December 21, 2024

侵入性

 社会学は侵入性の低い学問だと思う。一方で、経済学は侵入性の高い学問だと思う。

今冬は経済学の研究所に滞在していることもあり、経済学者と話すことが多い。慶応と一橋のセミナーでも報告し、経済学者からフィードバックをもらった。

そこで感じたことだが、経済学では「事実の真実性」が重要になる(少なくとも私が接している応用ミクロの世界にいる人の間では)。

当たり前に聞こえるかもしれないが、例えば「学歴によって賃金に違いがあるのはなぜか」という問いが成立するためには、「学歴によって賃金に違いがある」という命題が正しくないといけない。しかし、賃金が「学歴によって」異なるのが本当に事実なのかは、必ずしも自明ではない。社会学に比べると、経済学では賃金の違いが本当に学歴によって引き起こされているのかを確かめる。それが「事実の真実性」がいわんとするところだ。

社会「科学」をやっているのであれば、そんな作業は当たり前ではないか、と思われるかもしれないが、社会学では「事実の真実性」よりも「事実に対する世界観の提示」の方が重要視される。これは、「事実の真実性」が蔑ろにされるという意味ではない。一応(経済学者ほどではないにしても)、社会学でも観察される事実に真実味があるかは俎上に上がるが、相対的には世界観を提示できる人のほうが高く評価されると思う。

それでは「世界観の提示」とは何かというと、「学歴によって賃金に違いがある」としたら、なぜ・どのようにその関係が生じているかに関する「モデル」の提示だといって差し支えない。それは、採用者が学歴によって人を「差別」するからかもしれないし、単に学歴の高い人のほうが生産性が高いのかもしれない。あるいは、他の理由によって学歴の高い人のほうが賃金の高い職業につきやすいのかもしれない(=マッチング)。もちろん、経済学でもこうした「なぜ・どのように」の部分は一般にメカニズムとして「事実の真実性」が担保されたあとに検証されるという理解でいるが、社会学ではどちらかというと「もしかしたらこういうことが起こっているかもしれない」「学歴と賃金の関係についてこういう見方もあるのではないか」といういったモデルの提示が好まれる。

モデルの提示は、言い換えれば「ストーリーテリング(物語り)」といってもいい。一流の社会学者にはいくつかの定義があるが、その一つはこのストーリーテリング力があるかどうかだと思う。学歴が賃金の違いを生む過程をすべて観察することはできない。できないからこそ、観察された事実の間を埋めるような「モデル=ストーリー」が必要になる。観察されていない以上、本当にそのストーリーが正しいのかはわからない。しかし、いくつかの仮定を置いたりして、事実をつなぎ合わせたりすれば、もっともらしいストーリーができる。

また、仮に学歴→賃金の関係があったとしても、「→」にあたるストーリーは複数たりえる。それは男女で異なるかもしれないし、移民とネイティブで異なるかもしれない。日本とアメリカでは「→」が異なるかもしれない。社会学の中でも、人口学に傾斜を置く者であれば、「→」を豊かにするためにジェンダーや人種、国籍といった社会人口学的な変数に着目するし、制度を重視するものであれば、社会ごとに異なる制度や規範に着目するかもしれない。社会学者は伝統的に世界を4象限で理解したがると言われるが、それも自分からすれば「世界観の提示」という社会学者の仕事の一つと言える。

社会学者はそんな怪しい商売をしているのですか、と思われるかもしれないが、正直に社会学者は世界観の提示をするのが仕事の一つです、と言ってしまってもいいのではないかと思う。エビデンスという言葉が称揚される時代、社会学も「事実の真実性」に誘惑されて経済学者の研究に近づいてしまっている。そうなると、何が社会学のユニークさなのか、忘れてしまいかねない。「本当かどうかわからないけれど、そういう可能性もありそうね」という世界観の提示も、社会現象の理解に重要な貢献をするはずだ。

「本当かどうかわからないけれど」というのは厄介な部分で、社会学のトークを聞いていると、「その事実は本当か?」と聞いてしまいたくなる時がある。それはデータがインタビューの場合でも、サーベイの場合でも(「本当か?」の意味は異なるが)同様に生じる。

そこで経済学は、事実の統計的な同定(identification)を通じて「真実性」を追求するが、社会学では「→」の穴埋めを通じて「世界観」を提示することで、もっともらしさを与えようとする。だからといっていいかわからないが、社会学のトークは、45分話すとしたら15分は「私の世界観」開陳コーナーと言っても差し支えない。要するに、バッググラウンドが長いのである。経済学は、少々のイントロスライドから、直接問いに入るが、社会学では主張のもっともらしさを支える「理論」や「コンテクスト」を話す時間が長い。

最初に書いた侵入性という言葉は、ここに関係してくる。経済学のセミナーでは、発表中から丁々発止の議論が始まる。それは事実の確認といった小さな点も含むが、因果関係の同定の部分では、発表者の分析に対して、どのような仮定を置いているのか、同定の仕方は適切なのか、推定の結果はどれだけ過大(過小)なのか、オーディエンスが「事実の真実性」を巡ってコンセンサスを得ようとする。もちろん、コンセンサスを得ようとするのではなく、自分の主張を押し通す人もいるが。こうした営みは、発表者の報告内容に対して、他者が侵入してくる程度が強い、ということができるだろう。

これに対して社会学は、言ってしまえば「みんな違ってみんないい」のカルチャーである。まず、発表者の報告中に対して、基本的に質問はしない。なぜかはわからないが、経済学に比べると社会学では、最後まで聞かないと相手の言おうとしていることはわからない、という暗黙の了解がある気がしている。これは要するに、社会学のトークは究極的には「世界観の提示」なので、話が終わるまではどのようなストーリーが展開されているのかわからないからだと思う。

発表が終わってから始まる質疑応答では、まず「素晴らしい発表をありがとう」とまずお礼を言う規範がある(なんと丁寧なことか)。そして「あなたの発表から云々をたくさん学んだ」と褒めちぎった後で「ただ、ほんの少しわからないことがあって」と、質問をおまけのように言う(もちろん、戯画化している)。「ほんの少し」が全くもって「少し」ではないことはよくある話だが、基本的に質問は、相手の世界観が真だとすると(こういう事実もあるんじゃないか?)、という仮定付きで進む。もちろん「私はあなたの世界観を買わない」と喧嘩を売ってもいい。実際には、喧嘩腰で質問する人は珍しく、質問者は「私の世界観」を提示しながら、「私の世界観に従うと、あなたの主張は現実的には見えない」と、世界観を通じてコミュニケーションをする。

