May 1, 2018

PAA2018 Day 1

PAAが本格的に始まる。1日目は口頭報告セッションを中心に、5つのセッションに参加した。メモを頼りに、順に振り返りたい。ところどころ省略があると思われるが、端的にいうとあまり興味がなかった(すみません…)報告で記憶にないので、ご了承ください。

14: Intergenerational Mobility: Processes and Mechanisms
日本人口学会だと社会移動のセッションが組まれることはないのではないかと思う。アメリカでは人口学と社会学の距離が近いこともあり、人口学会で社会階層に着目した分析が多く報告されるのだろう。さながら、RC28のようなセッションだった。

最後の報告がキャンセルとなったので、報告は3つ。どれも傾向スコア法を用いた分析を行っていた。

Siwei Chengさんの報告は大卒学歴の経済的なリターンに関するものである。近年の社会階層論では、大卒学歴が将来の所得にもたらす因果的な効果の異質性が検討されている。例えば、大学に行きにくい層の人が大学に進学した場合に、そのリターンが高いのか、あるいは大学に行きやすい人が大学に進学した時のリターンが大きいのか、という問題である。大学に行きやすい・行きにくいというのは、社会階層論が伝統的に取り組んできたOEDトライアングルのOriginとEducationの関連に関する研究と連なるため、非常に重要な問いになっている。

先行研究は近年蓄積されているが、NYUのSiweiさんは院生の頃から社会階層論にライフコース的な視点を導入する必要性を説いており、今回も、因果効果の異質性がライフコースのどの時点で生じるのか(遅く生じるのか、早く生じるのか)という問題関心から研究を始めていた。

NLYS79を用いて傾向スコアにより大学進学の傾向性をLow, Middle, Highの3つに分けた場合、大学を卒業することによって得られるプレミアム(所得)はLowとHighにおいて大きいことがわかった。また、プレミアムの効果は年齢の後半で強くなることがわかった。

かなり近い問題関心だったのが、3番目のXiang Zhouさんの報告。社会階層論ではHout(1988)の研究に代表されるように、社会移動の流動性は大卒者において高いとされてきた。彼の問題意識は、これが本当に大学を卒業したことによる因果効果なのかというもので、residual matchingという比較的珍しい傾向スコアウェイティングの手法を使って、この問いを検討していた。アウトカムは親子間の収入の関連である。NLYS79を用いた分析の結果、ウェイティングによって進学者の傾向性を調整したところ、大卒者と非大卒者の間の移動には違いがなく、大卒学歴の取得自体はequalizerではないことが示唆された。

報告では、大学を選抜度によって分類してロバストネスをチェックしていた。セッションを聞いたあとに、大学に進学しやすいかのpropensityが大学の選抜度によって異なるというのは、日本に応用させると面白いかもしれないと思った。例えば、同じ大学でも都市部の大学か地方の大学かでselectionのメカニズムは異なるのではないか。都市部の大学に行きにくい傾向性を持つ人が(都市部の)大学に進学したときに得られるリターンには、ボーナスがあるのかもしれないので、検討してみると面白そう。

31 Female Education, Employment, and Fertility
先ほどのセッションとは打って変わって、因果効果に関する議論もなく、比較的記述的な分析が多かった。人口学的な分析において、どれだけ因果推論が意味あるものなのか、個人的に考えはあるが、ひとまず棚に上げておく。

Penn StateのMunozさんの報告では、女性の学歴と出生の負の関連のメカニズムを特定するために、女性の学歴を複数の変数の効果によって分解するアプローチをとっていた。研究の新しさは従来指摘されてきたような女性の経済的な自立や、高学歴化による就学期間の延長といった問題に加えて、PIAACとよばれるデータを用いて個人の認知的なスコアなども検討している点だった。分析の結果、認知的能力が高い女性は出生力が低い傾向にあることがわかった。認知的能力の高さはmore informed decisionと関連する点が背景にあるということだった。

2番目のPöyliöさんの報告では、NLYS79とフィンランドのセンサスデータを用いて、親の資源(parental resource)が女性の収入と出生の関連をmoderateしているかを検討していた。例えば、所得の高い女性には出生に対する機会費用があると考えられるが、親が資源を持っている場合、所得が出生に対して与えるネガティブな影響は緩和されるのではないかというものである。分析の結果、アメリカとフィンランド双方でこの仮説は支持されたが、moderationは親の資源の種類によって異なることがわかった。

