November 21, 2017

デュルケム自殺論のメモ

TAセミナーで「自殺論」を読んでいるのですが、この本におけるいくつかの論点についてメモしておきます。綺麗にしたものはresearchmapの資料として公開しています。

1. 統計の使い方について

自殺論において、デュルケムは統計データを無批判に使用していたことが批判されるようです。どのようにして当該のデータが集められたのかを軽視し、それを客観的な事実としてみなしていた、くらいの意味でしょうか。

Durkheim et les statistiques, petite note
http://coulmont.com/blog/2016/01/17/durkheim-et-les-statistiques/

Pistes de recherche pour une sociologie des statistiques du suicide. Note sur « Anti- ou anté-durkheimisme »
http://ress.revues.org/417

ただ、上記のブログによると、自殺論においてデュルケムは一部の統計データに対して懐疑的だったことが指摘されています。(グーグル翻訳したものを)まとめると、
  • 自殺の同期に関する統計に関しては役人の主観的な判断が入り込む余地があるため信頼性に欠ける(第2編第1章2節)。
  • 職業や階級別の自殺統計は正確ではない(第2編第2章、邦訳p190)
  • スペインの統計データの信頼性は低いという言明(第2編第2章注20)。
  • 危機の際に自殺が減るのは、行政当局の活動が麻痺して、自殺の検証が正確に行われない可能性がある(第2編第3章、邦訳p244)
  • 一方で、第3編の2章注53において、今後、統計的調査はますます正確になると指摘する。
2. 男女の本質主義的区別について(Lehmann 1995より)

デュルケムは、女性は本質的に非社会的で、そうであるがゆえに他者との関係や支持が必要ないと言い放っています(自殺論第二編第3章最後)。その一方で、より社会性が複雑な男性は、より多くの支持が必要となり、結果的に結婚の有無の自殺率との関連が、男性において顕著に見られることの説明としています。本質主義的とは言いましたが、デュルケムは性別分業(sexual division of labor)を機能的に分化した形と「社会分業論」において捉えており、社会が複雑化するにつれて、社会的な男性と非社会的な女性の分化が進んだ形として性別分業があると考えています。
デュルケムは社会の複雑化に伴って個人の分業の度合いを強めていくと考えるのですが、女性は個人ではなくあくまで均質的な集団として描かれています。

デュルケムは、男女間の自殺率について以下のような指摘をします。

  1. 男性よりも女性の方が自殺率が低い。
  2. 未婚者よりも既婚者の方が自殺率が低いが、それは女性よりも男性で顕著である。
  3. 既婚者よりも離別者の方が自殺率が高いが、それは男性のみに見られる。

1については、女性は男性に比べて非社会的であるならば、「社会性が足りないために」自己本位的な自殺を選択するのではないかと考えられるのですが、統計の結果はこれを支持しません。
これに対して、デュルケムは2-3の事実から、以下のように考えます。すなわち、本質的に知的で社会的な男性にとっては、社会的な統制が必要である。結婚は社会統制として機能する。したがって、男性においては結婚がもたらす正の効果が大きく、この統制を欠くと、アノミー状態になると。しかし、本質的に非社会的な女性は、社会性よりも性的な欲望という生物学的な動機によって行動するため、女性にとっては結婚は社会統制として機能せず、過度な統制になります。したがって、離婚が厳格に禁止されている地域ほど、女性の自殺率が高いことも説明できます。

3. 実証主義者からの応答(Haralambos and Hoborn 2008より)

  • Halbwachs(1978):相関係数などの手法を使用。宗教よりも都市と地方の差が自殺率の説明に有効。
  • Gibbs and Martin(1964):実証的な姿勢に立ってデュルケムの方法を批判。自殺率が高い地域において統合の欠如を観察することは難しく、別の手法を提案。

4. 解釈主義的アプローチによる批判(Haralambos and Hoborn 2008より)

4.1 自殺の社会的な意味(相互作用論)

  • Douglas(1967):デュルケムが依拠した自殺統計に対する疑問点を提示。統計自体が社会的な構築物であると指摘。社会的に統合されている集団であるほど、当人の自殺を隠す傾向にある。したがって、集団の特徴によって自殺の有無が規定されるのではなく、集団の特徴によって特定の死が自殺かどうか判断される。
  • デュルケムは自殺の意味づけとは関係のない分析をしているが、解釈の際には最終的に意味づけをしている。それらはケーススタディを通じてしかわからない。

4.2 常識的な推論の実践(エスノメソドロジー)

  • Atkinson(1978):検死官(coroner)がある死を自殺と断定するまでのプロセスを分析。検死官達は典型的な自殺像(common sense theory)を持っており、複数の証拠(遺書の存在、死に方(路上での死は自殺とみなされにくいが溺死や首吊り、ガス死、薬物投与などは自殺と見なされやすい)、場所(同じ銃殺でも荒廃した道路脇であれば自殺と見なされやすい。ガス死も窓を閉めていれば自殺と見なされやすい)、これまでの精神疾患の有無と生活状況)から総合的に自殺かどうかを判断する。
  • こうした「自殺らしきもの」に関する理論は社会学者にも見出される。デュルケムが実践しようとした社会学的な客観知は可能なのだろうか。