経済学のセミナーでよくある「事実の真実性」と社会学の「世界観を通じたコミュニケーション」の間には、侵入性を巡って決定的な違いがある。「事実の真実性」の議論では基本的に「真実はいつも一つ」なので、質問者は発表者の想定に侵入してくる。これに対して、社会学でぶつけ合うのは「事実の真実性」よりは「事実の真実性の前提にある世界観」なので、疑問があったとしても「あなたの世界観は私と違うから仕方ないか」と諦められる。だから、社会学のセミナーでは、質問者は報告者の考えに侵入してこない。

繰り返すように、同じ現象を見ていても、経済学と社会学では重視される論点が異なる。どちらが正しいというわけではない。

それこそ世界観の違いだからだ。

November 26, 2024

噛み合わなさ

ここ数年、11月は学会で日本に帰ったり就活だったりで落ち着かない日々を過ごしています。4年前から付け始めた日記も、11月はぽっかり空いていたりします。それでも、感謝祭の前になると、急に色々なものが止まり始め、突然と時間ができます。

ふと気になって自分が現在取り組んでいるプロジェクトを全部書き上げたところ、30個近くありました。共著者の数を数えてみると、これも30人くらい。単著もありますが、ほとんど共著で、重複もあるのでこれくらいになります。RAの人や、編集者、仕事上関係の深い人を入れていくと、あっという間に50人くらいの人と、広い意味の研究をしていることに気づきました。

私のポスドクは自分の研究にエフォートの100%を捧げられるので、研究する時間は恐ろしいほどあります。研究する時間がありすぎて、研究していないと逆に罪悪感にかられるくらい時間があります。極端に研究する時間ができて初めて気づきますが、研究していないと不安になるのです。人間はわがままですね。

実際、ハーバードに来てから6本論文を仕上げられました。が、アメリカの社会学では量よりも質なので、単著でトップジャーナルに一本あれば苦労しないと言われ、暗に手を付け過ぎだと懐疑的な目で見られることも事実です。確かに、手広く研究をしすぎている人は、どこかアイデンティティがない人のように見えてしまいます。一応自分の中では30のプロジェクトのうち、25個は4つの研究テーマに収束しているのですが、それでも研究テーマが4つというのは、若手としては多いかもしれません。

一応自分の中では優先順位をつけて作業しているつもりではあるのですが、もっと一つのプロジェクトに時間を費やすに越したことはないという自覚もあります。エフォート100%でも回っていないので、これ以上プロジェクトは増やさず、今あるものをあと1年半のポスドクの間でできるだけ仕上げることが必要です。

ポスドクという身分にはなりましたが、基本的にやっていることというか、一日の過ごし方は学生の時と変わらない、何なら学生の時より学生や市区過ごしているので、正直まだ学生気分が全く抜けません。それでも着実に年を取っていると感じるときも増えました。わかりやすい例は、数年前から始まりましたが、大学院に出願しようとしている人からの連絡。出願書類や、ズームで話して相談に乗ることが増えました。私も出願の時に先輩の世話になったので、その時の恩返しをしているつもりではありますが、利害のない人の依頼にどこまで時間をかけて答えるべきかについては、まだ明確な回答がありません。

現役の博士課程の院生と話すと、自分はすでに学生と見られていないことに気づきます。先日あったフライアウト(フライもしなかったのでキャンパスビジットでしょうか)では、ジョブトークの後に大学院生とランチの時間があり、自分は数年前まで「向こう側」にいて、キャンディデートの人に的を得ない質問をしていたことを思い出しました。質問に答える側になってわかるのですが、要領を得ない会話になっている原因は、質問する側が的を得ていないことを聞くというより、答える側が質問の意図をうまく汲み取れていないケースが多いんじゃないかと思います。答える側も、初めて答える立場に立っている場合は、素人同然なのでした。そして答えるたび、自分の経験をシェアすることが、果たして何の役に立つのか、自問自答するわけです。

結局、自分が思っている以上に自分は「学生じゃない人」として見られているのですが、自分としてはだからといって「教員でもない」ので、向こうの視線とこちらの意識が噛み合わないときがあります。今のポストに何も不満はないのですが、この意識の噛み合わなさを早く解消したいというのが、最近考えていることです。

November 24, 2024

missing baby

デンマークの週刊誌(割と高級紙っぽい)のインタビューに答えました。

しかし読めない(サブスクしてないのと、言語的にも、二重の意味で、、、)

De forsvundne babyer (missing baby)

https://www.weekendavisen.dk/2024-47/udland/de-forsvundne-babyer


November 21, 2024

job talk as ritual

 ジョブトークをしてきた。去年と合わせて3回目。これが初めてのアメリカでのトークだった。ファカルティとのミーティングからジョブトーク、大学院とのランチも含め、特にやり取りに困ることなく、ひとまず一通りこなせたことに、多少の成長を感じた。例えば、2022年の自分だったら、全くこなせていなかっただろうし、去年の自分だったら、ジョブマーケットに入って1年目で、てんてこ舞いだったろう。

成長というより、正確には慣れかもしれない。ジョブトークでもミーティングでも、コミュニケーションにはパターンがある。そのパターンに従っていれば、摩擦なくやり取りができる。文化的な背景が異なるアメリカで、それも異なる分野の人と話す今回のようなキャンパスビジットでは、会話の「型」を知っていることの利益を感じた。そういう「型」は単にアメリカに長くいれば身につくというものではなく、やはり特定の人と、特定の場面でコミュニケーションを重ねることに、体に染み付くものだと思う。

トークの方は、思った以上にうまくいった。トーク自体は言い忘れたところを戻って説明した箇所が1つか2つくらいあったくらいで、欠落なく話せたと思う。前回のプラクティストークのときには暗記した内容を早口で話してしまったが、不思議と本番ではゆっくり話すことができた。かかった時間は38分ちょうど。大体想定していた時間に収まったので(ジョブトークは45分というところが多いが、集中力を考えると37分がベストらしい(本当か?))、トークの方は自分ができる範囲ではベストに近かったと思う。もちろん、そもそもトークの内容を変えたり、順番を構造的に変えれば、より良いパフォーマンスにつながったかもしれないが、それをするには自分の実力が足りなかった。現時点での実力は出し切ったと思うので、オファーがもらえなくても全く後悔はない。

Q&Aは、まあOKという感じだった。うまく答えられない、あるいは勘違いして答えた質問は複数あった。満足な回答ができたのかもわからない。ただ質問は尽きなかったし、参加してくれた人も多かったらしい。50点満点でトークは45点、質疑は35点とすると、合計80点くらのできだったと思う(この年になって自分のパフォーマンスを100点満点で表現するときが来ようとは)。

