私は2013年の9月から2014年6月まで、イギリスのマンチェスター大学に留学し2学期間授業を履修した。留学の動機は、将来的に英語圏の大学院で学位を取得したいと考えており、イギリスの教育環境に触れてみたかったことがある。また、マンチェスター大学の高い研究水準も留学を後押しする理由の一つとなった。私の専攻している社会学分野ではイギリス国内の大学の研究実績の評価を指標化したResearch Assessment Exercise 2008において研究活動の4割が最高評価を受けている唯一の大学であり(http://www.theguardian.com/education/table/2008/dec/18/rae-2008-sociology)、英ガーディアン紙が行ったイギリス国内の大学ランキングleague tableの社会学分野でも2位となっている(http://www.theguardian.com/education/ng-interactive/2014/jun/03/university-guide-2015-league-table-for-sociology)、QS World University Rankings 2014の社会学分野でも世界14位、イギリス国内で4位(http://www.topuniversities.com/university-rankings/university-subject-rankings/2014/sociology#sorting=rank+region=+country=+faculty=+stars=false+search=)と世界的にもその研究水準が評価されている大学であり、留学に際しては英語圏にある学術機関としてトップレベルにある大学の研究の一端を垣間見ることも目的の一つであった。
マンチェスター大学では、どの学部学科の学生も一学期に60単位までの履修が定められており、社会学科の授業は1つあたり2時間の授業と1時間のチュートリアルがセットになった20単位のものが基本だった。出国前に提出した履修希望リストをもとにしたスケジュールがオリエンテーション時に配布され、そこから個人と学科の担当者との話し合いで自分の好きな授業を履修できるよう変更期間が用意されていた。私は1学期に社会学の授業を2つ、人類学の授業を1つ履修した。私が在籍する社会学専修課程では社会調査における質的研究法の授業が少なかったので、1学期には2年生の必修授業となっているQualitative Research Design and Methodsを履修した。この授業では単なる手法の紹介や実践のみならず、方法論的、認識論的な問題を実際の社会調査の場面に応用した文献にも触れることができた。特に、質的調査のパラダイムや量・質の前提の対立や社会現象を分析する時の前提如何によってその見え方が異なってくることが分かり、後述する2学期の履修にも影響を与えた。イギリスでは日本やアメリカに比べて定量的な調査よりも定性的な調査が好まれる傾向にあるが、授業で配布された文献もイギリスのものが中心で、この国における質的研究の充実具合を感じることができた。もう一つの社会学の授業ではSocial Network Analysisの授業を履修した。この授業で主に学んだのはSociometryを分析するためのソフトウェアの使用方法だったが、マンチェスター大学のネットワーク研究機関Mitchell Centre for Social Network Analysisが毎週水曜日に開くセミナーを講師の先生に紹介していただき、ほぼ全てのセミナーに参加した。そこでは、イギリスのみならずヨーロッパからネットワーク研究者が招待され、活発な議論が繰り広げられていた。終了後のパブでの会話も含め、ネットワーク分析の最先端の研究に触れることができたことは大きな収穫だった。
二学期は、いくつかの幸運に恵まれることになった。まず、School of Social Scienceの研究所が開くセミナーに参加したところ、イギリスの階級とエスニシティの問題に関する専門家であるYaojun Li先生と会うことができた。Li先生は同じセミナーシリーズで先生が発表された時にも拝見していたのだが、その時は話すことができなかった。二回目にお会いして初めて自己紹介をしたところ、話が弾み、先生が大学院で開講されているSocial Capital and Social Changeという授業に聴講の形で参加させてもらえることになった。この授業では、近年、社会学を中心に分野横断的に探求されているソーシャルキャピタルというという概念についての理論的検討と経験的データに関する英米比較、そしてイギリスの階級論と社会移動、最後にLi先生の専門であるエスニシティと地位達成の関係についての議論を勉強することができた。自分の問題関心ともいちばん近かったこの授業に偶然ながら参加することができたのは幸運だった。また、二学期に社会理論や社会運動論で著名なNick Crossley先生のSociology of Popular Musicを履修することは決まっていたが、自分の中ではソーシャルネットワークのセミナーでの先生の発言から、彼の社会学の理論と方法に関する考えを伺いたいと思っていた。そこで、意を決して初回授業終了後にクロスリー先生が開講されているMethodological issues in social researchに参加させてくれないか願い出たところ、快く参加を認めてくださった。私の当初の予想では、この授業は先生が実際に関わられた調査を題材にして議論をすると思っていたのだが、実際にはより根本的な、社会科学の哲学と呼ばれる分野に関する文献の購読から始まった。大学のカフェでの少人数のディカッションを行うというスタイルで進んだこの授業では、認識論的な基盤が実際の調査の場面にどのような形で影響してくるかについて、多くの示唆を得ることができた。日本では量的調査・質的調査の棲み分けがされている印象を受けていたが、この授業を履修して英米圏では両者は交錯していることを痛感した。また、このような方法論的な対立が理論と調査の認識論的な関係というレベルに収斂するということが分かり、今後の自身の調査にもいいフィードバックがあると思っている。これ以外に、正規履修の形で社会学の三つの授業を履修した。まず先学期に続いてネットワーク分析の授業を履修した。2学期の授業ではネットワークと健康の関係や科学者ネットワーク、企業の重役ネットワーク等、10個近いネットワーク分析の各領域のトピックについて、理論的な背景から実証研究まで広く学ぶことができた。また、先述のCrossley先生のポピュラー音楽の授業を履修し、文化社会学の基礎と近年のイギリスで盛んに受容されているブルデューの理論枠組みに基づいた文献を読むことができた。
総じて留学期間中に学んだことを振り返ってみると、大学院進学後の自分の研究における指針を得ることができたと思っている。特に、この一年で社会学における量的調査と質的調査のコントラストを上手く消化し、発展的に展開することへの関心を持つようになった。また、ネットワーク分析が持つ可能性にもますます関心を抱くようになり、大学院に進む前にイギリスにおける社会学研究の文脈に触れることができたのは本当に貴重な機会となった。
授業以外では大学から徒歩20分の距離にある食事付きの寮に住むことになり、寮生活を通して多くの友人を得ることができた。また、勉強と平行してInternational Societyで日本語を2学期間教える機会に恵まれた。上述のネットワーク分析セミナー以外にも大学が開くセミナーやシンポジウムには積極的に参加した。二学期になるとマンチェスターを出てオックスフォード大学に赴き、そこで開かれていたイギリス、アメリカ、スウェーデンの大学院生が自身の研究テーマについて発表したカンファレンスに全日程参加した。それ以外にもオックスフォードを訪れ、社会学部の先生と面談する機会を得た。また、上記のネットワーク分析のセミナーや大学院の授業を通じて現地の大学院生とも交流を深めた他、マンチェスターとオックスフォードでアジア系を中心とする研究者志望の学生とのつながりを築くことができた。
この一年は非常に充実したものとなり、多くの発見を与えてくれた交換留学へのサポートをしてくださった長島雅則さま、大学本部国際課と文学部の担当者の皆様、交換留学の窓口となってくださった柴田元幸先生、そして社会学研究室の先生方に深く感謝しております。
(大学に提出する留学報告書の転載です.)