August 28, 2024

Harvard AcademyとWeatherhead

 今週からオリエンテーションが始まり、オフィスにも活気が出てきた。怠惰な性格なので、何も予定がないと11時くらいまで寝てしまい、その結果、寝るのが午前3時くらいになる生活リズムが続いていたので、午前9時から始まるオリエンテーションは、眠気との戦いだった。

私のポスト、というか肩書きはAcademy Scholarというもので、これだけだと何なのか全く検討もつかないだろう。2年間のポスドク、というのがシンプルな言い換えである。所属の方は、ハーバードの国際地域問題研究所であるWeatherhead Centerの下にある、Harvard Academy(HA)という組織である。HAは、実質的にはAcademy Scholarの受け入れ機関としての役割が主で、Weatherhedの他のプログラム(例 US-Japan relations)のように、セミナーシリーズや実務家、研究者のビジットの役割は持っていない。アドミンスタッフも、二人しかいない。

ポストについて、もう少し付け加えると、ハーバードではsalaried postdocs と stipendiary postdocsの2種類があり、前者はラボなどでPIに雇用されるタイプのポスドクで、被雇用者として扱われる。一方で後者は、自分で好きな研究をしていいタイプのポスドクで、雇用関係はない。若干のベネフィットの違いはあるが、現在のところ気になるところはない。

stipendiary postdocsは短期的には誰の役にも立たないので、基本的には1年のオファーで、毎年新しい人をリクルートすることで、組織の新陳代謝とネットワーキングの役割を担っていると考えられる。なかなか腰を落ち着けて研究、とはいかず、次のポストが決まっていない場合には、着任してすぐ就活をする必要がある。

そうした1年任期のポスドクに比べると、私のポストは2年なので、若干の余裕がある。diversity系の3年ポスドクもあるが、なかなか私には出せない。総合的に考えると、自分ができる中では最高の条件のポスドクだと言えるだろう。

しかしなぜ「2年」なのか。オリエンテーションを経て、オファーをもらってから抱いてきた疑問に対する答えが、少しだけわかってきた。ここ数日、強調されたのは、ポスドク期間にbook projectを進めること。Harvard, Cambridge, Princetonなど、大手の大学出版会のエディターと直に話せる機会や、原稿が揃った段階で、討論者を招待するブックカンファレンスを主催してくれたりする。これらにかかる出費は、基本オファーに入っているresearch fundingとは別で出してくれるため、本を書きたいと考えている人にとっては、かなり魅力的なポスドクだと思われる。国際地域問題を扱う社会科学の中で、その道の専門家として本を書けるような人を育成したい、そういうモチベーションが、HAのアジェンダのコアにあることがわかってきた。

ちなみに、HAは2年目のオファーを使うタイミングがフレキシブルで、例えばアシプロを経て早めのサバティカルとして使うこともできる。今年の同僚で2年目の人の中には、すでにアシプロを始めて3-4年経った人もいる。1年目の人は全員、博士号を取り立ての人で割とライフステージ的にも近い人が多いが、2年目の人の多くは家族を持っていて、同じプログラムの中でも、キャリアステージ的には多様性がある。

少し話が逸れてしまったが、そうした組織の目標からすると、自分のような人間は、いささか宙に浮いた存在かもしれない。自分は基本的に本を書くbook personというよりは査読付き論文を書くjournal article personで、本を出版することは、至上命題ではない。その割に、出願時のアプリケーションでは、日本の難関大進学におけるジェンダー差で本を出したいとホラを吹いてしまい採用されてしまった。Academy Scholarの中には経済学の人もいて、彼らは私と同じように、あるいは私よりもさらにjournal article personなので、私が一人だけ孤立しているというわけではないのだが、組織の目標や同僚がみなbook projectを意識しているので、自分も自然とそちらの舵を切る可能性はある。

同僚はというと、端的にいうと超がつくエリート揃いである。2年目の人にはプリンストンの社会学の先輩がいるのだが、彼女の博論は、その年のASA best dissertation awardを受賞している。雲の上の存在である。周りの半分以上は、すでに北米の研究大学からアシプロのオファーをもらっている人で、彼らの輝かしい経歴や業績を見ると、私のそれは、どこか寂しい。もっとも、選ばれてしまった以上、そんなことを気にしても意味はないので、得られる利益を享受していくだけである

真逆のことを言うようだが、全体として居心地はいい。まず、Academy Scholar全員が北米以外の地域を対象にしているというのが大きい。世界情勢を反映してか、中国と中東地域が対象としては多いが、それ以外にもブラジル、メキシコ、パキスタン、日本(私)を対象としている人がいて、研究者自身のバックグラウンドも含めて、国際色は豊かである。分野も政治学、人類学、社会学、経済学、歴史学と、社会科学系のなかでバランスを取っていて、会話で出てくる内容のバラエティの豊かさには、毎回感銘を受ける。さらにいうと、人間的に魅力のある人ばかりである。

Weatherhead Center自体、社会科学の国際地域研究所としてのアイデンティティがあり、オリエンテーションで聞く機会があった発表は、empiricalではありつつも自分と異なる理論的、認識論的な視座に立ったものが多く、かつシニアの研究者を中心にhigh level summaryに自分の研究の知見を落とし込むプレゼンスキルが非常に高いので、とても勉強になった。6年間社会学部に身を置いてから、こういう環境に移ると、少しだけ鎖から解き放たれたような気分になり、発表はどれも、自分の頭を柔らかくしてくれる。

今のところ、HAからのオファーをもらって良かったと、心の底から思う。これを最後に書くと身も蓋もないが、なぜアメリカ人でもない、日本の人口や格差の研究をしている英語も下手な人間に2年間のオファーを出すのか、訳がわからない。博論コミティの先生の一人に言われた、お前のポストは福祉だ、と言う言葉は、核心をついていると思う。私の研究のどこにポテンシャルを見出したのか、それは全くわからない。一つだけ確かなのは、この2年間は自分の人生の中でも本当に貴重な機会であり、その機会をもらった以上、意味のある時間を後悔しないように、なにより楽しく、健康に、過ごすことだろう。

オリエンテーションの最後のイベントはバーベキュー。ロブスターサンド(下)が美味しかった。



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