ジョブトークにも「型」はあり、トークの中身と同じくらい、聞いている人はスピーカーがその型をうまく踏まえているか、チェックしている気がする。イメージとしては、フィギュアスケートのショートプログラムに近いかもしれない。演技は自由だが、踏まえなくてはいけない要素がある。それは相手の目を見る、ボディランゲージ、途中で間を置く(そしてその時に水を飲む)、質問の時にそれはいい質問だという、答えられない質問に対してわからないと答えずそれっぽい回答をする、などなど、挙げればきりがないが、そういう一つ一つの要素が「こいつはジョブトークの作法をわかっている」という判断基準になる。そうして要素を積み重ねることによって、最終的に聞き手は「こいつは自分と同じ側の人間だ」と考えるようになる。したがって、ジョブトークは「聞く」部分と同じくらい「見る」ことが重要になる。

そういう意味で、ジョブトーク(ひいてはキャンパスビジット)は、ある種のritual(通過儀礼)なのかもしれない。少し大げさに言えば、ジョブトークは明文化されていないルールを適切に踏まえることによって、聞き手と話し手が同じ部族にいることを確認する作業と言ってよい。

一見すると、こういった作業は研究と本質的な部分で関係がないように見える。自分も、研究者の仕事は論文を書くことなはずなのに、なぜアメリカではパブリックスピーキングのスキルが重視されるのか、首を傾げることもないわけではない。ただ、こういった「お前と私は同じ部族」確認プロセスは、ジョブトークの場面で特徴的に見られるのであって、他の場面でも明示的ではないにしろ存在する。例えば、論文を執筆するときにも、各分野の不文律を守ることが重要になる。それ自体が科学的な知見を帰る訳では無いが、分野ごとに決まった「お作法」がある。それをクリアしていない論文は異なる部族に属すると思われるので、評価も割り引かれる。アカデミアというのは、ロジックの世界でもあるが、必ずしもロジカルとは言えない慣習が支配する世界でもある。

November 18, 2024

先輩として何を語ればいいのか

 母校(高校)の生徒さんがアメリカに海外研修にいかれるということで、(アメリカにいるので)一言くださいと言われ、指定された日時にライブで参加することが難しかったので録画をしたのですが、果たして役に立ったのだろうか、よくわかりません。

昔からこの手の「先輩からの経験」的なイベントにいくら参加しても特に何かを得たという記憶がなく、今回話す側に回って手探りでした。結果的に、客観的な事実と少し外れた話、最後に外観してみた感想、みたいな構成になります。高校時代、大学時代、大学院時代、そしてアメリカへ(ドラクエか)。まあ話自体に中身がなくても、こういう人がいると知って将来の選択肢が広がってくれればいいんでしょうかね。繰り返すように自分はこういう話から何かを得た経験がないので、自信がありませんが。

しかし高校の頃からアメリカに研修旅行に行って「意識を高める」活動を提供しているのには、頭が下がります。留学も低年齢化しているのだろうと思いますが、高校在学当時の私にはアメリカに留学する、といった考えはミリもなかったので、多分興味も示さなかったでしょうし、そもそも数十万もする費用なんて親が出してくれなかったでしょう。私は大学に行ってからこういった「意識が高くなる経験」に恵まれることになりましたが、もし留学への競争が低年齢化して、高校の時からスタートしないと手遅れ、みたいな社会だと(韓国とかが既にそうなっていると思いますが)、私は今頃アメリカにいないかもしれません。物事は全てたらればですね。

それで基本的に現在の自分を肯定するような語りになってしまうので(本当はあのときこうしてればよかったみたいな話をした方がいいのかもしれませんが)、そういう語りをしている自分を見るとひどく痛々しい気持ちになります。どんだけ自分大好きなんよ?みたいな。アメリカにいるというのも、やはりアメリカの大学院の方が日本よりもいいみたいな話になりがちで、本当は単純にそんな紋切り型の回答もできないんだよねと思いつつ、別に先輩からの体験談は留学におけるメリット・デメリットを話す場でもないかなと思ったり。

これに限らず、最近は少し年齢が下の後輩に対して、客観的にはメンタリング、主観的にはただの雑談と愚痴の混ぜ合わせをすることが増えてきました。学部まで日本で、大学院からアメリカで博士号を取り、一応アイビーリーグの大学の中でキャリアを過ごしているというプロフィールは、日本の社会学では比較的珍しいので、ある程度自分の経験をシェアすることは理にかなっているのかなと思いますが、いかんせん自分みたいなキャリアが珍しい分、自分の意見が全体を代表しないようにも気をつけています。

実際に経験したからわかること、というのはそれがどれくらい一般化可能かはおいておくとして、役に立たないようで役に立つように見えて、しかし実は役に立たないところがあります。例えば、アイビーリーグにいる人が持ちがちな、アメリカの学歴エリート仕草。この3年くらいプリンストンとハーバードの狭いサークルで、スピーカーの発表を聞いてから、そのままの流れでフォーマルなディナーをとる、みたいなイベントに参加させられています。そこだと、最初はアカデミックに真面目な話を聞き、気の利いたコメントをするわけです。

「気の利いた」という部分は重要で、そのあとにディナーやランチの機会が待っているので、トークはそのための話題提供くらいの機能なのです。したがって、誰もガチガチの議論は望んでいません。それでも、あ、この人よくわかってるな、みたいな気の利いたコメントをして、少し牙だけ見せておく、そういうことがあります(別にそこまで意識的にはやっていないのかもしれませんが)。そしてディナーになると、ひたすら社交。スモールトークから入って、共通の友人やバックグラウンドを見つけ、当たり障りのないキャリアや昨今の社会情勢について話して、気分良く帰ります。

つまり、本気になりすぎてはいけないのです。社交に資する範囲で真面目に話すというのが、私の思うアメリカの学歴エリート仕草です。自分を誇示しすぎてもダメ、相手を持ち上げすぎてもダメ、相手の研究に本気でコメントしてもダメ、何事もほどほどが称揚される、そういう価値観です。もっと突っ込んだ話は、仲良くなって日を改めて、というカルチャーといってもいいかもしれません。役に立つのか、立たないのか、わかりませんよね。でも、そういう場面に何度も遭遇することによって、人は社会化するのです。

