April 18, 2018

【読書メモ】氏と家族―氏(姓)とは何か

増本 敏子・井戸田 博史・久武 綾子,1999,『氏と家族―氏(姓)とは何か 』大蔵省印刷局


日本でもいよいよ夫婦別姓制度の実現に向けた市民レベルでの動きが活発化しているこの頃、心情的には夫婦別姓に賛同しつつも、多勢に流れるのなんかな、、、というしょうもない動機から読みはじめました。

この手の本は政治的な主張を織り込まれることもあるので、著者のバックグラウンドについて最初に確認しておきます。3人の著者はそれぞれ法学者、弁護士、歴史学者となっており、日本における氏や姓(カバネ)、苗字といった現代では同義に用いられる言葉の歴史的な起源や、戦後民法の制定過程、あるいは法律事務所に寄せられた各事例なども紹介しており、総じてバランスのとれている議論となっているという感想を持ちました。

ただし、本書自体は法令解説雑誌である「時の法令」の連載を基にしているため、トピックはバラエティに富んでおり勉強になる一方で、雑誌記事にみられるエピソードの紹介に重きが置かれている場合もあり、学術書としての体系性にまで求めることは難しいかもしれません。

本書を読んで勉強になった点を3点にまとめると、以下のようになります。

・戦後民法の「夫または妻の氏への夫婦同氏」の成立過程
明治憲法下では家制度のもと戸主権が定められ、男尊女卑・長幼の序にもとづく規定が作られました。家を代表する氏についても、長男が家督を相続する原則が適用されたため、女性は結婚すると嫁いだ先の家の氏を名乗る必要がありました。

家制度が否定された戦後民法では、夫婦の氏は家に属するものではなく、夫婦となる個人が対等に決められるようになります。具体的には、結婚後の姓(氏)は夫又は妻のものに選択できるというふうになっています。

この規定自体は、夫婦を対等な地位に置いたという点で、男女平等の理念を反映していると思われますが、制定された当時は、そこまで意識されていなかったようです。

昭和21年(1946年)から明治民法の改正作業が始まりますが、作成された条文の第6次案までは起草委員による手によって作成され、GHQとの折衝による修正は入っていません。この時点で、結婚後の氏の選択については「夫婦は共に夫の氏を称す」とされています。

この第6次案の記述は、GHQによって両性の平等に反するとされ、結果的に「夫または妻の氏への夫婦同氏」に変更されるのですが、第6次案においてもただし書で「当事者が反対の意思を表明した時には妻の氏を称する」という点が言及されていたようで、起草委員も、第6次案のままでも自由に氏を選択できると解釈していたらしく、GHQによって訂正をされた後も、「実質的な変更ではなく、表現の変更に過ぎない」(p47)と理解していたことが書かれています。

つまり、当時の起草委員たちは、「夫または妻の氏への夫婦同氏」としたところで、大方の夫婦は夫の氏を選択するので問題ないだろうと考えていたようです。

・祖先祭祀と氏
戦後民法によって氏(姓、あるいは苗字)が何であるかによって家族法上の権利や義務が規定されることはなくなっているはずですが、実際には民法769条は氏によって権利の有無が発生する事案となっています

この条文では、第一項で「婚姻によって氏を改めた夫又は妻が、第897条第1項の権利を承継した後、協議上の離婚をしたときは、当事者その他の利害関係人の協議で、その権利を承継すべき者を定めなければならない。」ということが定められています。第897条第1項の権利とは、「系譜、祭具及び墳墓の所有権は...慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継する。」という点を指します。

要するに、祖先祭祀にまつわる系譜、祭具及び墳墓などの所有権は祖先の祭祀を主宰すべき者が継ぐことになっているが、仮にある夫婦が離婚した場合、協議の上、誰がその権利を承継すべきかを決める必要があります。

これは具体的にいうと、以下のような事態を防ぐために設けられているとされます(p40)。すなわち、一度夫婦となったもののうち、妻の氏を称する結婚を男性が選択した上で、その男性が妻の家の祭祀財産を継いだとしましょう。その夫婦が離婚して、夫が元の氏に戻った場合、妻の家にあった祭祀の財産が夫の元に残ってしまいます。こうした事態を防ぐために、協議の上、継承者を決め直すことを規定しているのです。

個人的には、なぜ祭祀にまつわる財産だけが氏と関連しているのか釈然としません。もちろん、墳墓などの祭祀財産こそ「家」を代表するもの、という国民感情とやらが背景にあるとは思うのですが、他の財産のように個人に属するものと考えても良いのではないかという気もします。

ただ、この条文は氏が夫婦の(見かけ上)平等な意思の行使によって決定されるという性質だけではなく、祖先とのつながりを示す家的な価値観を反映したものであると主張する際の根拠になるかもしれないという意味では、興味深かったです。

・民法上の氏と呼称上の氏がある
基本的に我々は戸籍上の氏を名乗るわけですが、これとは別に(ほとんど一致しますが)、民法上の氏という、何やらすごそうな概念があるようです。言ってしまえば、民法上の氏とは言ってしまえば生まれた時の氏であり、これは結婚や養子縁組などによって戸籍を移動しない限り、変わらないものと言えます。

しかし、結婚をして氏を改めた後に、離婚をして元の苗字に戻ることがあります(復氏)。この時、離婚後3か月以内に届出すれば、結婚時の苗字を名乗ることが許されています(婚氏続称)。つまり、民法上の氏と戸籍上の氏(=呼称上の氏)は異なることになります。

民法上の氏と戸籍上の氏が異なる場合は、いわゆる国際結婚の場合に多く見られます。日本の戸籍制度は外国籍の人には排除されている(この点が問題だと思うのですが)ため、外国籍の人と結婚した日本国籍の人は、通常行われる夫婦による戸籍ではなく、単独の戸籍を作成することになります。

この際、便宜的に外国人配偶者と同じ氏に変更することが戸籍法第107条第2項によって認められています。この制度の目的は、戸籍を持てない外国人配偶者と同じ苗字にしたいという配偶者やその子どものことを配慮しているためにあると考えられます。

ただし、この手続きによって変わるのは呼称上の氏であって、民法上の氏ではありません。つまり、結婚前に佐藤さんだった人が、外国籍のジェニングスさんと結婚すると、上記の申請をすることにより便宜的に呼称上の氏をジェニングスに変えることはできますが、民法上の氏は佐藤のままということです。

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