August 29, 2024

自転車が盗まれる

 文字通りである。友人の博論の最終口頭試問に招待されたので大学に行こうとしたら、自転車がなくなっていた。ロックは壊されていた。ケンブリッジに引っ越してきてから400ドルほどで買った新品だったのだが、ものの見事に10日ほどで盗まれてしまった。ケンブリッジは自転車の盗難が多いとは聞いていたのだが、身を持って教えてもらうことになった。安くはない授業料である。所属しているセンターに自転車に非常に詳しい人がいて、彼いわく、自分のロックは丈夫そうに見えて意外と壊すのは簡単で、そのメーカーは新興だが、おそらく盗みを働く人の間では、壊しやすいという評判があるのだろうと教えてくれた。つまり、ロックをみて盗まれたということだ。ひとまず警察に届けようと思うが、一難去ってまた一難である。

11時過ぎに、所属しているHarvard Academyのチェアの先生と面談だった。この2日で10人以上のAcademy scholarと個別に面談しているのだから、頭が下がる。ロシア政治が専門の、70歳を超えるベテラン教授だが、自分のような若造でも、日本の専門家として扱ってくれて、話を聞いてくれて、その姿勢に感銘を受けた。あまり年齢や地位の差を感じない、不思議な45分間を過ごした。

12時過ぎから、次はUS-Japanのアドミンディレクターをしている人とランチを食べた。自分はUS-Japanには所属していないのだが、日本の専門家でもあるので、何かしらの形で関わりを持ちたいと考えている。US-Japan programの歴史や現在地、ハーバードの日本コミュニティなどについて有益な情報をもらうことができた。

チェアの先生と面談の日ということもあり、オフィスにはいつもよりも多くの人がいた。Academy scholarでランチを食べに行こうという話になったのだが、あいにく自分は上記の予定が入っていたため参加できず。このあたりの自然発生的にランチに行こうという空気になるのは、学生の雰囲気がまだあるのかもしれない。

August 28, 2024

Harvard AcademyとWeatherhead

 今週からオリエンテーションが始まり、オフィスにも活気が出てきた。怠惰な性格なので、何も予定がないと11時くらいまで寝てしまい、その結果、寝るのが午前3時くらいになる生活リズムが続いていたので、午前9時から始まるオリエンテーションは、眠気との戦いだった。

私のポスト、というか肩書きはAcademy Scholarというもので、これだけだと何なのか全く検討もつかないだろう。2年間のポスドク、というのがシンプルな言い換えである。所属の方は、ハーバードの国際地域問題研究所であるWeatherhead Centerの下にある、Harvard Academy(HA)という組織である。HAは、実質的にはAcademy Scholarの受け入れ機関としての役割が主で、Weatherhedの他のプログラム(例 US-Japan relations)のように、セミナーシリーズや実務家、研究者のビジットの役割は持っていない。アドミンスタッフも、二人しかいない。

ポストについて、もう少し付け加えると、ハーバードではsalaried postdocs と stipendiary postdocsの2種類があり、前者はラボなどでPIに雇用されるタイプのポスドクで、被雇用者として扱われる。一方で後者は、自分で好きな研究をしていいタイプのポスドクで、雇用関係はない。若干のベネフィットの違いはあるが、現在のところ気になるところはない。

stipendiary postdocsは短期的には誰の役にも立たないので、基本的には1年のオファーで、毎年新しい人をリクルートすることで、組織の新陳代謝とネットワーキングの役割を担っていると考えられる。なかなか腰を落ち着けて研究、とはいかず、次のポストが決まっていない場合には、着任してすぐ就活をする必要がある。

そうした1年任期のポスドクに比べると、私のポストは2年なので、若干の余裕がある。diversity系の3年ポスドクもあるが、なかなか私には出せない。総合的に考えると、自分ができる中では最高の条件のポスドクだと言えるだろう。