August 29, 2024

自転車が盗まれる

 文字通りである。友人の博論の最終口頭試問に招待されたので大学に行こうとしたら、自転車がなくなっていた。ロックは壊されていた。ケンブリッジに引っ越してきてから400ドルほどで買った新品だったのだが、ものの見事に10日ほどで盗まれてしまった。ケンブリッジは自転車の盗難が多いとは聞いていたのだが、身を持って教えてもらうことになった。安くはない授業料である。所属しているセンターに自転車に非常に詳しい人がいて、彼いわく、自分のロックは丈夫そうに見えて意外と壊すのは簡単で、そのメーカーは新興だが、おそらく盗みを働く人の間では、壊しやすいという評判があるのだろうと教えてくれた。つまり、ロックをみて盗まれたということだ。ひとまず警察に届けようと思うが、一難去ってまた一難である。

11時過ぎに、所属しているHarvard Academyのチェアの先生と面談だった。この2日で10人以上のAcademy scholarと個別に面談しているのだから、頭が下がる。ロシア政治が専門の、70歳を超えるベテラン教授だが、自分のような若造でも、日本の専門家として扱ってくれて、話を聞いてくれて、その姿勢に感銘を受けた。あまり年齢や地位の差を感じない、不思議な45分間を過ごした。

12時過ぎから、次はUS-Japanのアドミンディレクターをしている人とランチを食べた。自分はUS-Japanには所属していないのだが、日本の専門家でもあるので、何かしらの形で関わりを持ちたいと考えている。US-Japan programの歴史や現在地、ハーバードの日本コミュニティなどについて有益な情報をもらうことができた。

チェアの先生と面談の日ということもあり、オフィスにはいつもよりも多くの人がいた。Academy scholarでランチを食べに行こうという話になったのだが、あいにく自分は上記の予定が入っていたため参加できず。このあたりの自然発生的にランチに行こうという空気になるのは、学生の雰囲気がまだあるのかもしれない。

August 28, 2024

Harvard AcademyとWeatherhead

 今週からオリエンテーションが始まり、オフィスにも活気が出てきた。怠惰な性格なので、何も予定がないと11時くらいまで寝てしまい、その結果、寝るのが午前3時くらいになる生活リズムが続いていたので、午前9時から始まるオリエンテーションは、眠気との戦いだった。

私のポスト、というか肩書きはAcademy Scholarというもので、これだけだと何なのか全く検討もつかないだろう。2年間のポスドク、というのがシンプルな言い換えである。所属の方は、ハーバードの国際地域問題研究所であるWeatherhead Centerの下にある、Harvard Academy(HA)という組織である。HAは、実質的にはAcademy Scholarの受け入れ機関としての役割が主で、Weatherhedの他のプログラム(例 US-Japan relations)のように、セミナーシリーズや実務家、研究者のビジットの役割は持っていない。アドミンスタッフも、二人しかいない。

ポストについて、もう少し付け加えると、ハーバードではsalaried postdocs と stipendiary postdocsの2種類があり、前者はラボなどでPIに雇用されるタイプのポスドクで、被雇用者として扱われる。一方で後者は、自分で好きな研究をしていいタイプのポスドクで、雇用関係はない。若干のベネフィットの違いはあるが、現在のところ気になるところはない。

stipendiary postdocsは短期的には誰の役にも立たないので、基本的には1年のオファーで、毎年新しい人をリクルートすることで、組織の新陳代謝とネットワーキングの役割を担っていると考えられる。なかなか腰を落ち着けて研究、とはいかず、次のポストが決まっていない場合には、着任してすぐ就活をする必要がある。

そうした1年任期のポスドクに比べると、私のポストは2年なので、若干の余裕がある。diversity系の3年ポスドクもあるが、なかなか私には出せない。総合的に考えると、自分ができる中では最高の条件のポスドクだと言えるだろう。

しかしなぜ「2年」なのか。オリエンテーションを経て、オファーをもらってから抱いてきた疑問に対する答えが、少しだけわかってきた。ここ数日、強調されたのは、ポスドク期間にbook projectを進めること。Harvard, Cambridge, Princetonなど、大手の大学出版会のエディターと直に話せる機会や、原稿が揃った段階で、討論者を招待するブックカンファレンスを主催してくれたりする。これらにかかる出費は、基本オファーに入っているresearch fundingとは別で出してくれるため、本を書きたいと考えている人にとっては、かなり魅力的なポスドクだと思われる。国際地域問題を扱う社会科学の中で、その道の専門家として本を書けるような人を育成したい、そういうモチベーションが、HAのアジェンダのコアにあることがわかってきた。

ちなみに、HAは2年目のオファーを使うタイミングがフレキシブルで、例えばアシプロを経て早めのサバティカルとして使うこともできる。今年の同僚で2年目の人の中には、すでにアシプロを始めて3-4年経った人もいる。1年目の人は全員、博士号を取り立ての人で割とライフステージ的にも近い人が多いが、2年目の人の多くは家族を持っていて、同じプログラムの中でも、キャリアステージ的には多様性がある。

少し話が逸れてしまったが、そうした組織の目標からすると、自分のような人間は、いささか宙に浮いた存在かもしれない。自分は基本的に本を書くbook personというよりは査読付き論文を書くjournal article personで、本を出版することは、至上命題ではない。その割に、出願時のアプリケーションでは、日本の難関大進学におけるジェンダー差で本を出したいとホラを吹いてしまい採用されてしまった。Academy Scholarの中には経済学の人もいて、彼らは私と同じように、あるいは私よりもさらにjournal article personなので、私が一人だけ孤立しているというわけではないのだが、組織の目標や同僚がみなbook projectを意識しているので、自分も自然とそちらの舵を切る可能性はある。

同僚はというと、端的にいうと超がつくエリート揃いである。2年目の人にはプリンストンの社会学の先輩がいるのだが、彼女の博論は、その年のASA best dissertation awardを受賞している。雲の上の存在である。周りの半分以上は、すでに北米の研究大学からアシプロのオファーをもらっている人で、彼らの輝かしい経歴や業績を見ると、私のそれは、どこか寂しい。もっとも、選ばれてしまった以上、そんなことを気にしても意味はないので、得られる利益を享受していくだけである

真逆のことを言うようだが、全体として居心地はいい。まず、Academy Scholar全員が北米以外の地域を対象にしているというのが大きい。世界情勢を反映してか、中国と中東地域が対象としては多いが、それ以外にもブラジル、メキシコ、パキスタン、日本(私)を対象としている人がいて、研究者自身のバックグラウンドも含めて、国際色は豊かである。分野も政治学、人類学、社会学、経済学、歴史学と、社会科学系のなかでバランスを取っていて、会話で出てくる内容のバラエティの豊かさには、毎回感銘を受ける。さらにいうと、人間的に魅力のある人ばかりである。