3番目のYuさんの報告では、失業が出生に与える影響を検討していた。失業は個人レベルと、居住地域の失業率二つで測定している。失業は経済的な不安定性を示すものとして理解されており、近隣の影響を統制した上で、個人が失業することによって将来に対する不透明性が高まり、出生を控えるのではないかが検討されている。NLSY97を用いて分析したところ、失業自体が出生に与える影響は確認されなかったが、本人の学歴が高い場合には失業の効果が正に有意であることがわかった。

最後のZangさんの報告では、アメリカのGeneration X(1960年代初頭または半ばから1970年代に生まれた世代)の出生力の変化を学歴との関連から検討したものである。文責の結果は記述的だったが、近年のコーホートほど高学歴女性の出生行動が変化しており、2人から3人産む女性が増えたことで、かつての高学歴女性に比べると出生力が高くなる傾向にあることがわかった。

50: Cohabitation and Other Nonmarital Relationships
こちらも人口学的な話のセッション。最初のEvansさんの報告では、カップルの家計管理(収入をプールするのか、それとも個別に管理するのか)が同棲カップルと結婚カップルによって異なるかを、ISSPデータを用いて比較の枠組みで検討していた。同棲カップルの方が個別に家計を管理しやすいというのは直感的にもわかる話ではある。文責の結果は両者の関連は国ごとに異なるというもので、北欧諸国では上記の説明が当てはまるが、南米(ベネズエラ)や東南アジア(マレーシア)だと同棲か結婚かによって家計管理に違いはないことがわかった。特に南米地域では、同棲は北欧のような価値観の変化を伴って生じているものではないらしく、一見すると同じ現象(同棲)をクロスセクショナルにみても、その背景が異なる場合、本当に比較することが妥当なのかという問題について考えさせられた(比較の意味がないといっているわけではなく、どのように比較するかが難しいという話)。

2番目のRegnier-Loilierさんの報告は、彼の所属先であるフランスのINEDが実施した同棲経験者のその後のライフコースに関する調査データを用いた分析だった。問いとしては、過去に同棲を経験しているかどうかによって、その後のrepartnaringプロセスが異なるか、具体的には同居しないliving apart togetherを選択しやすいのか、あるいは同棲や結婚するのかを検討している。分析の結果、新しいパートナーと一緒に住み始めるタイミングに男女差はないこと、過去のパートナーシップの期間が長かったり、DVを受けた経験を持つと、次の関係が同居に移行しにくいことがわかった。

3番目のParkerさんの報告ではNSFG(National Survey of Family Growth)を用いて、カップルがどのような結婚の企図をしているかが、実際に結婚に結びつくかを、男女差に着目して検討していた。具体的には、同棲者を対象に、特に計画をしていなかったか、インフォーマルな約束をしていたか、そして婚約をしていたかの3つがアウトカムになる。分析の結果、まず男女差がある、つまり女性ではどのような約束をしていても男性に比べてdissolutionになる確率が高い。次に、予想通り何も約束がない場合に比べて婚約をしている場合には結婚に移行しやすいことがわかった。男女でなぜ非対称な関係が生じるかについてはよくわからなかったが、主観的な約束なので男女間で考えに違いが見られるのかもしれないし、本人と相手ではもしかすると未婚経験者かどうかで定義に違いがあるのかもしれない。

最後のTillmanさんの報告では、オンラインのメール調査を用いて、南東部の大学と中西部の大学の学生に調査をし、本人たちがカップルとの関係をinterratialと考えているのか、及びそれが客観的なraceのカテゴリーとどう異なるかが検討されていた。分析の結果、アジア系において、客観的な分類ではinterratialとされないにもかかわらず、本人がinterratialだと考えている割合が他のグループに比べて多いことがわかった。この点は非常に興味深く、例えばアメリカ的なraceの文脈では韓国系と日系のカップルはracial homogamyに入るわけだが、日本的な文脈ではおそらく結婚していれば国際結婚とみなされるし、カップルも同様にcross borderだと考えられるだろう。もちろん、アメリカでは移民2(1.5世)のアジア系学生が多いはずなので、日本などとすぐに比較することはできないが、分析の含意は、センサス的なraceと本人たちの考えているraceにズレがあることを示唆するもので、非常に興味深かった。

81: Intra- and Inter-generational Mobility

つぎのセッションは世代内移動にも焦点を当てたもの。最初の報告はGanzeboomさんたちの共同研究。SSRに掲載されたGLT論文(1989)のアップデート。30年間のアップデートの際に重要になるのは旧共産圏の解体である。親子の職業上の地位の関連を、出来る限り多くの国・時点のデータを集めて検討したところ、2000年前後に非共産圏ではassociation parameterが弱体化トレンドから強化トレンドに変わったこと、共産圏では1990年前後で急激に流動化が進んだが、非共産圏と同様に近年では上昇トレンドが確認された。

