September 1, 2021

大学進学におけるリスク回避の男女差

サマースクールが終わってから2週間ほど、「難関大学になるほど女性が少なくなるのはなぜか」について改めて考えていました。既存の説明に対する不満は、日本に関してのみ当てはまるアドホックさにあり(例:男子校、もちろんそれ自体は説明として大切ですが、日本特殊すぎるとレバレッジに欠けます)、それが気になって他のコンテクストにも応用できそうな話を考えていました。

経験的にわかることは、端的にいうと日本の大学進学では女性は浪人しづらく(浪人すれば翌年、難関大学に受かるチャンスは増える)、高校1-2年の時に国立大学を志望していても3年時に私立や短大に変えやすく、さらに推薦入試を受けやすい(加えて、もしかすると志望順位をセンター前後で低くしやすいのかもしれませんが、それは今持っているデータからはそもそも観察できず)のですが、問題はそれがなぜ生じるかです。

たしかそんな折に社会心理学の文献を読んでいたら(なぜかは思い出せない)、どうやら女性の方が自分の能力に自信を持たない傾向にあるらしいと指摘されていました。そこで、例えば共通試験で同じ点数でも、女性は自分の点数をネガティブに考えてしまう(C判定を合格率が50%「も」あると考えるのか、50%「しか」ないと考えるのか)のかなと思い、しばらくその線で論文を書いていたところ、サマースクール中にあったスタンフォードの院生から、行動経済学の研究(Niederle and Vesterlund 2011など)を教えてもらい、そこでは女性の方がトーナメント的な環境を好まないとする知見が実験室、および実際の観察データからも支持されていることが指摘されていました。これはつまるところ、勝者と同時に敗者が決まるような競争システムは男性有利に働いていることを示唆しています。

また、女性の方がリスク回避的な傾向があることも、浪人という1年かけて確実に受かるわけではない試験を再受験するリスクをとるより、第一志望ではなものの高い確率で合格する指定校推薦などを選択する要因になっているのかもしれないと考え、その時はこのアイデアを大学入試に応用した研究を見つけられず、期待半分・不安半分で論文を書き進めていました。しかし、ここ数日で教育経済学の雑誌などでアイルランド(Delaney and Devereux 2021)、フランス(Boring and Brown 2021)、トルコ(Saygin 2016)で女性の方が選抜的な大学を志望しにくい(選抜度の低い大学を志望しやすい、つまり滑り止めを受験校に入れやすい)ことが指摘されていていることが分かりました。志望校を複数選べる一方で試験は一発勝負のトルコに至っては、日本のような浪人が存在するようです。女性の方が滑り止めに出願しやすいので、トルコ版浪人にも女性は少なくなります。

というわけで、大学進学における男女の心理的特徴の違いから難関大学の男女差を説明するだけでは、いくら日本の独特なコンテクスト(例:私立に比べて入試機会が限られている国公立大学の存在など)を強調してもトップジャーナルを狙うのは難しいかなと考えています(と同時に、この仮説を考えていたのは自分だけではなかったんだ、という安心感もあります)。現在分析に用いているデータは高校生だけではなく、その親にも答えてもらっているので、今後のポテンシャルな展開としては親子間でリスク回避志向や競争への選好が伝達するメカニズムを分析に組み込むと面白い気がしています。

ちなみに、リスク回避などの心理学的特徴はある程度遺伝し、また親の遺伝していない遺伝子も家庭環境を通じて子どもに伝わることは容易に想像がつくので、今度はリスク回避志向の男女差がなぜ生じるのか、遺伝的・非遺伝的メカニズムを峻別すると面白そうです(完全に別の話)。遺伝的に同じリスク回避志向を持つ傾向にある男女も、おそらく男性の方がそうした遺伝的ポテンシャルを発現しやすい家庭・教育環境に置かれると考えられるのですが、具体的にそれが何なのかを確かめるのは、社会ゲノミクス的には結構面白い気がします。

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