Weatherhead Center自体、社会科学の国際地域研究所としてのアイデンティティがあり、オリエンテーションで聞く機会があった発表は、empiricalではありつつも自分と異なる理論的、認識論的な視座に立ったものが多く、かつシニアの研究者を中心にhigh level summaryに自分の研究の知見を落とし込むプレゼンスキルが非常に高いので、とても勉強になった。6年間社会学部に身を置いてから、こういう環境に移ると、少しだけ鎖から解き放たれたような気分になり、発表はどれも、自分の頭を柔らかくしてくれる。

今のところ、HAからのオファーをもらって良かったと、心の底から思う。これを最後に書くと身も蓋もないが、なぜアメリカ人でもない、日本の人口や格差の研究をしている英語も下手な人間に2年間のオファーを出すのか、訳がわからない。博論コミティの先生の一人に言われた、お前のポストは福祉だ、と言う言葉は、核心をついていると思う。私の研究のどこにポテンシャルを見出したのか、それは全くわからない。一つだけ確かなのは、この2年間は自分の人生の中でも本当に貴重な機会であり、その機会をもらった以上、意味のある時間を後悔しないように、なにより楽しく、健康に、過ごすことだろう。

オリエンテーションの最後のイベントはバーベキュー。ロブスターサンド(下)が美味しかった。



August 16, 2024

引越狂騒曲

 マサチューセッツ州にあるケンブリッジに引っ越しました。ハーバード大学で2年間のポスドクをするためです。

アメリカの引っ越しは、慣れないこともあり、心労が多いです。デフォルトがDIY、つまり自分で引越しする社会なので、日本のように単身引越しサービスを複数の業者がオファーしている世界とは全く異なります。プロの引越し専門業者もあるのですが、基本的に私の周りでは、近場の引越しであれば自分でトラックを手配して、最初から最後まで自分で引越しをする人が多い印象です。おそらくその方が安いのでしょう。

トラックをレンタルできる業者はいくつかありますが、最も有名なのはU-Haulという会社です。広大なアメリカで、数少ない全国チェーンの業者なのではないかと思います。対抗業者はPODSですが、街中で見かけるのは圧倒的にU-Haulです。

U-Haulに代表されるアメリカのレンタル業者がすごいのは、トラックだけではなく、倉庫も貸している点です。退去日と入居日が合わなかったりすると、荷物をどこかに保管する必要が出てきます。プロの引越し業者に頼めば、そこも含めてやってくれるわけですが、その分お金がかかります。U-Haulは自分で荷物を運び、運んだ荷物を一時的に倉庫に保管するところまで同じプラットフォームでできるので、便利ですし、自分で運ぶ限りにおいては、安いわけです。

そういうわけで、U-Haulはトラックと倉庫貸しが基本です。なのですが、引越しの多様な需要に対応して、実質的には引越し業者と同じこともやっています。まず、自分でトラックを運転できないような人には、ストレージ用の箱(箱といっても、小型の車で一台すっぽり入りそうなサイズ)を退去する住所まで運んでくれます。そして後日、その箱をまた取りにきてくれ、引越し日まで倉庫に保管してくれます。引越し先が遠い場合、例えばニュージャージーからマサチューセッツに引っ越しするような場合には、マサチューセッツの倉庫まで運んでくれます。そして、引っ越し日にまたトラックを使って、箱を住所まで運んでくれるのです。このサービスは、U-boxという名前で展開しています。

さらに、引っ越しに対して、荷物の搬入や荷下ろしをしてくれるサービスまで展開しています。実際には、U-Haulのサービスというよりは、U-Haulと提携している、現地の引越し業者にアウトソーシングしている形をとっています。

私の場合は、プリンストンを出るときには箱をアパートの前の駐車場まで運んでもらって、友達の手を借りて荷物を自分で搬入しました。当初は、荷下ろしも自分でするつもりだったのですが、ケンブリッジの住所には無料の駐車場がなく、日を跨いで車を止める場合には、かなりの料金(最低200ドル)がかかることをU-Haul側から伝えられ、その日のうちに引越しを終えることを勧められました。1日駐車しているだけであれば、moving containerからmoving vanというカテゴリに変わり、最低60ドルで済みます。

というわけで、U-Haulの口車に乗せられて、提携する地元の引越し業者から人を呼んでしまいました。

結果的に、ケンブリッジのアパートが3階かつエレベーターなしという物件だったこともあり、業者に搬入をお願いして正解でした。U-Haulに払った総額は、2000ドルといったところでしょうか。私は箱を2つ注文したので高くつきましたが、単身の引越しであれば1箱で十分だと思います。その場合、NJからMAの移動であれば、最安で1000ドル程度でいけるのではないかと思います。

終わってみれば、意外とスムーズに行ったのですが、アパートの前にある駐車場を市のホームページで申請して事前に押さえておく、という経験も日本ではしたことがなく、初めてのことが多いので疲れる経験でした。

July 20, 2024

study hard, play hard

 アイビーリーグを典型に、アメリカの学歴エリートにはstudy hard, play hardと形容されるようなメンタリティがあります。要するに勉強にも遊びにも全力で取り組む、アメリカ的な全方位型能力の現れなのだと思うのですが、例えばプリンストンだと、学期中は学生は勉強に真面目に励む一方で、試験が終わるとパーティ三昧、フットボールでハーバードとイェールに勝ったら彼らの大学のマスコットを火の中にいれて勝利を祝うbonfire、そういった遊びの要素が、大学生活の中に仕組みこまれています。

Princeton bonfire: https://www.youtube.com/watch?v=L5NvyROse-U

そうした遊びの場面では、どうしても羽目を外す人が出てくるわけです。大学側もある程度のルール違反は、他人に危害を加えない限りは目をつぶるのだろうと思います。未成年での飲酒や喫煙にどれくらい目をつむるのかまでは分かりませんが、世界的に超えてはいけないラインが厳しくなっているのかなと、日本のオリンピック代表選手のニュースを見て思いました。

ちなみに、study hard, play hardのメンタリティは東大生にはないわけですが(多分)、先日KOのとあるビルのエレベーターで一緒だった学生が「今朝まで千葉でオールしてきたけどこれからゼミで発表でマジ辛い」と言っていて、日本版のstudy hard, play hard型エリートはKOにあったのだと気が付かされました。個人的には、playしたあとにstudyするのではなく、studyしたあとにplayしてほしいと、こっそり思いました。

