第一回研究会 2012年9月5日 於 総合図書館演習室
Simmel, Georg, 1858-1918, et al. 1989. Philosophie Des Geldes / Georg
Simmel ; Herausgegeben Von David P. Frisby Und Klaus Christian Köhnke .
Frankfurt am Main: Suhrkamp. (=Simmel Georg, 1858-1918・居安 正(1928-),1999, 『貨幣の哲学 / ジンメル [著] ; 居安正訳』白水社.)第二章 貨幣の実体価値(110-201)
一
■貨幣の固有価値と価値の測定 110-113
貨幣の機能:価値の測定と交換と表示
この機能を果たすために,貨幣は実体として価値を持つのか,それとも単なる記号や象徴なのか.(110)
貨幣が諸価値物と比較されうる→貨幣は価値質を欠くことができない(111)
but, 貨幣の実体価値でさえ,機能価値に他ならない(157)
事物同士に質的な同等性がなくとも,その間に恒常的な関係が成立していれば,規定は可能(112)
総商品量aと総貨幣量bのある商品における対応関係が分かれば,貨幣そのものが価値であるか否かとは無関係に対象の価値を測定できる(113)
■測定の問題 113-118
測定の相対性(113) 貨幣一般と商品一般を直ちに対応させる傾向=素朴に表現された等価(114)
商品nと貨幣単位a(個)の等式(115)=暫定的で粗雑で図式的(114)
価値同士の同等化は等式ではなく比例(116)
■有効な貨幣の量 118-123
露国の貨幣使用の例→貨幣在高の容積がどれほどでも,貨幣の職務をなす限り「貨幣」のままである(118)
商品と貨幣の回転率の差による不均衡(商品の流通速度の方が遅いことから生じる不均衡?)(118-119)
に対する説明→①商品は「可能的」説 ②価値演算において貨幣の価値が果たす役割は少ない(119)
→ある期間における処分された貨幣量と売買された商品量は同等であるといえる(120)
価格は「適切」か?→客体と貨幣一般の相互関係という公理は証明できない(規範的にならざるを得ない)→ペシミズムの例,販売客体と貨幣価格もこの部類に入る?→でも経済的な宇宙を形成しているので商品の価格は「適切」(121-122)
■貨幣は固有の価値を持っているのか? 123-128
価値測定の機能に貨幣の固有価値は強制されない
無価値なものによる価値系列の完成は,個人の発達した知性と集団の安定した組織を必要とする(124)
貨幣がその素材から見て直接に価値があると感じられなければ交換手段として使用されなかった(125)
しかし,紙幣や様々な信用の形式と金属貨幣の交替replacementにより,貨幣の性格に反作用が生じる→貨幣の機能価値は実体価値を凌駕する(126)
(具体例は省略)
■純粋に象徴的な貨幣の性格の発展 128-136
人類の最も大きな進歩の一つ:二つの量が第三の量quantityに関係し,この二つの関係relationsが等しいかどうかによって,二つの量の関係proportionを確定させたこと(128-129)
現代の経済における移行の始まり=重商主義
→転換点としての洞察:産業と市場の振興のためには,実体的な価値形態(としての貨幣)ではなく,労働の直接の生産物が必要である.(130)
貨幣の文化傾向への順応(131)
文化の特徴:関心を持つ対象への直接的な関係,象徴の媒介の存在(131) 象徴の文化社会学的な解説は省略
低い生活段階では力の浪費に終わった象徴主義も, より高度の段階では事物を支配する合目的性に寄与する(133)
現実の質的な規定を量的に還元→貨幣の可能性は「精神的な偉業」(134)
第二次的な象徴が可能になるのは,細かな事柄の介入を必要としないほどに精神が独立するときのみ(135-136)
「象徴はその領域の決定的な実在との実質的な関係をますます失い,たんなるmerely象徴となる」(136)
二
■貨幣実体の非貨幣的な使用という否定 136-141
貨幣の独断的な価値の拒否から貨幣の無価値という独断に陥る危険(137)
貨幣の価値がその実体の価値において成立する=実体の価値があるのは,この実体がまさに貨幣の価値ではない質や力の中にある.(137)
客体のもつ機能可能性を排除してはじめて貨幣としての機能が実現される(138)
とはいえ,貨幣素材の貨幣としての価値は,その機能のために素材が放棄する利用可能性に規定される(140)
■単なる象徴としての貨幣に対する第一の意見141-146
