吉川先生からいただきました。ありがとうございます。部数に余裕がある新書とはいえ、私のような院生に送ってくださるとは恐縮です。
学歴による分断を考えるときに、私が研究している階層結合、具体的には学歴同類婚は重要な役割を担うと考えられ、本書でも言及されています(pp.145-147)。この点にだけ簡単にコメントさせていただきたいと思います。
先行研究によれば、先進国共通に見られる世帯収入(所得)の格差拡大の要因として、近年になって家族形成に関する変化(changes in family formation practice)が指摘されています。ここで家族形成の変化とは、具体的には、(1)家族構造の変化(主としてシングルマザーの増加)、(2)女性の労働市場への進出、(3)学歴でみた配偶者同士の同質性の増加の三つに大別されます(McCall and Percheski 2010)。
(2)は一見すると家族の話ではないじゃないかと思われるかもしれませんが、女性が就労するということは、共働きの夫婦世帯が増えるということになりますので、かつて伝統的だった夫婦の性分業が弱まっていることと関係しています。
結論から言えば、(3)の要因があるのかは、意見が分かれています。イギリス(Breen and Salazar 2010)やアメリカ(Breen and Salazar 2011)のデータでは支持されていませんが(Breen and Salazar 2010)、中国(Hu and Qian 2015)では支持されています。どちらかというと、学歴の同質性が増しているかどうかよりも、女性の就労参加によって夫婦の所得の相関が高まっていることの方が本質的とする議論もあります(Breen and Andersen 2012; Esping-Andersen 2007; Schwartz 2010)。
この議論を日本に当てはめるときには、二つ注意点が必要です。まず、絶対的なレベルでも、オッズ比で見た相対的なレベルでも、日本の学歴同類婚は減少傾向にあることがわかっています(福田・余田・茂木 2017; Miwa 2007)。次に、日本では女性の学歴と就労の関係が弱く(Brinton and Lee 2001)、仮に学歴同類婚が増えたとしても、(ダグラス=有沢法則にもあるように)高学歴女性は所得の高い高学歴の男性と結婚する傾向が強いため、就労を抑制する可能性があります。
実際、共著で進めている研究では、学歴同類婚の減少によって収入格差の拡大が多少抑えられていることがわかっています。また、近刊の論文では2007年時点で結婚していたカップルの所得分布をパネルデータで追跡したところ、妻の就労によって格差は縮小していること、高学歴同類婚夫婦の女性でも正規雇用を継続する人と無職を継続する人が同程度に多いことがわかっています(打越 2018)。
たしかに、一時点の分布でも、学歴同類婚が全くない状態(ランダムなマッチング)と、実際の分布を比較すれば、収入の格差は違ってきそうですが、学歴同類婚が減少している日本の状況を踏まえると、学歴同類婚によって「世帯単位での格差を拡大」(p.146)すると言ってしまうのは、若干ミスリーディングな気はしました。
個人的には、所得の分布だけを議論するよりも、そうした学歴結合でみた資源の格差が、次世代にも継承されるかどうかの方が、結合パターンを見る意義があると考えています。
同じ高学歴女性でも、高学歴の男性との結婚を考える女性と、特にそうした選好を持っていない女性がいると考えるとき、母親の教育役割が強調される日本において(Hirao 2001)、高学歴女性が労働市場において人的資本を活用しないことが子どもの教育への関与を通じて正当化されうることを踏まえれば(Yu 2009: 113)、学歴パターンによって理想とする子ども数や教育投資の額は異なってくると考えられるからです。
実際、私が先日SSM2015の報告書として提出した論文での分析によれば、他のカップルに比べて高学歴同類婚カップルは第2子を産むハザードが有意に低いことがわかっています(Uchikoshi 2018)。この結果を、学歴結合と子どもへの教育投資額との関係を検討した分析も合わせて、私は高学歴同類婚の夫婦では子どもへの教育投資のため、子ども数を2人から1人に抑制する傾向があるのではないかと推測しています。
著書でも、若年層では大卒かどうかによって子ども数が異なってくるという指摘があります(p.141)。このサンプルには未婚者も含まれているため、多少慎重になられた方がよいのではないかと思われる記述もありますが、上記の点とも関連するものです。また、大卒カップルが1人目の子どもを持つ政策と、非大卒カップルが2-3人目を持つ政策を峻別するべきだという主張は、その政策の実現可能性は置いておくとして、興味深い指摘だと思いました。
文献
Breen, R. and L. Salazar. 2010. “Has Increased Women's Educational Attainment Led to Greater Earnings Inequality in the United Kingdom? a Multivariate Decomposition Analysis.” European Sociological Review 26(2):143–57.
Breen, R. and L. Salazar. 2011. “Educational Assortative Mating and Earnings Inequality in the United States.” American Journal of Sociology 117(3):808–43.
Breen, R. and S. H. Andersen. 2012. “Educational Assortative Mating and Income Inequality in Denmark.” Demography 49(3):867–87.
Brinton, M. C. and S. Lee. 2001. “Women's Education and the Labor Market in Japan and South Korea.” Pp. 125–50 in Women's Working Lives in East Asia, edited by M. C. Brinton. Stanford University Press.
Esping-Andersen, G. 2007. “Sociological Explanations of Changing Income Distributions.” American Behavioral Scientist 50(5):639–58.
福田節也・余田翔平・茂木良平,2017,『日本における学歴同類婚の趨勢:1980年から2010年国勢調査個票データを用いた分析』IPSS Working Paper Series (J) No.14.
Hirao, K. 2001. “Mothers as the Best Teachers: Japanese Motherhood and Early Childhood Education.” In Mary C. Brinton (ed.) Women's Working Lives in East Asia, 180-203. Stanford, CA: Stanford University Press.
Hu, A. and Z. Qian. 2015. “Educational Homogamy and Earnings Inequality of Married Couples: Urban China, 1988–2007.” Research in Social Stratification and Mobility 40:1–15.
McCall, L. and C. Percheski. 2010. “Income Inequality: New Trends and Research Directions.” Annual Review of Sociology 36(1):329–47.
Miwa, S. 2007. “Long-Term Trends in Status Homogamy.” Pp. 140–60 in Deciphering Stratification and Inequality, edited by Y. Sato. Trans Pacific Press.
Schwartz, C.R. 2010. "Earnings Inequality and the Changing Association between Spouses’ Earnings." American Journal of Sociology 115: 1524–1557.
打越文弥, 2018, 「夫婦世帯収入の変化からみる階層結合の帰結:夫婦の学歴組み合わせと妻の就労に着目して」『家族社会学研究』 30(1) 1-13.
Uchikoshi, F. 2018. "Heterogeneous Fertility Behavior among Highly Educated Women in Japan: The Effect of Educational Assortative Mating on First and Second Childbirth Using Diagonal Reference Model.'' The 2015 SSM Research Series: Demography and Family. Tokyo: The 2015 SSM Research Committee.
Yu, W-H. 2009. Gendered Trajectories: Women, Work, and Social Change iYu, W-H. 2009. Gendered Trajectories: Women, Work, and Social Change in Japan and Taiwan. Stanford, CA: Stanford University Press Japan and Taiwan. Stanford, CA: Stanford University Press
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