July 15, 2024

非常勤講師という地位

昨年に引き続き、上智大学で留学生向けのサマーセッションで教えています。一時帰国の折に、高騰する東京のホテルに滞在させてもらえるのが有り難いです。国籍多様な留学生に日本社会の話をするのは楽しく、自分にとっては当然に思える日本の慣行に、論理的な説明を求められる機会が多く、勉強になります。

今年はきちんと講師向けのオリエンテーションに出たので、上智ではサマーセッションの講師の待遇は実質的に非常勤講師に等しいこと、非常勤講師に等しいため、非常勤講師控室を使っていいことを知りました。東京にいる間は個人用オフィスはないので、平日のかなりの時間を非常勤講師控室で過ごしています。

おそらく非常勤講師控室というのは朝から晩まで過ごすことは想定されていないと思うのですが、オフィスがないために(それにホテルから近いために)、授業が終わってから夜まで控室に入り浸っていると、日本の大学にいる間、たくさん見てきた非常勤講師の人たちの待遇がよくわかってきました。

控室には複合機やホチキス、文房具や自販機があり、授業準備は一通り完結できるようになっているのですが、教室にあるような移動可能な長い机を2つ突き合わせた形のテーブルが15個くらいあるようなシンプルな作りで、混雑しているときには他の先生と相席になることも珍しくありません。昼時は食堂が学生で混むこともあり、控室でお弁当を食べる人も多く、その時は正直、作業できる静かさではありません。一応、壁には「静かに利用しましょう」という貼り紙があるのですが、先生たちはそんなことはお構いなしで、語学の先生が多いこともあって、実に様々な言語の雑談が飛び交います。

そういうわけで、正直いって、長時間作業する場所ではないのですが、それでもたまに閉室の9時過ぎまでいる先生がちらほらいます。常勤の職を探している間、非常勤講師を複数の大学でこなして生計を立てている若手研究者の話は聞いていたのですが、遅くまでいる先生は、割とベテランにみえる先生ばかりです。この先生たちには、果たして常勤の所属があるのか、気になっています。

非常勤講師の給料だけで生計を立てることは、かなり難しいと思います。なので、基本的には、常勤の先生が他の大学で教える時に与えられる待遇が、非常勤講師なのだと思っていました。が、控室の様子を見ていると、専業非常勤にみえる人がちらほらいます。

私の理解では、非常勤講師というのは、一種のアウトソースで、専任の教員だけでは回せない学部生向けの授業を、他の大学の先生にスポットでお願いするものだと思っていました。特に日本の社会学のように、一つの大学にあまり多くの教員が在籍していないような分野は、他の大学と教員の「貸し借り」をすることで、自分たちでは教えきれない授業を学部生に提供しているのだと思います。非常勤講師一人あたりにかかる人件費は常勤の教員に比べれば比べ物にならないくらい安いので、このアウトソースは大学経営的にはなかなか優れた制度です。

しかし、もともと常勤の所属がある人がするからこそ、非常勤の待遇は低くても問題が起きないのでしょう。そもそも専業で非常勤をするというのは、制度的に想定されていないのではないでしょうか。

アメリカだと、基本的には日本のような非常勤講師という職業はなく、大学がフルタイムのレクチャラー(講師)を雇います。レクチャラーはテニュア付き(あるいはテニュアトラック)の教員とは異なるトラックで、教えることがメインのポジションです。そのため、教えるコマ数はテニュア教員よりも多いです。給料もおそらくテニュア教員よりは低く、多くのレクチャラーは学期単位あるいは年単位の契約を更新する必要があります。ただし、フルタイムのポジションなので、レクチャラーのポジションだけでも、生計は維持できます。

日本では、アメリカのようなフルタイムのレクチャラーポジションがなく、非常勤講師という制度が発達しているわけですが、これがなぜなのかは気になります。もしかすると、フルタイム(常勤)の職位を与えてしまうと、他の常勤の教員との区別が曖昧になり、待遇の格差が問題になるのかもしれません。

日本の常勤の教員は、研究と教育以外にも、アメリカでは事務が担当するような仕事もこなしているので、典型的なメンバーシップ雇用の中で複数の業務をこなす正社員にみえます。常勤の教員が高い給料やベネフィットをもらっているのは、教育以外にも、こうした仕事を任せられているという側面が大きいのではないでしょうか。そうした仕事が割り振られていないために、非常勤講師の待遇は低くても問題視されないのかもしれません。

常勤・非常勤の待遇の格差は、外から見ていると、正規・非正規の格差とよく似ています。

June 5, 2024

遺伝と社会階層

 引越と並行して、遺伝と社会階層に関するレビュー論文みたいなものを書いています。

最初に依頼があったのは4年以上前でした。もちろん私になんぞ依頼が来るわけではなく、社会ゲノミクスで一緒に論文を書いていたプリンストンのファカルティに依頼が来ました。当時、彼と進めていた論文の一つで、アイデアの部分をレビュー論文のコアの主張にしてみると面白いかも、ということで、当初はsecond authorとして加わりました。まあ、こういうファカルティとの共著のsecond authorというのは、実質的にfirst authorみたいなもので、ドラフトを一から書いたのは私です。最終的には、私がfirstになりました。

ちなみにこれは論文というよりは、社会階層に関するハンドブックの1章といったほうが正確です。当初はエディターの先生から、刊行記念に執筆者を読んでドイツでワークショップでもやりたいね、という威勢のいい話まで出ていたのですが、コロナでおじゃんになり、企画も長いこと停滞気味でした。しかし去年くらいからエディターたちがやる気を出し始めたのか?、ちらほらチャプターがonline firstで刊行されるに至っています。

The Oxford Handbook of Social Stratification

しかし私はというとジョブマーケットや博論もろもろで火の車で、目立った業績にはならない今回のチャプターについては、かなり怠けていました。そんな中、先月にエディターから「結局出すの、出さないの?」というメールが来て、もうやるしかないなと思い、現在に至ります。

このチャプターの主張は割とシンプルで、遺伝という概念を社会階層の研究に持ち込もうとすると、この研究分野で当たり前とされてきた二項対立が、曖昧になるというものです。

この二項対立とは何かというと、ascriptionとachievementです。社会階層の中でも、特に社会移動研究では、社会が産業化すると、生まれもった性質(親の職業や人種)ではなく、自分で獲得した地位(学歴など)が個人の人生を形成する際により重要になると考えてきました。この産業化命題が正しいかは諸説あるのですが、理論的にはascriptionとachievementという区分は、社会階層の古典的な概念といっていいと思います。

