July 15, 2024

非常勤講師という地位

昨年に引き続き、上智大学で留学生向けのサマーセッションで教えています。一時帰国の折に、高騰する東京のホテルに滞在させてもらえるのが有り難いです。国籍多様な留学生に日本社会の話をするのは楽しく、自分にとっては当然に思える日本の慣行に、論理的な説明を求められる機会が多く、勉強になります。

今年はきちんと講師向けのオリエンテーションに出たので、上智ではサマーセッションの講師の待遇は実質的に非常勤講師に等しいこと、非常勤講師に等しいため、非常勤講師控室を使っていいことを知りました。東京にいる間は個人用オフィスはないので、平日のかなりの時間を非常勤講師控室で過ごしています。

おそらく非常勤講師控室というのは朝から晩まで過ごすことは想定されていないと思うのですが、オフィスがないために(それにホテルから近いために)、授業が終わってから夜まで控室に入り浸っていると、日本の大学にいる間、たくさん見てきた非常勤講師の人たちの待遇がよくわかってきました。

控室には複合機やホチキス、文房具や自販機があり、授業準備は一通り完結できるようになっているのですが、教室にあるような移動可能な長い机を2つ突き合わせた形のテーブルが15個くらいあるようなシンプルな作りで、混雑しているときには他の先生と相席になることも珍しくありません。昼時は食堂が学生で混むこともあり、控室でお弁当を食べる人も多く、その時は正直、作業できる静かさではありません。一応、壁には「静かに利用しましょう」という貼り紙があるのですが、先生たちはそんなことはお構いなしで、語学の先生が多いこともあって、実に様々な言語の雑談が飛び交います。

そういうわけで、正直いって、長時間作業する場所ではないのですが、それでもたまに閉室の9時過ぎまでいる先生がちらほらいます。常勤の職を探している間、非常勤講師を複数の大学でこなして生計を立てている若手研究者の話は聞いていたのですが、遅くまでいる先生は、割とベテランにみえる先生ばかりです。この先生たちには、果たして常勤の所属があるのか、気になっています。

非常勤講師の給料だけで生計を立てることは、かなり難しいと思います。なので、基本的には、常勤の先生が他の大学で教える時に与えられる待遇が、非常勤講師なのだと思っていました。が、控室の様子を見ていると、専業非常勤にみえる人がちらほらいます。

私の理解では、非常勤講師というのは、一種のアウトソースで、専任の教員だけでは回せない学部生向けの授業を、他の大学の先生にスポットでお願いするものだと思っていました。特に日本の社会学のように、一つの大学にあまり多くの教員が在籍していないような分野は、他の大学と教員の「貸し借り」をすることで、自分たちでは教えきれない授業を学部生に提供しているのだと思います。非常勤講師一人あたりにかかる人件費は常勤の教員に比べれば比べ物にならないくらい安いので、このアウトソースは大学経営的にはなかなか優れた制度です。

しかし、もともと常勤の所属がある人がするからこそ、非常勤の待遇は低くても問題が起きないのでしょう。そもそも専業で非常勤をするというのは、制度的に想定されていないのではないでしょうか。

アメリカだと、基本的には日本のような非常勤講師という職業はなく、大学がフルタイムのレクチャラー(講師)を雇います。レクチャラーはテニュア付き(あるいはテニュアトラック)の教員とは異なるトラックで、教えることがメインのポジションです。そのため、教えるコマ数はテニュア教員よりも多いです。給料もおそらくテニュア教員よりは低く、多くのレクチャラーは学期単位あるいは年単位の契約を更新する必要があります。ただし、フルタイムのポジションなので、レクチャラーのポジションだけでも、生計は維持できます。

日本では、アメリカのようなフルタイムのレクチャラーポジションがなく、非常勤講師という制度が発達しているわけですが、これがなぜなのかは気になります。もしかすると、フルタイム(常勤)の職位を与えてしまうと、他の常勤の教員との区別が曖昧になり、待遇の格差が問題になるのかもしれません。

日本の常勤の教員は、研究と教育以外にも、アメリカでは事務が担当するような仕事もこなしているので、典型的なメンバーシップ雇用の中で複数の業務をこなす正社員にみえます。常勤の教員が高い給料やベネフィットをもらっているのは、教育以外にも、こうした仕事を任せられているという側面が大きいのではないでしょうか。そうした仕事が割り振られていないために、非常勤講師の待遇は低くても問題視されないのかもしれません。

常勤・非常勤の待遇の格差は、外から見ていると、正規・非正規の格差とよく似ています。

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