2番目はFisherさんのGruskyさんなどとの共同研究で、これまでアメリカでaggregateにまとめられてきた人種のカテゴリを細分化して、カテゴリ毎の移動をみている。具体的には、これまでの研究では白人と黒人、あるいはヒスパニックを加えて2-3分類が主だった。しかし、その他の人種カテゴリが増えていることや、白人内でも出自によって移動が異なるかもしれないという想定から、ACSとセンサスデータを結びつけて、詳細なカテゴリを作成していた。分析の結果、黒人層ではジャマイカ系・ハイチ系に比べてその他の黒人層では移動が起きにくいこと、及び白人層内で移動の傾向にばらつきが大きいことがわかった。

3番目の報告は韓国における世代内移動を検討したKyeさんたちの研究。背景にはJarvis and Songによるアメリカの世代内移動が流動化傾向にあることを指摘したAJS論文がある。韓国的な文脈では、女性が結婚出産後に仕事をやめるM字カーブなどが重要になる。関心としては、所得格差の大きい国では移動が少ないというgreat gatsby curveの問題があるようで、分析の結果、韓国では格差が拡大しているものの、世代内移動に関してはトレンドは安定的であるという知見が指摘された。

105: Race/Ethnicity and Family
最後のセッションは人種・エスニシティと家族形成に関するセッション。アメリカ的な人種・エスニシティの議論に(現時点では)そこまで関心はないが、結婚市場に関する話が気になり参加。

1番目の報告はBrownのPSTCでポスドクをしているZhouさんによるAgent Based Modeling(ABM)を用いた報告。センサスデータから、アメリカの3都市(シカゴ、LA、フェニックス)における人種、男女、及び学歴の割合を出して、ABMを使ってマッチングを行なっている。いくつか選好を設定しており、例えば同じ人種の人を好むendogamy傾向や、女性の上昇婚志向などを用意していた。

2番目の報告はElwertさんのスウェーデンのユニークなデータを用いた分析。結婚市場においてネイティブと移民がマッチングしない現象には様々な説明が考えられてきたが、この分析では移民のもつ社会経済的な属性を調整した上で、養子としてスウェーデン人の家庭に育った人と、移民としてスウェーデンに来た人の間で、地位と属性の交換(status caste exchange)が生じているのかを出身国別に検討している。SES的なものを調整しているので、スウェーデン人の家庭に育った人と移民の人の差は、純粋に文化的なものとして解釈していた。

3番目のBakerさんの報告は、幼少期における居住地区の人種構成がその後のinteratialなカップルの形成に影響するかを検討しており、仮説通り、幼少期に人種の構成が多様な地域に住んでいるとinterratial coupleになりやすいことがわかった。

University of Wisconsin-Madison CDE & CDHA Reception
私はアラムナイでもなければ、現役のファカルティや院生でもないので恐縮だったが、visit dayであった人も多くPAAにきていることもあり、30分ほど参加、お世話になった人にご挨拶。

仮に、一昨年のように全落ちしていて、今回PAAに参加していたら、どういう気分だったのだろうかと考えると、少しだけ怖くなった。もちろん、それは不合格という事実に対する後ろめたさに近いものも一部あるが、どちらかというと、知らない人ばかりで宙に浮いていたのかもしれない。UW-Madisonのメンバーに加えて、今回は学部時代の友人が所属するブラウン大学の人とも知り合うことができたので、ネットワークという点では非常に実りあるものになったが、やはり、参加以前に知っている人がどれだけいるかで、広がりも違ってくると思った。

PAAは分野ごとの垣根が低く、広く人口(population)に関心がある人であれば、誰でも参加できる寛容さがある。自身が社会階層や不平等に関心がある、と思っていても、アメリカではdemography of inequalityという風に言ってしまえば、格差の問題もおおよそ人口学のセッションで報告できてしまうくらいである。

以上のような知的な寛容さは日本でいうと数理社会学会に似ている。ただ、誰にでもオープンではあるが、やはりクラスタというか、同じ研究関心を持つ人や所属による集団が複数あるので、日本から初めて来たという人は若干孤立するかもしれない(あらゆる国際学会がそのような性質を持つと思うが)。今後、日本から参加者が増えることを願うとともに、参加された人と近い関心の人とをつなげられるような役回りを演じられれば嬉しい。

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