Schneider, D. (2011). Wealth and the Marital Divide. American Journal of Sociology, 117(2), 627-667.
アメリカでは所得や収入による格差だけではなく、富(資産、wealth)による格差も注目されており、単なる格差の趨勢だけではなく、富の有無や多寡に伴ってアウトカムが異なるかが検討されている。
私の関心は家族形成にあり、最近出た富の格差に関するレビュー論文を読んでいて、この論文の存在を知った。AJSは冗長なところもなくはないが、関心に合うということでまとめてみる。
研究の背景としては、アメリカでは結婚における人種と学歴の格差が拡大していることがある。具体的には、白人よりも黒人の方が結婚タイミングが遅くなる傾向にあり、最終的な結婚確率も異なる。同様のことは学歴についても指摘されており、高学歴者の方が結婚確率が高い。重要なのは、この差が近年になって拡大しているということである
。
そこで、なぜ人種や学歴によって結婚にアクセスできる機会の格差が拡大しているのかが重要な研究の問いになるわけだが、先行研究では経済的な要因と文化的な要因による説明がなされてきた。論文で詳細に説明されているわけではないが、前者は人種間の雇用の安定性や所得の格差が拡大していることに説明を求めるものであり、後者は黒人層では結婚の価値を低く見積もるようになっているという説明をしているようだ。
この論文ではそうした労働市場のパフォーマンスや文化的な説明ではなく、富によって人種や学歴の結婚格差の分岐を説明しようとしている。
一つ興味深いのは、この論文において富と結婚の関連を説明する際の論拠として引用されているのがEdin and Kefalas(2005)らによる質的研究であるという点だ。Edinらの研究によれば、若年未婚カップルが結婚に踏み切ることができない理由として、収入の安定性やカップルの関係性だけではなく、貯蓄や車、あるいは家の所有も結婚の条件と考えていると指摘されている。
こうした質的研究によって指摘に加えて、富(資産)の所有には人種や学歴による差がある。したがって、この研究では資産の所有によって人種と学歴による結婚可能性の差の一部が説明されるという仮説を検証する。
次に、この論文では「なぜ富が重要なのか」を検討している。結婚というアウトカムに照らして、本研究では二つの可能性を提起している。
まず、富の所有それ自体が重要であるという可能性である。アメリカでは同棲や結婚をせずに子どもを持つカップルが増えており、こうしたかつては非典型とされたカップルに対する社会の寛容性も増している。そのため、わざわざ式まで開いて結婚という法的な関係を志向する必要性は失われつつある。そのような中であえて結婚を選択するカップルは、結婚の象徴的な意味を重視しているようになっているのではないかという議論がある。主に、家族社会学者のCherlin(2004)が提唱している結婚の象徴的ステータス説に従えば、富によって結婚に至る可能性が異なるとすれば、それは富の象徴的な意味合いが重視されているからだと考えられる。したがって、この仮説に従えば、富の所有それ自体が結婚への移行に寄与すると考えられる。
その一方で、富の多寡が重要であるという可能性もある。こちらの方が直感的に理解されやすいかもしれないが、資産を使用することによって結婚生活に物質的な豊かさをもたらすことはできるし、資産が豊かであれば将来の経済的なステータスの不確実性を縮減できる。以上のように考えれば、富の所有それ自体ではなく、その価値(use value)が重要になる。
具体的には家の所有がわかりやすいだろう。家自体を持っていることが結婚の条件になるのか、それとも同じ家でも価値の高い物件や土地を所有していることが結婚の可能性を高めるのか。これだけだと、どっちもありそうと考えてしまうことになるので、実際にデータを用いて検証することになる。
使用するデータはNational Longitudinal Survey of Youth 1979である。論文では富について3つの指標を用いて測定している。まず、(1)所有の有無を測定する4つの二値変数として住宅、車、金融資産、及び調査で尋ねられたその他資産、次に、(2)借り入れ相当額を考慮した、以上四つの資産の評価額、最後に(3)以上の資産の総額である。
離散時間イベントヒストリーモデルによって推定された結果は、以下のようになる。まず、所有の有無については、男性の場合、車と金融資産の所有は結婚への移行にプラスに働いている。女性については、車とその他の資産の所有が結婚にプラスに働いている。いずれも、資産がネガティブに働くことは確認されていない。平均限界効果(average marginal effects)の推定値を見ると、例えば男性では、前年に車を所有していると結婚確率が2.6%上昇する他、金融資産を所有していると1.5%確率が上昇する。なお、この分析結果は前年の所得や従業上の地位などを全て統制している。
また、富の所有以外の共変量を投入したモデルと、それらに加えて富の所有を投入したモデルを比較した時、男性では人種と学歴双方の結婚確率に与える影響が富を投入することによって部分的に説明される。その一方で、女性については、富を投入するまでもなく所得などの共変量を投入した時点で学歴の格差はなくなり、人種については富によって一部、黒人の結婚しにくさ(白人の結婚しやすさ)が説明されるものの、その説明力は男性よりも大きくない。以上より、富の所有が人種と学歴による結婚確率の差を説明するという仮説は、男性で支持され、女性では部分的に支持される形となった。
最後に、富の所有それ自体が重要なのか、それとも富の多寡が重要なのかという点を検討している。分析の結果は、先ほどの結果と同じように、男性では車とその他の金融資産、女性では車とその他の資産が結婚にポジティブにきくが、評価額も同様に結婚の移行とポジティブな関係にある(ただし、男性においては、その他の金融資産の額は、有無とは異なり統計的に有意な関連を持っていない)。また、資産の総額は結婚に対して男女ともポジティブに働くが、この変数は人種と学歴が結婚に与える影響を媒介しているわけではないことがわかった。
家族人口学的な研究と、近年階層論において注目を集めている富がライフコース上のイベントやウェルビーングに与える影響に関する研究を上手く繋げている、良い論文だった。先行研究のレビューも厚く、富の象徴的な価値を導いているあたりも含めて、仮説の導出もお見事である。
仮説が必ずしもサポートされなかったのはよいとして、個人的によくわからなかったのは、結局、なぜアメリカでは結婚における人種と学歴の格差が拡大しているのか、という点であり、言い換えれば、この論文はその問いに答えているのか、ということになる。著者はEdin and Kefalas(2005)を再び引用しながら、近年の結婚では経済的な要件が変化しており、富がより重要な指標になっていることに言及しているが、NLYS79は文字通り1979年にある一定の年齢層だった個人を対象とする単一コーホートの研究であり、なぜ人種と学歴による結婚機会の格差が拡大しているのかは、結局のところ、この論文からだけではよくわからない。もっとも、この点については、論文でも今後の研究では複数のコーホートによる比較が必要であるとしている。
参考文献
Cherlin, A. J. (2004). The Deinstitutionalization of American Marriage. Journal of Marriage and Family, 66(4), 848-861.
Edin, K., & Kefalas, M. (2011). Promises I Can Keep: Why Poor Women Put Motherhood Before Marriage. University of California Press.
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