婚外子を持つことが難しい日本では、未婚化(結婚年齢の遅延、及び生涯未婚率の上昇)が少子化に直結し、大きな社会問題となっています。
しかし、人々は別に結婚したくなったわけではなく、様々な調査で、結婚願望は男女とも非常に高い水準で維持されていることがわかっています。例えば、国立社会保障・人口問題研究所が5年ごとに実施する出生動向基本調査では、最新の調査回(2015年)でも独身者のうち、男性で85.7%、女性で89.3%がいずれは結婚しようと考えていることがわかっています。
このような状況で、結婚を仲介するサービスが増加しています。「婚活」という言葉に代表されるように、現在では、友人や職場といった「自然」な出会いに頼らず、自分から結婚相談所などを利用して将来の伴侶をサーチすることが珍しいことではなくなってきました。
こうした社会の変化も反映して、社会学者や人口学者も、「婚活」のデータを用いた分析を始めています。その中でも、今回は結婚エージェンシーのデータを用いたユニークな論文が出版されたので、これを概観してみます。
Yu, Wei‐hsin and Ekaterina Hertog. 2018. Family Characteristics and Mate Selection: Evidence From Computer‐Assisted Dating in Japan. Journal of Marriage and Family.
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/jomf.12473
この論文では日本の代表的なmarriage agency(日本的に言えば、結婚相談所)から顧客データを提供してもらい、相談所に登録している男女がどのような相手からのリクエストを受けるかを分析しています。
このデータのユニークなところは、本人側がどのような相手を選好するかを、本人にデートをリクエストしてきた複数の相手の情報を用いて推定している点です。
推定のメインは「どのような相手が好まれるのか」にあるのですが、これ自体は従来の調査データでも、推測することはできました。例えば、学歴の高い男性は結婚しやすいわけですが、それは相手の女性が高学歴の男性を選好しているからだろうと考えられてきたわけです。
しかし、このような推測はあくまで推測です。つまり、実際には、ある変数の効果は相手によって評価されている(あるいはされていない)ために生じているのか、本人が配偶者選択に積極的になるために生じているのか、区別がつきません。
今回の分析の焦点は、東アジアにおける家族主義的な文脈を考慮したもので、具体的には相手が長子であることや一人っ子であることが、相手からのデートのリクエストを受け入れるかにどう影響するかを検討しています。家族主義的な傾向が強い日本では、長男は結婚後も親と同居し、長男の家庭は親に対してケア役割を提供することが期待されます。そして、ケアを提供するのは長男の家に嫁いできた女性に期待される傾向にあります。そのため、仮説としては女性は長男である男性との結婚を忌避する傾向にあるのではないかということが思いつきます。
しかしながら、先の退避に即して言えば、例えば変数レベルで、長男であることと結婚タイミングの間に関係があったとしても、それは女性側が「長男の男性と結婚すると義理の親と一緒に住む必要がある」と考えて結婚を忌避する負の効果と、男性側が長男であるが故に親から受けるプレッシャーが結婚に対して影響する正の効果が両方入っています。そのため、両者の効果を峻別することができません。
しかし、この論文のような女性側の選好を含んだデータを用いることで、その正負の効果を区別して議論できるのがこの論文のメリットであると筆者らは主張します。
従属変数としては、相手からのリクエストを受け入れたか、どうかという変数が用いられています。及び、固定効果ロジットモデルを用いることで、推定するのはあくまでreceiverである個人内における、複数のsenderの属性によって表現されるwithinの変化になります。具体的にどういうことを意味しているかというと、同一個人に対して複数のリクエストが舞い込んでくるわけですが、その複数のリクエストを、個人はアクセプトしたり、しなかったりできます。そのばらつきを、リクエストした側の特徴のばらつきによって説明しようとしているということです。
分析結果としては、きょうだい構成や生活様式(living arrangements)は男女で異なって影響するという仮説通りの結果が導かれています。例えば、senderが女性よりも男性である場合の方が、長子であることや親と同居していることが低いアクセプト率とつながる傾向にあることがわかりました。この背景には、receiverである女性は、長子だったり親と同居している男性に対して、結婚後に義親をケアする必要性を見ているからだと解釈されています。
非常に面白い論文でした。さしあたりの感想になりますが、この論文では冒頭で、長男であることの正負の効果を峻別できる、と書いてありますが、実際には同じreceiver内によって異なるsenderの特徴をwithin-person variationとしてとっているので、長男が親から受けるプレッシャーのために結婚に積極的になっているかはわかりません。分析では、receiverが過去に結婚した経験がある場合に、senderが過去に結婚している場合と正の交互作用がある、すなわち、離死別経験者は互いを選好し合うことがわかっていますが、このようにreceiverの特徴との交互作用を取っても、上記の利点は達成されないでしょう。
本当に正負の影響を峻別したいのであれば、以下のような手続きが必要だと考えられます。例として、sender側として長男の男性が二人いるとして、同じ女性に対してデートのリクエストを送ったとしましょう。その特徴だけからは、receiverの女性は、リクエストを送ってきた男性は二人とも長男のため、結婚後に親のケアを負担する可能性が高いという期待値を同じくらいに見込んでいると予想されます。しかし、仮に長男であることが男性側の結婚のプレッシャーとなるのであれば、senderが長男であるという情報だけでは不十分で、そのsenderが長男としてどれだけのプレッシャーを親から受けているかを別途指標化する必要があるでしょう。
そのほか、この論文ではsenderが過去に結婚していたり、子どもを持っていたりするとデートのリクエストをアクセプトされにくいことがわかっていますが、自治体の結婚支援センターに登録した人のデータを用いた先行研究では、結婚経験がある人は男女とも結婚しやすいことがわかっています(小林・能智 2016)。これは、結婚経験がある人の方が夫婦としてコミュニケーションや家事などの経験があるためだと考えられていますが、本論文の結果は、結婚経験があるとデートのリクエストはアクセプトされにくいということで、一見すると矛盾しているように見えます。もちろん、引用した先行研究は結婚をイベントとする生存分析を用いており、手法が違います。さらに、結婚経験を持つ人が結婚しやすいかという話と、結婚経験を持つ人からのオファーを受け入れやすいかどうかには、質的な差があることも事実でしょう。
余談になりますが、第二著者のEkaterinaさんは、イギリスに交換留学していた時にオクスフォードに寄る機会があり、その時に面会してくださいました。その時点で、既に論文で用いたデータで何かできないか考えているという話を聞きましたが、やはり日本の婚活サイトのデータは本人の信頼に足る情報を多分に含んでいるため、ポテンシャルのあるデータだと思います。第一著者のYuさんはメリーランド大学に合格した際に連絡をいただいた先生で、進路を決めた時も、またどこかで研究が交差するといいですねといってくださって、非常にありがたい気持ちになったのを覚えています。いつか一緒に研究する機会があれば幸いです。
文献
小林盾・能智千恵子, 2016.「婚活における結婚の規定要因はなにか,」『理論と方法』31(1)70-83.
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