遺伝という概念が、この二項対立においてどのように厄介かというと、つまるところ両方の側面を含んでいるからです。遺伝というのは親から継承するものなので、その意味ではascriptionです。一方で、遺伝的に教育年数が高くなりやすい人はいます。そういう遺伝の因果効果的な部分は、どちらかというとachievementを予測する要因として考えたほうが適切です。

直感的には、遺伝もascriptionなんじゃない?と思う人は多いかもしれません。それが直感だと思います。その直感に従うとしましょう。

その場合、遺伝は他のascriptionと同等の地位を得ます。例えば出身階層、social originとgeneticsをともにascriptionと考えます。両方とも、親から継承している性質という意味では、同じです。

しかしsocial originと同じ地位を得ると、社会階層研究における概念に照らし合わせた時に、遺伝は奇妙な位置づけになります。社会階層、というよりどちらかというとそうした研究が依拠しているメリトクラシーの理想郷では、出身階層の影響が全く無く、個人の能力のみで学歴が決まる社会を一種のベンチマークにします。もちろん、そんな社会は実現しませんので、あくまで一つの理想です。たしかに、親が医者だから大学に行ける、という社会より、個人が勉強を頑張ったから大学に行ける、そういう社会のほうが「いい」気がします。

社会階層研究で、教育達成における出身階層による格差を研究している分野を、特にinequality of educational opportunityといったりもしますが、この分野では、暗黙のうちにsocial originによってある教育段階に進学する機会が決まってしまうのは望ましくないという想定を持っています。

さて、そうしたsocial originと同様に地位を獲得した遺伝を、この想定に照らし合わせて考えてみると、同じascriptionという意味で「遺伝的な理由によって教育機会が制限されない社会の方が理想」という主張が導かれると考えられます。この主張は、一見すると正しいように聞こえます、ある遺伝的な特徴を持っている人が大学に行けなかったとすると、それは正義に反する気がします(冗長になるので割愛しますが、この点は「遺伝的に赤い髪になる人が大学に行けない社会」という、行動遺伝学でよく用いられる比喩を知っていると、より理解度が増すと思います)。

厄介なのは、行動遺伝学の知見に依拠すると(詳細なメカニズムはまだ十分わかってはいませんが)、教育年数を予測する遺伝的な因子は存在し、それが我々が常日頃考える「テストができる」「勉強を頑張れる」人の特徴と、全く関係がないわけではないという点です。

これはある種の思考実験なので、例えば実際に「学力」や「努力」の何割が遺伝によるものなのか、という議論には突っ込みませんが、遺伝による影響がまったくない、という主張は、個人的には非科学的だと思います。

遺伝と教育年数の関係を認めたうえで、ascriptionとして遺伝を考えてしまうと、以上のような矛盾が生じてしまいます。少し穿った見方を示すと、ascriptionによって教育機会が異なるのは良くないという考えは、政策的な介入とも親和的です。例えば、親の所得によって教育機会が異なるのは良くないので、貧困家庭には奨学金を給付する、といったように。それでは、遺伝によって教育機会が異なるのは良くないと考えて、遺伝に介入するのはどうでしょう。こうすると、急に優生学的な考えに聞こえてきます。

なお、こうした考えは(遺伝とsocial originを同列に置くという意味で)strong formと呼ばれます。これに対して我々のチャプターでは、遺伝とsocial originは異なると考えるweak formを取っています。そのうえで、遺伝を(実現した)教育年数の「ポテンシャル」として位置づけています。つまり、潜在的には、誰しも教育年数が高くなりやすい遺伝子を持っているわけですが、それが実現するかどうか、という観点で遺伝と教育年数の関係を捉え直しています。

さらに、このようなフレームワークにおいては、social originは遺伝と教育年数に代表されるアウトカムの関係を変えうるmodifierとしての役割を持つと主張しています。このように考えることで、社会階層におけるinequality of educaitonal opportunityの基本的な想定とも矛盾せず(ポテンシャルの開花を阻害するsocial originの影響を最小化すべき)、社会階層研究に、矛盾なく遺伝を取り込めると議論しています。

ちなみに、遺伝といっても、少なくとも2種類のレイヤーがあり、私個人としては、この区分は社会階層と遺伝の関係を考えるうえで、決定的に重要だと考えています。その区分はbetween-familyとwithin-familyの違いです。

between-familyから始めましょう。実は、遺伝の分布は社会階層間で異なります。要するに、教育年数の高い人のほうが、教育年数が高くなりやすい遺伝子をもっている傾向にあります。したがって、高学歴の親のもとに生まれた人は、そうではない親のもとに生まれた人よりも、平均的に教育年数が高くなりやすい遺伝子を持つ確率が高いわけです。これをbetween-familyによる遺伝的な影響と考えます。これは、実質的には「生まれる親は選べない」またはchoose your parents wiselyと呼ばれる現象で、実質的には「出身階層」と同じだと考えています。

これに対して、within-familyによる遺伝的な影響というのは、ある親のもとに生まれたという条件のもとで、その親のどの遺伝子を継承するか、というものです。私は、これがsocial originと異なる地位にある遺伝だと考えています。

行動遺伝学では、betweenとwithinによるgenetic effectというのは、全体の遺伝効果を分解するときに用いる便宜的な区分の趣が強いのですが、社会階層研究に照らし合わせると、両者は全く異なる質的な意味を持つことになります。こうした点もチャプターでは議論しています。

May 30, 2024

博士号

 先日、プリンストン大学の博士課程を終え、Ph.D. in Sociologyをもらいました。この1年を振り返ると、就活で世界中を飛び回り、就活後は引き続き残された研究と引っ越しの準備に追われ、疾風怒濤という言葉で形容したくなる日々を過ごしていました。

学部生だった2010年頃に、(淡く)大学院に進学しようと決めてから、博士号取得は目標の一つだったわけですが、思いの外、時間がかかってしまったと思います。学部時代に交換留学で留年をし、日本で修士2年、博士1年半を過ごし、アメリカの博士課程に入ったのは2018年、すでに28歳になる年でした。学部卒業後に何年かギャップを置くアメリカの基準では、特別遅くもないと思いますが、学部同期の多くがすでに教職についている中で、自分は博士課程の修了が最も遅くなり、回り道をしていることに対して、焦りというか、歯がゆさみたいなものは、正直ありました。形式的な資格なのに、博士号があるとないとでは、できることの幅が違います。博士課程の最後の数年間は、博士課程をすぐ終わらせたいという思いを強くしていました。

