September 3, 2018

人口学セミナー第1回文献レビュー(population thinking)

人口と社会セミナー(Seminar in population and society)は、これまで学部との合併科目だったが、今年からSOC971として大学院生限定の授業になった。リーディングにどこまで影響したのかはわからないが、第1回目は人口学の起源、及びその思考法に関するものがアサインされた。順に見ていく。

Kreager, Philip. (2008). Aristotle and Open Population Thinking. Population and Development Review 34(4): 599-629.

Aristotleの政治学から"A State is made up of unlike parts."という一文を引用して始まるこの論文では、Aristotleの人口思想について現代人口学の関心と合わせながら概観している。キーになる概念はopen population thinkingである。現代人口学においては、国家内の閉鎖的人口における出生と死亡に関心を寄せているが、これと比べた時のAristotleの人口思想の特徴は(1)membership(共同体によって生じる下位集団の差異)の強調、及び(2)共同体は可変的なため下位集団もdiscreteではない、という考えにまとめることができる。

(1)については、冒頭の引用にあるように、Aristotleは国家は異なる部分(unlike parts)の関係性からなると考えていることが念頭にある。unlike partsは言い換えるとsubpopulation(下位集団)になるが、下位集団間の紐帯が維持されることが国家にとっては肝要であるため、集団間、特に境界を接している集団間に格差がどれほどあるのが重要になる。

ここでAristotleが考えるinequaltiyには地位や権力、あるいは富の分布といった要素と、
集団内の階層性を決定するものと、市民とそれ以外の集団を区別する集団間に見られる階層性の二つが想定されている。

こうした集団間の不平等は、現代においては移民や難民に対する権利の付与といった文脈と似ている。しかし、筆者は19世紀以降の人口学はこうした要素を見落としてきたとする。具体的には、国民国家体制が成立する中で、国家における人口は自国民のことを指すと考えられるようになったからである。言い換えると、Aristotleが強調したようなunlike partsよりも権利を等しくする市民というlike partsに関心が向くようになった。そして、次第にpolitical arithmeticが関心を持っていた集団間の異質性については関心が薄れるようになる。もっとも、こうした閉鎖的な人口という仮定を置くことで、生命表などの分析手法がセンサスデータにも応用できるようになるといった発展もあった。

こうした国民国家体制と結びついた閉鎖的人口に対する考え方とは異なり、Aristotleの人口思想は(2)のような開放的人口思想と呼ぶことができる。まず、Aristotleは領域や人口が固定的であるとは考えなかった。国家は集団間の関係性からなっており、集団間のバランスが変わることはあり得る。人々を特徴づけるのは属性(attibutes)ではなく、どの集団(共同体)に属しているかという関係性に帰着しているため、下位集団の定義も可変的になりうる。

また、Aristotleにとってはセンサスでわかる数字は関心を呼ぶものではなかった。なぜならば、同じ出生をとってみても、それが役割や貢献の異なる市民の出生なのか、移民の出生なのかによって大きく意味が異なっており、比較することができないからである(これをincommensurabilityと呼ぶらしい)。

もっとも、ある集団内において、一人の人間はもう一人の人間と「量的には(numerically)」等しい。例えば、ともに市民である夫婦は、量的には等しい個人である。しかし、Aristotleは同じ市民でも男性は生まれつき知的であり、政治に向いていると考える。性質の異動から生じる(不)平等をAristotleは「比例的(proportional)」なものとしてみなした。

こうしたAristotleの二つの平等概念は、その社会において望ましいと考えられる政治体制とも関係する。もし、比例的な平等概念が優勢の場合、寡頭政治が支持される一方で、量的な平等概念が支持されれば、民主制が生じる。

なお、ギリシャにおける共約不可能性については以下が参考になった(https://www.learner.org/courses/mathilluminated/units/3/textbook/03.php)

人口学的な関心に引きつけて考えると、Aristotleの考えの特徴は人口の構成によって政治体制が変わるという考えよりも、これまでの人口学が重視してきた出生や死亡に対して関心を向けず、代わりに地位や権利、富の多寡が人口のサイズや構成、あるいはメンバーシップを規定すると考えている点にあるだろう。こうして集団間が関係づけられるにつれ、出生や死亡も定義される。すなわち、ある権利を持つ集団にとって適切な出生は、別の集団における出生とは異なる、という考えである。したがって、Aristotleの人口思想の特徴は、人口のサイズや構成の変化がマクロな要因によって影響を受けるのではなく、あくまで集団間の関係性によって規定されるというボトムアップな視点にあると思われる。

Porter, Theodore. (1986) “Statistics as a Social Science” Chapter 1 in The Rise of Statistical Thinking. Princeton University Press. 