しかしなぜ「2年」なのか。オリエンテーションを経て、オファーをもらってから抱いてきた疑問に対する答えが、少しだけわかってきた。ここ数日、強調されたのは、ポスドク期間にbook projectを進めること。Harvard, Cambridge, Princetonなど、大手の大学出版会のエディターと直に話せる機会や、原稿が揃った段階で、討論者を招待するブックカンファレンスを主催してくれたりする。これらにかかる出費は、基本オファーに入っているresearch fundingとは別で出してくれるため、本を書きたいと考えている人にとっては、かなり魅力的なポスドクだと思われる。国際地域問題を扱う社会科学の中で、その道の専門家として本を書けるような人を育成したい、そういうモチベーションが、HAのアジェンダのコアにあることがわかってきた。

ちなみに、HAは2年目のオファーを使うタイミングがフレキシブルで、例えばアシプロを経て早めのサバティカルとして使うこともできる。今年の同僚で2年目の人の中には、すでにアシプロを始めて3-4年経った人もいる。1年目の人は全員、博士号を取り立ての人で割とライフステージ的にも近い人が多いが、2年目の人の多くは家族を持っていて、同じプログラムの中でも、キャリアステージ的には多様性がある。

少し話が逸れてしまったが、そうした組織の目標からすると、自分のような人間は、いささか宙に浮いた存在かもしれない。自分は基本的に本を書くbook personというよりは査読付き論文を書くjournal article personで、本を出版することは、至上命題ではない。その割に、出願時のアプリケーションでは、日本の難関大進学におけるジェンダー差で本を出したいとホラを吹いてしまい採用されてしまった。Academy Scholarの中には経済学の人もいて、彼らは私と同じように、あるいは私よりもさらにjournal article personなので、私が一人だけ孤立しているというわけではないのだが、組織の目標や同僚がみなbook projectを意識しているので、自分も自然とそちらの舵を切る可能性はある。

同僚はというと、端的にいうと超がつくエリート揃いである。2年目の人にはプリンストンの社会学の先輩がいるのだが、彼女の博論は、その年のASA best dissertation awardを受賞している。雲の上の存在である。周りの半分以上は、すでに北米の研究大学からアシプロのオファーをもらっている人で、彼らの輝かしい経歴や業績を見ると、私のそれは、どこか寂しい。もっとも、選ばれてしまった以上、そんなことを気にしても意味はないので、得られる利益を享受していくだけである

真逆のことを言うようだが、全体として居心地はいい。まず、Academy Scholar全員が北米以外の地域を対象にしているというのが大きい。世界情勢を反映してか、中国と中東地域が対象としては多いが、それ以外にもブラジル、メキシコ、パキスタン、日本(私)を対象としている人がいて、研究者自身のバックグラウンドも含めて、国際色は豊かである。分野も政治学、人類学、社会学、経済学、歴史学と、社会科学系のなかでバランスを取っていて、会話で出てくる内容のバラエティの豊かさには、毎回感銘を受ける。さらにいうと、人間的に魅力のある人ばかりである。

Weatherhead Center自体、社会科学の国際地域研究所としてのアイデンティティがあり、オリエンテーションで聞く機会があった発表は、empiricalではありつつも自分と異なる理論的、認識論的な視座に立ったものが多く、かつシニアの研究者を中心にhigh level summaryに自分の研究の知見を落とし込むプレゼンスキルが非常に高いので、とても勉強になった。6年間社会学部に身を置いてから、こういう環境に移ると、少しだけ鎖から解き放たれたような気分になり、発表はどれも、自分の頭を柔らかくしてくれる。

今のところ、HAからのオファーをもらって良かったと、心の底から思う。これを最後に書くと身も蓋もないが、なぜアメリカ人でもない、日本の人口や格差の研究をしている英語も下手な人間に2年間のオファーを出すのか、訳がわからない。博論コミティの先生の一人に言われた、お前のポストは福祉だ、と言う言葉は、核心をついていると思う。私の研究のどこにポテンシャルを見出したのか、それは全くわからない。一つだけ確かなのは、この2年間は自分の人生の中でも本当に貴重な機会であり、その機会をもらった以上、意味のある時間を後悔しないように、なにより楽しく、健康に、過ごすことだろう。