貨幣がなくとも価値物に到達できるのでは?(前提:貨幣は貨幣機能以外に固有の価値を持たない)(141)
→貨幣独特の価値=交換機能を明らかにする.「要するに貨幣は,人間と人間との関係の,彼らの相互依存の,一方の欲望の満足をつねに相互に他方に依存させる相対性の,表現と手段である」(142)
■単なる象徴としての貨幣に対する第二の意見 146-149
貨幣の交換機能と測定機能も貨幣の量の限界=希少性と結びつく(146)
希少性による①「悪循環」と②「信頼」(149)→貨幣の象徴性に疑問符をつける
①貨幣量の分母増加に対する分子の適応の遅さ,増加に制限のある貨幣実体と紙幣発行の不一致による混乱(147)
②貴金属の貨幣製造に対する限界性が人々の信頼を集める (147)
■貨幣の供給149-153
無制限な貨幣増加の有害さは,貨幣増加そのものではなく,配分の仕方に起因する
貨幣増加は個人の文化内容を増加させたとしても,他方で個人の相互関係は変わらない(150)
このような結果は貨幣増加それ自体ではなく,配分の仕方による作用であるから(150), 貨幣増加がそれまで存在していた比率で諸価値を高めるという考えは誤っている.(151)
■現実と純粋な概念153-157
貨幣は,事物の価値側面を純粋な抽象において表現しない場合にその職務をもっともよく果たす(153)
貨幣の機能性の追求の結果,貨幣の実体としての価値が放棄されることを長々と説明してくれている(´・ω・`)
それでも,貨幣の実質価値が交換機能の拠り所である限り,前者は常に存在しなくてはいけない(156)
三
■実体から機能へ至る貨幣の発展の歴史158-159
他の客体との相互作用によってのみ貨幣は価値あるものに「なる」,実体価値でさえ機能価値である(158)
中世:実体>作用,近代:作用としての実体,信用経済:実体の排除(159)
■社会的相互作用と個々の構造への結晶化159-163/貨幣政策163-165
外的関係と内的関係の齟齬,一般的な経済状態と貨幣経済という形式の不適合(160)
貨幣実体の解消を準備するもの:社会的相互作用の安定性と信頼性,経済圏の堅固さ(161)
貨幣の経済的エネルギーを高める貸付=知的な相互作用は安定した精巧な社会制度のもとでのみ可能(162)
→貨幣の性質はますます純粋に現れ,貨幣形式の外面にまで影響を及ぼす(162)
※貨幣政策については省略する.
■社会的相互作用と交換関係:貨幣の機能 165-172
貨幣の社会学的性格:純粋な形式としての個人間の相互作用(165)
「交換の機能,個人の間の直接的な交互作用は貨幣とともに独立に存在する構成体へと結晶化する」(166)
交換は社会化であり,その存続は諸個人の総計を社会的な集団の一つとする,社会はこれらの関係の総計(166)
貨幣は人々の交換の間の化身,純粋な機能の実体化である(168)
金属貨幣の信用前提:①貨幣の品位の吟味は例外的 ②受け取られた貨幣は同じ価値として支出される(170)
→人間の相互の信頼がなければ社会は崩壊する(170-171)
■経済圏の性格と貨幣にとってのその重要性 172-177
抽象的に見れば,貨幣の継続的利用可能性の保証は全く存在しない(172)
それでも,保証は総体の支配者が金属片の刻印あるいは紙切れへの捺印によって引き受けるもの(173)
貨幣は通用すべき件が広ければ広い程,通貨の価値は高くなくてはならない(173)
商業空間の拡張は交換手段の実体価値を全く除去,つまり振替と手形発送による決済へと導く(175)
国家一般への支払い能力への信頼という中央集権化の中で,ある人の財産は貨幣により評価されることで,個人としての信用を持つことができる.価値の背後は客観的な規定でなく国家or個別人格のみが保証人となる(177)
■貨幣の一般的な機能的性格への移行 177-185
貨幣鋳造の歴史と経済圏の拡大についての説明が長いので省略(*≧ω≦)ノ<※*・:*:`♪:*:。*・☆*
君主による鋳貨改悪は貨幣の金属価値に対する貨幣価値を明らかにする(182)
「貨幣は無価値であればあるほど,ますます価値多きものになる」(183)
■実体としての貨幣の重大さの減少185-201
貨幣と金属の結合が安定性を保証したとしても,実体の条件からくる同様は避けられず,実体は排除される(186)
実際の支払いに使われない貨幣,特に観念的な尺度が価値評価に用いられる時,貨幣の実在性は否定される(187)
実体的な固定性から代理物としての貨幣が発展すると,価値は流動性するようになる(188-189)
価値の流通が促進すると,貨幣の実体と機能の関係も発展する.(189)
一方が他方を活発にする(189), 信用が正貨を無用にする(190)は矛盾しない
