May 22, 2015

この一週間の出来事と倩々考えていること。

この一週間は忙しかった。まとまった暇な時間がほとんどなく、課題をこなし、授業に出席し、議論をして、分析をして、家に帰るの繰り返し。とは言っても、短いとは感じない。5月も、4月と同じくらい長く感じる。これは大学院に入ってから、大きく変わったことだ。

一般に、大学院の一年目はコースワークで忙しいとされるが、自分に関しては、この問題は半分当たり、半分外れている。当っている部分は、確かに社会学の必修やゼミで課される文献は生易しくはない。教育的な配慮を持って選ばれていることには違いないが、研究論文としても価値のある、論争的な論文も選ばれ、議論の展開を理解するのは決して容易ではない。これに対して、外れているとすれば、易しくはないがそれで他のことに手がつかなくなるほどではないということになる。もちろん、レジュメの担当かどうかにかかわらず、文献について先行研究部分を調べ、それをまとめてくることは、姿勢としては望まれていることである。しかし、この作業は飽和することのない作業でもある。多かれ少なかれ、多少の妥協を持って授業に望まなくてはならない。

といったところで、私の抱えている問題は、合計すると三足のわらじになるかもしれないほどの役目を負っている点にある。IHSや寮での役割と並行して、修士の一学期目を過ごし、かつ研究もする。これは容易ではない。

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13日の水曜日は、野暮用のため、5日連続の駒場。駅でhtnさんと会い、久しぶりに説教じみた雑談をうける。用事を済ませ、その足で帰宅。日が沈む前に帰ったのは、いつぶりか分からないくらいだった。私もそれなりには、学問的に誠実になってやっているつもりだが、htnさんみたいな人と話すと、自分の不誠実さを恥じるばかり。こういうのをちゃんと指摘してくれる友人を持てるのは貴重なことだと思った。彼と話して気が高ぶってしまった私は、以下のように呟いている。「博士号とるまでの間は、毎年がとても重要な、勝負の年であることには違いなく、それを細かく刻んでいけば、毎月、毎日が気を抜けない月日になる(理想的には)。論文なんかも、二日くらい離れるともとの感覚取り戻すまで時間かかるし、なるべく常に何かを生産していた方がよい気がする」

木曜日は一限から始まり、二限のゼミ、五限の経済学のあと、研究室にこもって分析を進めていた。翌週に迫った報告のためである。

金曜日は、というかこの日に限らず、最近の自分の境遇を考えながら、一般に通じるかもしれない処世術について考えている。例えば、大学院に入って、指導教官のもと修士論文を書く身分になると、良くも悪くも、常に自分の名前が刻まれるようになる。学部の頃は、テストの解答用紙に名前書くくらいでいいが、院生になると至る所で、自分の名前が刻まれる。学部生というのは、学生という集合の中の一個人だが、院生になると、一つの名前を持った人間として扱われる。そうされることで、享受できるものも増えるが、責任も生じるし、ともすると替えがきかないような形でネットワークの中に埋め込められる。恐らく、社会人になって会社や官庁で働くというのにも、多かれ少なかれ、そういう要素はある。享受できるものも増えるが、責任が生じて、自由が利かない。最近、学部生のときに留学できてよかったなと思えるようになった。院生になると、一年外に出ることのリスクが学部の頃よりとても大きくなる。自分がいなくなっても、特に問題が起こらないような時期、要するに他人と区別されない一個人の時に、好きなことするのが、後々振り返るといいのではないかなと思った。これは、後輩が留学の相談をしてきたことから出てきた感想。

この日は予定がキャンセルになったので、飲み会まで一日自宅でコンディション調整。関係ない本読んだりする時間が息抜きになる。ゼミのコンパで先生の隣に座ったのは、実は初めてかもしれない。二次会も楽しく白糸にて。少しずつ、研究室のメンバーとして認められつつある気がする。

土曜日は駒場で映画の授業。マジックリアリズム系のLaura Esquivel原作の作品であるLike water for chocolateを観る。なかなか遅くまで続き、帰宅して課題を片付ける。研究会のために、分析再現用のログをつくる。卒論の時は結構ひっちらかしていたが、一度分析結果をうまく再現できない時があり、それ以来ログは全て残すようにしている。ただ、今回の反省として、後々振り返ってもすぐ分かるように編集しなおしてこそなのだなと思った。分析で疲れていると、そこまでやる気が起きないけど、粘ったほうがよい。日曜日も分析した後、作業。