オリエンテーションの最後のイベントはバーベキュー。ロブスターサンド(下)が美味しかった。



August 16, 2024

引越狂騒曲

 マサチューセッツ州にあるケンブリッジに引っ越しました。ハーバード大学で2年間のポスドクをするためです。

アメリカの引っ越しは、慣れないこともあり、心労が多いです。デフォルトがDIY、つまり自分で引越しする社会なので、日本のように単身引越しサービスを複数の業者がオファーしている世界とは全く異なります。プロの引越し専門業者もあるのですが、基本的に私の周りでは、近場の引越しであれば自分でトラックを手配して、最初から最後まで自分で引越しをする人が多い印象です。おそらくその方が安いのでしょう。

トラックをレンタルできる業者はいくつかありますが、最も有名なのはU-Haulという会社です。広大なアメリカで、数少ない全国チェーンの業者なのではないかと思います。対抗業者はPODSですが、街中で見かけるのは圧倒的にU-Haulです。

U-Haulに代表されるアメリカのレンタル業者がすごいのは、トラックだけではなく、倉庫も貸している点です。退去日と入居日が合わなかったりすると、荷物をどこかに保管する必要が出てきます。プロの引越し業者に頼めば、そこも含めてやってくれるわけですが、その分お金がかかります。U-Haulは自分で荷物を運び、運んだ荷物を一時的に倉庫に保管するところまで同じプラットフォームでできるので、便利ですし、自分で運ぶ限りにおいては、安いわけです。

そういうわけで、U-Haulはトラックと倉庫貸しが基本です。なのですが、引越しの多様な需要に対応して、実質的には引越し業者と同じこともやっています。まず、自分でトラックを運転できないような人には、ストレージ用の箱(箱といっても、小型の車で一台すっぽり入りそうなサイズ)を退去する住所まで運んでくれます。そして後日、その箱をまた取りにきてくれ、引越し日まで倉庫に保管してくれます。引越し先が遠い場合、例えばニュージャージーからマサチューセッツに引っ越しするような場合には、マサチューセッツの倉庫まで運んでくれます。そして、引っ越し日にまたトラックを使って、箱を住所まで運んでくれるのです。このサービスは、U-boxという名前で展開しています。

さらに、引っ越しに対して、荷物の搬入や荷下ろしをしてくれるサービスまで展開しています。実際には、U-Haulのサービスというよりは、U-Haulと提携している、現地の引越し業者にアウトソーシングしている形をとっています。

私の場合は、プリンストンを出るときには箱をアパートの前の駐車場まで運んでもらって、友達の手を借りて荷物を自分で搬入しました。当初は、荷下ろしも自分でするつもりだったのですが、ケンブリッジの住所には無料の駐車場がなく、日を跨いで車を止める場合には、かなりの料金(最低200ドル)がかかることをU-Haul側から伝えられ、その日のうちに引越しを終えることを勧められました。1日駐車しているだけであれば、moving containerからmoving vanというカテゴリに変わり、最低60ドルで済みます。

というわけで、U-Haulの口車に乗せられて、提携する地元の引越し業者から人を呼んでしまいました。

結果的に、ケンブリッジのアパートが3階かつエレベーターなしという物件だったこともあり、業者に搬入をお願いして正解でした。U-Haulに払った総額は、2000ドルといったところでしょうか。私は箱を2つ注文したので高くつきましたが、単身の引越しであれば1箱で十分だと思います。その場合、NJからMAの移動であれば、最安で1000ドル程度でいけるのではないかと思います。

終わってみれば、意外とスムーズに行ったのですが、アパートの前にある駐車場を市のホームページで申請して事前に押さえておく、という経験も日本ではしたことがなく、初めてのことが多いので疲れる経験でした。