5. 経済成長は自殺を招くのか?創造的個人主義との関係(Baudelot and Establet 2006)

  • 一般に、経済成長(GDP)に伴って自殺率が高まるとされている。これは本当だろうか?
  • 経済成長著しいインドや中国に関してこれは当てはまりそうだが(第2章)。実際のところ、20世紀のフランスの自殺率は線形的ではない(デュルケムの自殺論の範囲外)。
  • ピケティが作成した長期間のトレンドに耐えられる購買力指標を用いたところ、戦後の急激な購買力の上昇に比べて、自殺率はほとんど変化していない(第3章)。
  • デュルケムが自殺の原因としたような要素(宗教からの離脱、離婚、出生)は経済成長の結果であるが、これらは戦後の経済成長の時期は19世紀ほどの効果を持たなかった。
  • この30年間は個人の能力や資質に基づいて集団を構成しようとする「創造的個人主義」(イングルハート)の価値観が伸長した時代であり、人間は新たな社会性を身につけるようになったため、伝統からの離脱による自殺の効果は低減したのではないか(第4章)。
  • Heliwell (2004)の研究から、社交性、他者への信頼、神への信仰は自殺率を減少させることがわかっている。

6. なぜ共産圏では自殺率が高いのか?(Baudelot and Establet 2006)

  • 旧ソ連圏の自殺率が高いことは知られているが、ソ連の自殺率は記録が残る1925年以前までは世界的に見ても高くなかった。
  • 1960年代までの記録はないが、1965年以降、アメリカやフランス、日本の平均余命が増長したのに対し、ソ連では余命が5歳縮まるという現象が見られた。
  • この背景は、経済の変化に伴って生じやすくなった心臓血管病やがん、アルコール中毒が生じたが、西側諸国ではこれらに対する医療技術が発展していった一方で、ソ連では発展しなかったことが指摘される。
  • 結果として、ソ連では1965年以降死亡リスクの高まりが見られた。これが自殺率の急激な増加と関連している可能性がある。

***自殺論文献***
Atkinson J. M., 1978. Discovering suicide. Studies in the social organization of Sudden death, Londres, Macmillan.
Baudelot, Christian and Roger Establet 2006. Suicide, l'envers de notre monde,Seuil. (=2012, 山下雅之・都村聞人・石井素子訳 『豊かさのなかの自殺』,藤原書店)
(Baudelot, Christian and Roger Establet, Suicide: The hidden side of modernity, Polity Press 2008.)
Douglas J.,1967. The social meanings of suicide, Princeton, Princeton University Press.
Gibbs, J. P., Martin, W. T. 1964. Status integration and suicide. Eugene, OR: University of Oregon.
Giddens, Anthony (ed.), 1971. The sociology of suicide. A selection of readings, Londres, Frank Cass.
Halbwachs, M. 1978. The causes of suicide. (H. Goldblatt, Trans.). New York: The Free Press. (Original work published 1930)
Haralambos, Mike, and Holborn, Martin, 2008, Sociology, 7th edition, Collins. (pp.795-893 Sociology of Suicide)
Helliwell, J. F. 2004. Well-being and social capital: does suicide pose a puzzle?. National Bureau of Economic Research.
Lehmann, J. M. 1995. Durkheim's theories of deviance and suicide: a feminist reconsideration. American Journal of Sociology, 100(4), 904-930.
Lester, D. 1993. The influences of society on suicide. Quality & Quantity, 27(2), 195-200.
Maris, R. W. 1969. Social forces in urban suicide. Dorsey Press.
Maris, W. M., Alan L. Berman, and Morton M. Silverman, 2000. Comprehensive Textbook of Suicidology, Guilford Press.
Pickering, W.S.F. and Geoffrey Walford, 2000. Durkheim's Suicide : a century of research and debate.
Taylor S., 1982. Durkheim and the study of suicide, Londres, Macmillan.
Wray, M., Colen, C., & Pescosolido, B. 2011. The sociology of suicide. Annual Review of Sociology, 37, 505-528.

藤原信行,2012,「自殺動機付与/帰属活動の社会学・序説――デュルケムの拒絶,ダグラスの挫折,アトキンソンの達成を中心に」『現代社会学理論研究』6: 63-75.
宮本孝二,2015「ギデンズのデュルケム研究」『桃山学院大学社会学論集』49(1), 1-26.
中河伸俊,1986,「自殺の社会的意味」仲村祥一編『社会病理学を学ぶ人のために』世界思想社,125-46.
杉尾浩規, 2012,「自殺の人類学に向けて」『年報人類学研究』第 2 号
杉尾浩規, 2013,「自殺と集団本位主義」Annual Papers of the Anthropological Institute Vol.3.
杉尾浩規, 2014, 「デュルケムの自殺定義に関する一考察」Annual Papers of the Anthropological Institute Vol.4
杉尾浩規, 2015, 「アトキンソンの「自殺の社会プロセスモデル」再考」『年報人類学研究』第 5 号
杉尾浩規, 2016, 「資料としての自殺」, 『人類学研究所 研究論集』第 3 号





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