それでは博士号を取得したから気分が晴れやかかというと、必ずしもそうではありません。結局のところ、独立した研究者となっても、まだ何も得ていないわけです。ハーバードの2年ポスドクのオファーを取ったことは後悔していませんが、ポスドクを挟むことで、教授職としてのキャリアのスタートが更に遅れることを全く気にしていないかというと、嘘になります。

ハーバードでポスドクを2年したからといって、アメリカで安定したキャリアを歩める保証はありません。これから、再びジョブマーケットに出て、競争の日々が始まります。そういう競争に参加するためには、競争の先に待っている未来が今よりも明るいという期待が必要です。たしかにそういう期待はあります。アメリカの研究大学で職を得ることができれば、充実した環境で研究に集中できることでしょう。しかしそういう期待が現実のものになるかは、正直わからないわけです。実現する可能性が判然としない未来がいつか来ると思いつつ、目の前の研究に集中することは、必ずしも容易ではありません。

博士課程を終えて今後のキャリアを見通してみる時、いつまでリスクを取り続けるのか、自分にとってベストなプランが様々な理由で実現しない可能性が少しでも上がった時、それでもリスクを取り続けられるのか。リスクを取ることで、将来自分がやりたい研究ができるのか、リスクを取り続けることの代償として、自分がやりたい研究をできていないのではないか。「どのあたり」で、リスクを取ることから距離をとるのか。

立ち止まる時間が出来てしまうと、そういうことを考えてしまうのです。なので、今の自分は研究で忙しい日々を過ごすことで、そうした雑念から離れて、結果的に吉報が来るのを待つのが良いのではないかと思います。隠れていた不安が吹き出す、修了式が終わってからの時間は、あまり気分が落ち着くものではありません。

February 6, 2024

面白かった発表

 今日聞いたウィキペディアの発表は面白かった。ピアプロダクションを特徴とするオンラインコミュニティは、途中まで指数的に生産者が増えるけど、ある時点から減少し始めるらしい。発表によると、それは要するにコミュニティが拡大するにつれて生産のルールが厳しくなり、閉鎖化が生じるかららしい。

あとウィキペディアほか多くのオンラインコミュニティで記事やコードを提供する人の人口分布は偏っていて、高学歴の人や男性が多いらしい。

発表で提示してたモデルでは一旦ピークを迎えると、新しく書かれる記事や生産者の数は減り続けると予想してたけど、ここ数年のウィキペディアの生産者の数は横ばいだったので、なぜモデルと現実が異なるのか質問したら、均衡するメカニズムは分かっていないとのことだった。

January 5, 2024

仕事納め

 6日から本格的に仕事始めなので、こっそり進めていた新書の仕事納めでした。と言っても午前中は歯医者、昼は親と一緒に近くのスーパーで買い出し。午後は旅行の予定を決めたりしていて、カフェで3時間ほど本を読んでまとめたくらいになってしまいました。実家にいるときはあんまり研究しないようにはしてるんですが、最低限やっていないとなまるので、その塩梅が難しいです。夜に研究助成の申請書を書き、マイノリティ・レポートをみて朝井リョウの「正欲」を読みます。

January 4, 2024

新書

 年末から年明けにかけて、ずっと新書を書いています。2年近く前にオファーを頂いて、1年前までに最初の2章は書いたのですが、2023年は前半が調査、後半が就活で忙しく、ほぼ10ヶ月、放置していました。

日本語の仕事は、そこまで優先順位が高くないと言ってしまうとあれですが、マーケット的に特に評価されないので、年末年始に世間が休んでいる間にこっそり進めてみました。まだかなり雑ですが3章は形にして、今4章の半分くらい。6日から研究会など色々始まるので、遅くとも5日までには一旦仕事納めしなくてはいけません。

内容ですが、家族と格差・不平等というテーマで進めていて、3−4章の半分くらいは、正直に言うとそこまで専門でもない領域(子育て、ひとり親、きょうだい、祖父母の影響、相続)を扱っているのですが、幸い同僚にこうした分野の専門家が多いので、ひたすら彼らの論文や本を読んで、まとめて、さらに読む、そんな3日を過ごしていました。

しかしこれが、なかなか勉強になります。博士課程の最初の1−2年は、コースワークの一環で、こういう一気に読んで、一気にまとめる、といった作業をすることが多く、そういう日を懐かしく思い出します。実際、論文を読んでいても、論文同士をまとめてレビューする機会はなかったのですが、こういう体系化する作業で、自分自身が学んでしまっています。

January 3, 2024

とっとちゃん

 映画をみに、駅の方に行ってきました。タイトルとは関係ないのですが、まず始めに、スマホの修理屋さんに。もともと、購入し始めてから2年が経ち、バッテリの減りが気になっていたのですが、地震のニュースを見て、交換を決意するに至りました。修理業者さんはとても丁寧でしたが、結局のところオフィシャルライセンスではない商品を使っているので、利益は少ないのかなと思います。その割に免責事項が多くて、万が一スマホが修理ご故障したりしたら、迷惑なクレームが来るんだろうなと思うと、少し業者の人が可哀想に思えてきます。

映画まで、あまり時間がなかったので、駅ビルに入っているココイチに入りました。入り口に宣伝してあったスープカレーがおいしそうだったので。ローストチキンのトッピングをしても、1020円です。ドルに直すと、たった7ドル。1ドル100円としても、10ドル。席に座って10ドルのスープカレーはアメリカでは不可能ですし、そもそもスープカレーを出すカレー屋さんがないのでimaginaryの世界。入るなり、店員さんの機敏な動きに感動するほど。テキパキと注文をこなし、料理を運ぶ姿、とても日本的です。アメリカと比べると、日本の飲食業のサービスの質は高いと思います。しかも、日本の従業員は、アメリカのチップのようなインセンティブがないのに。

しかし入り口に貼ってある求人広告をみると、時給は1100円から。週5日、8時間入っても、4万4千円。月収は20万もいかないでしょう。自分がプリンストンからもらっている給料は、約5万ドル。税金など異なりますが、日本円に直すと700万円。来年からのポスドクのポジションは、やることはさらに自由になるのに、給料が1.5倍になります。物価を考慮しても、プリンストンの院生がもらっている給料は、レストランで働くよりは高いでしょう。

正直言ってしまうと、なぜココイチの店員さんの給料より、自分が実質的には何もせずとも貰えてしまう給料のほうが高いのか、よく分からなくなります。良い待遇で研究させてもらって、何も言うことはないのですが、その待遇に対して、自分には何が求められているのでしょうか。良い研究をするほか、ありません。

映画の話をするのを忘れましたが、いい映画でした。