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最近の事情から、論文執筆について考える。かつては修士の学生が査読付き雑誌に投稿できるなんて思ってなかったが、最近はそれは分野によるところが大きいし、社会学でも無理ではないんだなと思うようになった。比教社は結構指導教官との共著が多い気がするが、うちの研究室にはそうした慣行はない、現院生だと皆無に等しいのではないだろうか。そういうカルチャーに関して、心なしか他の研究室よりうちの先生方は、学生が自分で研究テーマを決めて、それに向けてじっくり研究するのを重視している気がする。人文社会系の大学院は指導教官との一対一の関係以外に、研究室や講座で学生を育てるというカルチャーがあると思うが、誰のもとで学びたいというのと同じくらい、時にはそれ以上に、どういう雰囲気の研究室が良いかというのが大切なのかもしれない。
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月曜は一度本郷に行った後、駒場で授業。眠かったので、いつもの授業後夕食企画では、ちょっとテンション高めになってしまう。火曜は二限と四限のあと、駒場へ。四限で眠くなってしまい、疲れを感じる。帰宅後、吉川氏が登場したBSを見る。

水曜日は1,2,3と続いた後に研究会。終了後に懇親会→ラーメン。発表を聞くたびに、「多」変量解析に対する恐怖感が生まれる。とはいえ、仲良く付き合っていかなくてはいけない。この辺りの話は、以前にもしたかもしれないが、ダンカンやゴールドソープの議論を思い起こす。最終的に回帰分析に落とし込めざる得ない計量分析を、一つの限界と捉えて、ブレークスルーを志していきたい。

その日は母の誕生日だったのでメール。二限の方法基礎で、留学生の質問からレジュメ談義が始まる。いい書き方のレジュメとは何ですか,と聞かれて,確かに確固としたマニュアルはなく,慣れや先輩の背中を見て学ぶとしか言いようがない代物かもしれない。少し困ったが、この疑問点は自分が学部三年のときにも感じたことでもあった。

日々の作業で、疲れは溜まる。帰りの電車の中でふと、ダグラス有沢法則を検討してみようかと思った。昔、ISAからの帰りの渋谷駅で、大御所U先生と遭遇し、研究関心伝えたらまず始めにそれを言われた。あの世代だとそういう連想するんだなと思った節がある。

この日は疲れてぐっすり眠るつもりが、深夜に突如として落雷。ほとんど寝れずじまいで、木曜日。昼休みに、駒場の時の先輩とお茶をする。出版社で働いているとのことで,色々教えてもらう。

金曜日も報告、前回とは毛色の違ったコメント。今扱っているのは、卒論のテーマの応用だし、初見のコメントにはディフェンスできるようになっているのかもしれない。本当は、今まで思いつかなかったような発想とかにつながればいいのだけれど、もしかすると手法やテーマが論争的ではないのかもしれない。予想だにしないコメントが来ないというのも予想外である。ひとまず。二回報告してこの手応えなので、修論の一章くらいにはしようと思う。論文にしていく作業に入る。
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私の研究室の先生方は、研究テーマをしっかり定めることが出来るまでが、研究の一つの、ただしとても大切なポイントだと考えているような気がする。修士一年目も、そういう時期に当てられている気がする私の場合は、2年ぐらい前から関心は変わらず、テーマも一年以上続けているので、何を研究するかというプロセスをとっぱらってしまっている。幸いなのかはわからないが、博論まではこれで続けるつもりでいられることができている。自分の研究関心を最大公約数的にまとめられ、かつ事例としての日本に固執しなくてよいテーマを選んだのは、イギリスにいる時だった。あの時は、寮に図書室があって、夜まで卒論から博論までどんなテーマで書くか考えてた。今でも迷いはないので、その点はよかったなと思う。
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土曜はいつものとおりライティング。若干、生徒と先生の間で齟齬があり、異文化コミュニケーションと表現される困難に遭遇。昼ご飯は友人と。その後は、一日中図書館で勉強。寮の食事には行かずに、山手でやきにんにく。人に干渉されない時間が、一週間のうち最低限は必要で、今日はその時間だった。


ブログを書いていなかった10日弱は、忙しくも充実した時間であり、研究生活にとっても重要な機関だったかもしれない。ここで得たエッセンスを生かして、研究を進める。




今のところ、ひとまずこの二年はしっかり勉強して、得られるものは全て得られるようにしたいと思う。それが、小さな,けれど重要な第一歩だろうと思う。修論や論文等頑張ろう。







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