日本語の翻訳もある、ポーター氏の統計学史に関する著書の第1章。

社会的な数字(social numbers)が自然哲学の精神のもとで検討され始めたのは、John Grauntが政治算術(political arithmetic)の概念を発明した時に遡る。政治算術を用いる人の中にあった暗黙の信念は、国家の富や強靭さは国民の数と性格によるというものだった(pp.18-19)。

こうした考えのもと、人口のサイズやその成長について、多くの議論がなされるようになる。しかし、当時は正確な統計もなかったため、マルサスが登場するまでは人口成長の社会的・政治的な要因について論争が続いたという。あるいは、人口を規程すると考えられた要因が意識されるようになると、慣習や信念(飲酒や乱交)などが批判の的に立たされるようにもなる。例えば、都市では出生よりも死亡が多く、その要因は都市における怠惰や奢侈、あるいは腐敗などに帰されるようになる。また、Sussmilchのように人口増加を神から与えられた使命であると考える神学的な立場もでてきた。さらに、政治算術の研究者たちは政府に人口を把握することを求めるがあまり、中央集権的で官僚主義的な政治体制を支持することにもなる。Porterは、大陸における政治算術は啓蒙主義における科学的な野心の子孫であると同時に、啓蒙された専制政治(enlightend despotism)の子孫でもあったと指摘する(p.23)。

19世紀初めのフランスやイギリスでは、政治算術という用語は統計学(statistics)にとってかわれるようになる。政治算術から統計学への用語の変化は概念の変化も伴っており、具体的には、統計学によって人口が計算されるようになると、次第に国民同士が平等であるという考えが広まった。加えて、その数字自体が意味を持つようになり、政治的な統制からは独立したものと考えられるようにもなる。このように統計学的な洞察は、政治体制から独立したダイナミズムを持つ「社会」という存在を意識させることになり、官僚制に対して知識を与えた一方、これらの権力に対して制約があることも示唆するようになった(pp.26-27)。Porter氏はこの時代をthe "era of enthusiasm" in statisticsと呼んでいる。

統計学者は、そうした社会の実像を明らかにする能力を持った集団としてフランスやイギリスにおいて認識されるようになる。さらに、初期の統計学者たちは社会改良の手段としての統計学の有用性を主張しており、道徳統計学の起こりにも寄与していた。フランスでも公衆衛生を中心として逸脱的な行動を統制するために統計を用いようとする集団はいたが、Porterの記述はイギリスの事例に厚い。

フランスとは異なりイギリスでは統計協会(statistical society)が設立され、British Associatoion for the Advancement of Scienceの統計学部門は1833年にマルサスを中心として設立されている。さらに、マルサスらは翌年にもロンドンに現在のRoyal Statistical Societyの原型となるStatistical Society of Londonを設立している。これ以外にもマンチェスターをはじめとしてイギリス各地に20もの類似の組織が設立されていった(pp.30-32)。これらの組織に在籍した初期のメンバーは自然科学よりも、現実の社会問題に関心を持った集団であり、政治的な活動をすることも多かった。ただし、イギリスの統計学者たちの一部には、こうした動きには向かず、事実の報告のみをモットーとする考えをもつものもいた。ただし、Porterは彼らの立場を正当化する言明は、種々の問題について事実を明らかにしてしまうことは論争を招くことになり、ひいては統計協会自体を崩壊させてしまうことにもなりかねないとする点で、問題含みであったとする(pp.35-36)。

Krieger, Nancy. (2012) Who & What is a Population? Milbank Quarterly 90(4):634-681. 

Kriegerはパブリックヘルス研究の観点から、人口(population)が統計学的なターム以外にはほとんど定義されていないことを指摘する。その上で、誰がどのように、何を人口と定義するかが、population health研究にとって意義があることを述べる。

筆者は初めに、Oxford English Dictionaryと、それぞれの学術分野における辞書ごとに、人口がどのように定義されているかを確認する。OEDには、人口とはある特定の場所に住む人々、と定義されているほか、より技術的、すなわち統計学における集団全体(母集団)のことを指すしている。

公衆衛生や、社会学、疫学の辞書にも、このOEDと同じような定義が並べられている。これらの辞書では、人口自体が何かは曖昧にしか定義されず、専ら統計学におけるサンプリングとの関連で言及されていることを指摘する。

Kriegerは学術的な辞書においても人口が統計学との関連以外にはろくに定義されていないことに対して、驚きはないと述べる。なぜならば、「人口」と「サンプル」は当初は一緒くたに用いられてきた歴史があるためである。

18世紀初頭に計量的な手法と確率論の法則が人々に対する研究に用いられるようになった際、その特徴的なメタファーとして知られたのがQueteletによる平均人の発想である。Queteletの平均人の発想では、対象となる集団の平均値は、その集団の真の値を示すと理解された。及び、集団における値のばらつきは誤差としてみなされる。

ここで平均値が異なることは、集団間における本質的な特徴が異なることを示唆する。Quetelet自身よりも、萌芽期にあった社会科学を「客観的」とみなすプレッシャーの中で、Queteletの平均人のアイデアは、集団から個人に内在する本質的な特徴の差へと翻訳されてしまう。