取引増大による貨幣実体の増加に代わり貨幣流通速度が増すと,実体としての貨幣は極僅かでもよい(190-191)
事物の価値は貨幣に圧縮され,貨幣価値の中で無差別に構成する諸部分は実際には存在しない統一体となる(192)
これと並行して,個性の解放と大国家への拡大が生じる.(194)
貨幣流通速度の上昇に伴う個々の価値低下と全体価値の上昇は分業体制を思い出させる(196)
最後に,再び貨幣の実体から交換機能への発展過程を「無価値化」と解釈する見方に注意を喚起している(197)
近代の自然主義的精神を批判しつつ,社会の普遍的かつ非抽象的な性格を述べる(200-201)
【コメント】
・
ジンメルの信頼論について
第二章においても,ところどころで信頼についての記述が見られる.レジュメを確認する限り,最初に登場するのは146-からの貨幣の象徴性に対する否定的見解のところである.ここでは,信頼は貨幣の希少性と結びついていることにより貨幣自体に固有の価値があることを示唆している.(147-149) 次に登場するのが159-で述べられている,実体としての貨幣を消滅させる意味での相互作用としての信頼性である.安定的な経済圏においては,相互作用に信頼が生まれ,それは実体としての貨幣を必要としない.170-では二種類の信頼が確認できる.ともに金属貨幣に関係する信頼で,一つは貨幣を発行する政府や価値を確定する人々への信頼であり,もう一つは価値が継続することに対する経済圏への信頼である.こうした「二重の信頼」が貨幣流通を成り立たせると言ってよいだろう.177-は前者の信頼について述べていると思われる.
以上より,貨幣を巡る信頼は三つに分けることができる.一つは貨幣の希少性としての金属貨幣への信頼である.これ自体は実体貨幣が流通している経済圏においてのみ言及できる限定的なものだろう.二つ目は,貨幣を「もっぱら通用するもの」としての貨幣たらんとさせる政府や人々への信頼である.三つ目は,そのようにして成立した経済圏自体への信頼と言えよう.
三上(2008)はジンメルの信頼論を整理しているが(下記参照),そこで述べられている信頼は上記の二点目と三点目であり,貨幣の希少性自体に対する信頼は抜け落ちている.逆に言えば,貨幣自体に対する信頼は一時点的なものであり,高度な貨幣経済を成り立たせる他の信頼に比べれば二次的なのかもしれない.しかし,現代においては紙幣や電子マネーを中心とした貨幣経済が成立している一方で金塊の需要は一定程度あるように思われる.恐らく,貨幣経済が破綻した後でも価値を持つと考えるのであろうから,貨幣自体に信頼を置いているのだろう.ジンメルの信頼論には知識と無知の間にある「信頼Vertrauen」とそうした二項対立の彼方にある「信仰Glaube」に分けられる.(三上, 2008, 6)この区分によれば,貨幣自体への信頼は信仰と言えるだろう.
【参考文献】
Simmel, Georg, 1858-1918, David P. (David Patrick) Frisby 1944-, and Tom
Bottomore. 2004. The Philosophy of Money / Georg Simmel ; Edited by David
Frisby ; Translated by Tom Bottomore and David Frisby from a First Draft by
Kaethe Mengelberg . London ; New York, N.Y.: Routledge.
Kamolnick, Paul. 2001. "Simmel's Legacy for Contemporary Value
Theory: A Critical Assessment." Sociological Theory 19 (1):65.
岡沢 憲一郎,2004, 『ゲオルク・ジンメルの思索 : 社会学と哲学』文化書房博文社.
早川 洋行・菅野 仁,2008, 『ジンメル社会学を学ぶ人のために』世界思想社.
三上 剛史,2008, 「信頼論の構造と変容 : ジンメル、ギデンズ、ルーマン : リスクと信頼と監視」『国際文化学研究 : 神戸大学国際文化学部紀要』31: 1*-23*.
土井 文博,2003, 「G.ジンメルの形式社会学とE.ゴフマンの社会学 : 儀礼行為分析のための方法論的模索」『社会関係研究』9(2): 165.
川口 慎二・Kawaguchi Shinji・カワグチ シンジ,2007, 「「貨幣の二重の役割」について:ジンメル『貨幣の哲学』の根本問題」『広島経済大学創立四十周年記念論文集』: 1-25.