つことをしなくなった
子ども中心主義からカップル中心主義へ
(3)日本における価値観の変化
1.宗教観一般的道徳観
→戦後の日本人の一般的道徳観の変化は極めて緩やか
宗教観の弱体化とともに個人主義化は進んでいるが、自由が何者にも優先するとは考えてはいない
2.個人主義対絶対主義
親扶養義務・男女の役割意識・男女観・→親子、夫婦男女観の変化が認められる・
3.性・結婚・離婚に関する価値観
すべてにおいて寛容に
4.出生規範
低下率はわずか
(4)価値観の変化とシングル化出生率低下の関係
目的:近年の未婚が現象を家族形成過程における男女関係の親密性に関わる行動変化にすなわちパートナーシップの変化から明らかにしようとする
男女関係に関する行動パターンが未婚・既婚といった枠を越えて女子全体としてみた場合にどのように変化しているのか。その結果1990年代を通じて成功経験率もパートナーのいる人の割合もほとんど変化がなかったが、パートナーと同居している人、及び子どもを生んだことのある人の割合が大きく減少していることが分かる。婚姻率はパートナーとの同居割合の指標にほぼ一致し、同調して低下している。すくなくとも女子に関して言えば、今日の未婚化は交際機会の縮小を反映していると言うよりもパートナーシップのあり方が婚姻同居型から非婚非同居型に移行する過程にあるといえる。欧米諸国では非婚同居型が言える。この遺恨は日本や南欧など一部の先進国に特有なパートナーシップといえる
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