しかし、20世紀初頭の疫学者たちによって、平均人のメタファーで理解された平均値=真の値、あるいは集団間の差異が個人に内在する性質に起因するものであるという理解が徐々に退けられていく。二つの流れが紹介されているが、いずれも集団における健康の分布を決定するのは個人の内在的な属性ではなく、集団間のインタラクションや、社会関係であるとするものである。

この流れの中で、疫学者のJeremy Morrisは疫学の分析単位は個人ではなく集団にあることを指摘した。もっとも、Morrisは人口(集団)のより良い定義のために、個人の特徴(property)のなかで、集団のメンバーシップを規定するものを理解する重要性を指摘している。しかし、冒頭に挙げた定義のようにMorrisの議論は黙殺されてしまったと筆者は指摘する。

こうした先行研究のうえで、Kriegerは集団を個人に内在する性質として物のようにしか見ない考えを排し、集団をrelationalな視点から捉え直す。ここで、Kriegerははっきりと「多数から構成される単なるランダムサンプルではない」集団として人口(population)を定義している。

このように議論した上で、Kriegerはパブリックヘルスにおける人口の特徴として以下の四つの関係性をあげる。

(1) genealogical - 生物学的な関係
(2) internal and economical - 個人の生活を維持するにあたって行われている日々の活動、世帯概念に近い
(3) external and ecological - 集団と環境との関係
(4) teleological - 分析上、何らかの目的を持って持ち込まれる定義(市民権など)。

これらの定義を紹介した後に、Kriegerは現実の人口集団を批判的に理解するために必要な四つの命題について述べる。

(1)明かなことを主張する。健康に関連する人口の特徴とそれらが生じる生成的な因果関係に対して洞察を与える平均の意味のありようは、どれだけ集団が内在する本質的あるいは非本質的な生成的関係との関連で人口が定義されるかによる。

(2)これら集団の本質的ないし非本質的な関係によって規定されたチャンスは、人々の健康や疾病の分布を規定する。

(3)科学的な正確性を改善し批判的思考を促進するために、分析に用いられた人々を“study participants”とする。それは必ずしも“study population”ではない。study participantsが意味ある人口である基準を満たしているかは別途説明されなければならない。

(4)以上より既存の知識で理解されているような内的妥当性と一般化可能性との亀裂は誤解を招く。研究対象(study participants)の意味ある選定は、その対象を含む現実の世界、すなわち意味ある集団、において経験されているかという関係から行わなければならないからである。

(3)-(4)についてKriegerは乳がんを予測するリスク要因(若年出産や若年の月経閉止など)を特定したイギリスの研究結果が、アメリカでも再現され、最新の統計手法を用いても支持された事例を引用する。これらはリスク要因の特定という意味では共通の見解をもたらしたが、イギリスでは社会階級の効果が見られなかった一方で、アメリカでは労働者階級において乳がんリスクが低いことがわかった。この差は、Kriegerによればイギリスのサンプルに労働者階級が多く、全体の人口を反映していなかったからだとされる。

この事例が示唆するのは、研究対象(survey participants)が一般的な人口を代表するランダムサンプルでなくとも、実際の社会において経験されている(分布を説明する)ばらつきを研究対象が(ある程度?)捉えていれば良いということである。

Aberg-Riger, Ariel. (2018) A Visual History of the U.S. Census.
https://www.citylab.com/equity/2018/06/a-brief-history-of-the-us-census/564110/

Johnson-Hanks, Jennifer. (2015) Populations are composed one event at a time. Population in the Human Sciences: Concepts, Models, Evidence. 238-253.

Xie, Yu. (2000) Demography: Past, present, and future. Journal of the American Statistical Association 95(450): 670-673.

Hauser and Duncan (1959)における人口学の定義を引用しつつ、その射程やこれまでの研究の知見をまとめている。Hauser and Duncan (1959)によると、人口学は以下のように定義される。

"the study of the size, territorial distribution, and components of population, changes therein, and the components of such changes."

ここで、前半部分、すなわち人口のサイズや分布について検討するのが、Xieによれば形式人口学(formal demography)であり、後半部分、すなわち人口の構成やその変化について検討するのが人口研究(population studies)であるとする。両者には、用いるデータや手法についても差がある。簡潔にまとめると、Xieは以下のような対比をしている。

形式人口学(formal demography)人口研究(population studies)
起源John Graunt, 1662Thomas Malthus, 1798
関心出生、死亡、年齢構造、人口の空間的分布他の学問分野からみて本質的な人口の構成や
その変化。定義から分野横断的になる。
手法数学的、生命表などの活用統計学的。関心によって様々。多変量解析。
データセンサスデータサンプリングデータ

さらに、components of populationとは、人口の異質性のことを指しており、Queteletの平均人(average man)に対比されるGaltonの人口学的思考、すなわち平均からの偏差(deviation)を誤差(error)として捨て去るのではなく、説明できなかった分散(variation)として扱うことを含意しているという。

Schweber, Libby. (2006) Disciplining Statistics: Demography and Vital Statistics in France and England 1830-1885. Duke University Press.

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