2015年8月28日(金)~9月6日(日)の日程で、中国・北京にて北京大学・東京大学合同サマープログラムに参加してきた。本プログラムは、今年東京大学と北京大学との間で締結された戦略的パートナーシップによる国際交流活動の一環として位置づけられ、東京大学からは東洋文化研究所の園田茂人教授・卯田宗平講師、北京大学からは国際関係学院の帰泳濤副教授がプログラムの担当となり、東京大・北京大あわせて20人ほどの学生が班に分かれて、中国でビジネスを展開する日本企業を訪問し、現地でのビジネス展開の戦略や日本人管理層と中国人労働者の間の人事管理関係などについてお話を伺った。これ以外に、それぞれが決めたテーマに沿って、各班が独自に調査を行い、最終日に関係者を招いた最終報告会を開いた。
私が所属した班では、都市部の中所得以上の女性をターゲットにした美容産業の戦略について扱った。対象を女性に絞った背景には、訪問をした美容室ASAKURAやセブンイレブン北京では、メインのターゲットが比較的若い女性であることに驚きを覚えたことがある。当初は社内の労務管理に関心があるメンバーが多かったが、調査上の困難から、消費者に視点をあてた分析に移っていった。ASAKURAへの訪問で、中国では日本のような薄い化粧はあまり受入れられておらず、赤い口紅や濃い化粧といった中国人が好むメイクに重点を移す「現地化」を行っていることが分かった。今回のプログラムでキーワードの一つになった「現地化」は、日本企業が中国に参入する際に、日本で売れているものをそのまま売るだけでは現地の客には受入れられず、現地社員等と協力して日本の製品やサービスの質を保ちながら、中国人が受容しやすいものを目指すことを意味する。ASAKURAの特徴は、現地化をはかりながらも、日本で売れている自社の製品の良さを伝えたいというメーカー企業のスタンスとは異なり、中国人に受入れられるサービスを一からつくるという点にあった。我々の班は、化粧品と美容サービスと定義された美容産業における消費行動という視点から、日中の違いについて考察する方向性をとった。現役の大学生並びに若年勤労者へのインタビュー調査の結果、若者は基本的に毎日化粧する習慣を持っていないことが分かる。何が化粧を妨げているかについては、化粧をする時は就活などの特別な時であること、短い化粧を重視することといった合理的な側面、またそもそも化粧をする技術がなく、周りに教えてもらう人もいないという点が分かった。また、大学ではASAKURAが提携しているようなファッション雑誌を読む習慣はあまりなく、化粧をする女性に対しては怠惰であるというイメージが持たれがちであることが示唆された。このように、調査を通じて日中の化粧文化には無視できない差があり、美容業界にとっては、まずどのように女性に化粧や美容に興味を持ってもらえるかという点を考える必要があることを最終報告会にて指摘した。
それでは、どのようにすれば中国の都市部に住む若年女性は美容に関心を持つようになるのだろうか。インタビューから示唆を得たのが、美容への関心は個人が参照する周囲の環境によって異なるのではないかという点である。日本や韓国に留学をした経験のある複数の回答者が、留学当初では、これらの国では女性がほとんど化粧をしていることに対して驚きを持っていたと述べていた。しかし、数ヶ月を過ごすうちに、次第に自分たちも化粧をするようになったという。彼女たちは、中国に帰国した後も様々な理由でほぼ毎日化粧をしている。こうした事例から、我々は発表の中で彼女たちの準拠とする集団が変われば、化粧への関心が向くのではないかと考えた。
報告はASAKURAをはじめとする美容業界に対する具体的な提案となったが、多文化共生という文脈に引きつけて考えるならば、以下のような事例を考えることができる。ある習慣を持つ集団Aに対して、別の集団Bの中で自明視されている別の制度や慣行を導入する際、これがスムーズに実行されない場合がある。企業内部であれば、日本式の生産様式を中国の工場に導入しても、日本で行ったような生産性が達成できなかったり、消費者との関係で言えば、日本で支持されている商品を中国市場で投入したとしても、それが思うようには売れないという事例が考えられる。この溝を埋める作業は典型的には「現地化」と呼ばれてきた。しかし、我々の班が提起したのは、現地の慣行にあわせてモノやサービスを変えるのではなく、現地の人々の価値観自体を変えることによって制度的な齟齬を解決しようというアプローチである。その上で、我々の班はそうした価値観の変化は準拠する集団の変更によって生じることを述べた。事例がもつ性格にもよるが、準拠集団の変更による慣行自体の変化というメカニズムの説明が適用できる事例は今回の化粧産業には限らないと考えられる。
グループによる研究以外にも、現地でビジネスを展開する人々から直接話を伺うことで、中国市場の今を肌間隔のレベルで触れることができた。今後は、今回のプログラムで得た知見を研究活動にいかしていきたい。
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